その16
「……一応は」
本当はまだきちんと話し合ってはいないのだが。しかたなく苦し紛れに返答する。
『結論は?』
「まだ出てない」
言葉短に問われ重ねて答えると、なら、とさらに追い打ちをかけられた。
『法事の方は?』
そこもまだ話し合っていないので結論づけたくはないのだが。そんな思いを込めて叔父に伺いをたてる。
「参加にしておいてくれない? ママは極力私が護ってあげたいの」
理由を口にすると、隆行のぼやきが聞こえてきた。
『もういいと思うんだがなあ』
叔父の言葉にかちんときた杏梨は、反論する。
「ねえ、叔父さん。私が自分の生みの母親の法事へ行くのに、お母さんの弟がとめるのって変じゃない?」
すると、隆行も怒ったような口調で切り返してきた。
『そりゃ一般的にはそうだが。お前の場合、目的が違うだろう?』
叔父の問いかけに、杏梨は頬を膨らませる。
「違うかもしれないけど。でも一応普通のことじゃない」
くぐもった声で返答すると、隆行の声音が和らいだ。
『なあ、杏梨。「世間一般の普通」にこだわらなくても、幸せになる方法はいくらでもあるんだぞ?』
諭すような口調の隆行に、杏梨はむっとする。だが、反抗しようとしてできないことに気づいた。
「それは! ……そうだけど……」
叔父の意見の方が正論だ。だが、納得はできず言葉を濁す。そのまま沈黙していると、再び叔父の溜め息が耳へ届けられた。
『とにかく、ゼミのフィールドワークに参加するか、法事に参加するか。もう少し考えてから決めなさい。わかったな』
隆行の言葉に杏梨は了解の意を告げる。
「わかってる。じゃあね」
『ああ』
通話を切ると、辺りを見回す。時刻を見るとまだ昼休みに入る三十分前だった。噴水の水音と木々のざわめきだけがやけに耳にこだまする。
(なんでだろう)
胸が痛い。杏梨はシャツの胸元をぐっと掴み、胸苦しさを堪えた。




