その1
午後の講義はきっちり出てSNSを確認すると、千奈津から何件もメッセージが入っていた。すぐに返信して、待ち合わせ場所へ向かう。
噴水前のカフェテリア。
そのテラス席で手を振る千奈津を見つけ、駆け寄った。コートを置いて紅茶を買いに行く。注文した飲み物を手に千奈津のいる席へ戻り、午前中の出来事を掻い摘んで話す。森宮に会った件を話したところで千奈津の目に怒りが滲んだ。
「直接会って話したって?」
「うん」
「何危ないことやってんのよ」
隆行と同じようなことを言ってくる。杏梨は吐息しながら、言い訳を試みた。
「話聞いただけだって。変わった人だけど、やっぱり大して危険な人には見えなかったわよ?」
午前中叔父に話したのと同じように話すと、千奈津が腕を組み椅子にふんぞり返る。
「だからこそ危険なんじゃないの」
眉間に皺を寄せ非難してくる千奈津に、今一度反論しようとした時だ。
「あれ、二人とも何話してんの?」
後方から声がかかった。
「あら、聖っち。おはよう」
千奈津が聖と呼んだ男性は、妹尾聖という同期生である。髪は目が隠れるくらいの黒い長髪で、モデル並みの背丈をしている。今日は黒い唾の帽子と青と黒のチェックの上着、下は白いTシャツと、黒のパンツに黒のスニーカーを履いていた。
「おはよう」
小さなリュックを片側にかけ、それより一回り大きめな黒のバッグを椅子に置きつつ、爽やかな笑顔を見せてくる。
「おはよう」
午後の三時に「おはよう」は少しおかしいのかも、とも思いつつ、杏梨は返事をした。椅子に置かれた細長いバッグからジャラっと小さくはない音が聞こえ、杏梨は妹尾がドラマー志望だったことを思い出す。何故ドラマーを目指しているのに民俗学を専攻しているのだろう。不思議には思うが聞いたことはない。考えながら妹尾を見あげると、妹尾がこちらへ見せてきていた笑顔を引っ込め、不機嫌に千奈津の方を向いた。
「波田、その呼び方馴れ馴れしいぞ。やめろよ」
だが、千奈津が堪えた様子はまったくなく。
「え、いいじゃん。可愛くって」
コーヒーカップを片手に片頬をあげた。妹尾が形の良い眉の根っこを寄せる。
「可愛いって言われて喜ぶ男はいねぇよ。で、何話してたんだ?」
不愉快そうに尋ねる妹尾を前に、千奈津が肩を竦めた。




