その5
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サークル棟を出て、クラスの講義室へ向かうと、背の高い四角い顔の青年と、長い茶髪と赤いチェック柄のシャツを着た女性が、階段教室の上で待っていた。階段教室は扇形を立体化したような室内をしている、大学内では比較的ポピュラーなタイプの講義室である。
「やっほー、元気?」
千奈津が声をかけると、扇形の頂点辺りに位置する窓辺の席に座っていた四角い顔の青年が、不機嫌な調子で尋ねてきた。
「いつも通りだけど。なんか用か?」
強い視線を向けられ、杏梨は心持ち身を引く。
(なんで会う人会う人こんなに怒ってるの?)
内心で首を傾げていると、女性の方が千奈津を見あげた。
「急用とか言ってたから来たのに遅れて来ないでよ」
女性の言葉で疑問が氷解する。
(千奈津ってば)
遅刻癖があるのは知っていたが、思った以上に皆へ迷惑をかけているようだ。杏梨はこっそり吐息する。そんな思いを知る由もない千奈津が、二人へ向けて手を合わせた。
「ごめんごめん。あのさ、この間あたしにしてくれた話あったじゃん? それをもう一度このコにしてあげて欲しいの」
あまり反省しているとは思えない声音だが、それこそ千奈津の魅力の一つでもある。杏梨はくすりと肩を揺らし、二人へ向かって一礼した。
「初めまして、仁科杏梨です。よろしくお願いします」
顔をあげると、茶髪の女性が口元を綻ばせる。
「私は斉木真朝よろしくね」
青年の方も機嫌が直ったらしい。頬を緩ませ名乗ってきた。
「俺は富田拓斗。この間の話って、もしかしてあの星浄の水虎の話?」
「そうそう」
尋ねてくる富田という名の青年へ、千奈津が首肯する。杏梨は千奈津の話を基にして、富田へ頼んでみることにした。
「あの、裏山の近くで姿を見たってお話を聞いて、詳しく教えていただけないかと思って」
「ああ、別に構わないけど」
あっさりと肯定してくれる富田を前に、杏梨はほっと胸を撫で下ろす。気難しい人でなくてよかった。心から安堵して、早速聞き取りを開始する。
「じゃあ、あの、先生を見たのって何時頃のことかわかります?」
問いかけると、富田が斜め上を見あげた。
「時間まではわかんないけど、六限が終わってから少し経ったくらいだったから五時半ちょっと過ぎくらいかなあ。俺ブラバンやってんだけど、譜面を置き忘れててさ。慌ててサークル棟に戻ろうとしてたわけ。そんとき温室の前通ったら、ズッズッって何かを引きずる音がしてさ。見てみたら」
「水虎がいたのね!」
口を閉ざす富田の言葉を、千奈津が喰い気味で継ぐ。富田が真剣な面持ちで首を縦に振った。
「ああ。なんか知らないけどやたら重たそうなブルーシートを裏山の方に持って登ってたんだよ。ちょうど丸太くらいのそれよりちょっとふにゃっとした感じだったな」
杏梨は富田の話に対し、疑問を投げかける。
「温室って、キャンパスのかなり奥にありますよね? あなたがわざわざそこを通ったのは何故ですか?」
さっき向かったサークル棟は、温室から随分離れたところに建てられている。つまり、サークル棟に用事があるのなら、まったくの逆方向だということだ。少し疑うような口調で問いかけると、富田がきょとんとした目を向けてきた。
「サークル棟って、ちょうど温室の下側にあるんだよ。君んとこは違うんだっけ?」
聞き返され、杏梨は瞳を瞬く。
「私たちのところはどちらかと言うとテニスコートの近くなので」
答えると、富田がしたり顔で、ああ、と頷いてきた。




