その8
その後も千奈津と行方不明になっている六人についての証言を取り続け、午後六時頃帰宅した。杏梨は食事もそこそこに全員の証言をメモ帳にまとめた後、我ながら仕事をした、と満足して眠りに就く。
やがて一日が過ぎ、杏梨は温室へと向かっていた。千奈津と妹尾には一人で会いに行くなと強く言われてしまっているが。
(でもなぁ。気になるものは気になるのよね……)
何故そこまで森宮講師に拘るのか、杏梨にもわからない。本当は自分だって森宮が怪しいとは思ってはいるのだ。でも――。
棟から棟へ、大小の中庭を抜け、池を通り過ぎて奥の温室に向かう。扉のノブを回してみると、くるりと難なく回り、苔の海が目前に飛び込んできた。
「やあ、こんにちは」
苔の波間から森宮が顔を覗かせる。
「こんにちは。お仕事中失礼します」
約束を取りつけてからすぐ翌日に会いに行くのもどうかとは思ったが、どうしても足が向いてしまった。杏梨は挨拶しながらカフェテリアで買ったお土産のイチゴムースを掲げてみせる。
「いや、これは純粋な仕事とはちょっと違いますから。まあ、座ってください」
立ちあがった森宮が手招きをしてくる。頷いてついて行きながら、杏梨は問いかけた。
「ありがとうございます。お仕事じゃないってことは、一体何を?」
軍手を外しながら森宮が答える。
「苔玉というのを作るための苔を採取していたんですよ」
昨日と同じ丸テーブル前まで来ると、くるりと踵を返してきた。
「そうだ。よかったら君も作りますか?」
ほわりとした笑みで告げられ、杏梨は目を瞬く。
「え? ええっと……。いいんですか?」
問いかけながらお土産を手渡すと、森宮が嬉しげに首肯した。
「もちろん! これで苔仲間が増えてくれるならなんでもしますよ」
苔玉とは、最近流行っているあの丸い苔の玉のことだろうか。花屋などで見たことはあるが、使う苔が決まっているとは知らなかった。簡単に手作りできるのなら試してみたい。
(それに……)
それ以上に行方不明者たちの手がかりも、何か見つけられるかもしれないではないか。
(一石二鳥ってことよ!)
内心で手を叩きつつ、杏梨は改めて森宮へ視線を向ける。
「あ、あの」
「なんでしょう?」
「その苔玉ってやつ、いなくなった方たちも作ったりしたんですか?」
昨日の証言では、苔玉と見られるようなものを何人かが持っていたという話があった。思い切って尋ねると、森宮がなんのためらいもなく頷いてくる。
「はい、皆さん僕の苔仲間でしたからね」
「そうだったんですね。じゃあ、ご心配ですよね」
杏梨は相槌を打つ。それから、森宮の表情を窺った。顎に手をあて考えながら、森宮が答える。
「んーそうですねぇ。でももう彼らは成人してますし。もっと興味のあることを見つけたんじゃあないですかねぇ」
別段変わりないのほほんとした表情を浮かべ昨日と同じ返答を繰り返す森宮を前に、杏梨は首を傾げてみせる。
「そうなんでしょうか……」
疑問形で呟くと、森宮が肩を竦めた。
「まあ、僕にはわかりませんが……」
その面はやはり淡々としていて、何か大それたことをしている人間には見えなかった。




