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苔の海に溺れた人へ  作者: 朝川 椛
第一章 きっかけは亀
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その14

「そうね。私も自分のルーツを探るために大学に入ったから。それで苔そのものに興味が出ちゃったところまでは同じかもしれないわね。でも私の場合は敦弘と違ってちゃんと途中で専攻変えて学び直したけど」


 意味ありげな顔で森宮を見る山我に、芯から嫌そうに顔を顰めた森宮が抗議する。


「そうやって暗に僕をディスるのやめてください。僕にも僕なりの持論があるんですから。……それはそうと、今日はまたどんなご要件で?」


 口調を改めて問う森宮に、山我が答える。


「ああ、時間がある時にうちへ来てくれる? いい苔が生えてきた場所を新たに発見したのよ。採取してみようかと思うんだけど、あなたもやってみないかと思って」

「もちろんです!」


 食い気味に返答した森宮が、ふいにこちらを見た。


「と言いたいところですが、今は……」


 自分がいるせいで山我の誘いに乗れずにいるようだ。杏梨は手を左右に振る。


「あ、私ならもう午後の講義始まるので大丈夫ですよ」


 告げるなり、森宮の顔が輝きに満ちた。


「そうですか? じゃあ、行かせてもらいます」


 ほくほく顔で山我に返答する森宮に、杏梨は肩を揺らす。本当に苔が好きなのだな、と内心で呟きながら、杏梨は鞄とスプリングコートを手に取った。


「それじゃあ、失礼いたします」


 一礼すると、森宮が微笑む。


「はい、今日は本当にありがとうございました」


 苔の生えた岩の上でじっとしている蓑亀へ視線を送りつつ礼を言う森宮に、杏梨はかぶりを振る。


「いいえ、こちらこそ。お茶とお菓子ご馳走様でした」


 本当に美味しかった。それに、どちらかと言えばこの苔の空間も好きだ。素直に感謝の気持ちを告げると、森宮が手を横に振る。


「いえいえ、大したお構いもできませんで」

「そんなことないですよ。おいしかったです。……それで、あの……」


 杏梨はためらいがちに森宮を見遣る。


「はい、なんでしょう?」


 ん、と目を瞬く森宮に、杏梨は勇気を振り絞って尋ねた。


「またこちらにお邪魔させていただいてもいいですか?」


 あれだけ失礼な質問をしたのだ。否、と言われることも覚悟して問いかけると、森宮が柔らかに笑んだ。


「もちろんですよ。ぜひ遊びに来てください。また語り合いましょう。今度はぜひとも純粋に竜宮伝説についてお話したいですね」


 ああやっぱり、と杏梨は内心で吐息する。不愉快な質問ではあったらしい。最後の一言は、これ以上詮索するな、としっかり釘を刺されてしまったも同然だ。


(だいたい森宮先生って、少しも悪い人には見えないし)


 杏梨は千奈津のことを少しだけ恨みながら背筋を伸ばした。


「ありがとうございます。失礼な質問ばかりしてしまい申し訳ありませんでした。では、失礼いたします」


 詫びも込めて深々と一礼する。


「はい、また」


 森宮が軽く手をあげてきた。杏梨は踵を返し苔の海から抜け出す。温室を後にして噴水のある場所を目指しながら、これからどうするべきか考えた。

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