その13
「こんにちは。あら、お取り込み中?」
尋ねてきたのは茶色く長いソバージュ髪と卵形の輪郭をした、長身の女性だった。ベージュのゆったりとした八分袖のブラウスと、焦げ茶色のロングスカートを揺らしながら近づいてくる。靴は歩きやすさを優先してか、同じく焦げ茶色のショートブーツだった。
女性が目の前までやって来る。ほんわりと微笑んだ榛色をした瞳の奥は、好奇心に満たされていた。
(綿飴みたいな人……)
突然現れた女性に惚けていると、隣にいた森宮が嬉しげに声を弾ませた。
「彼女は違います。亀吉さんを捕まえるのを手伝ってくれたんですよ。それでお礼にお茶を」
ね、と同意を求められ、杏梨は曖昧に首肯する。女性はあら、とからかい気味に口へ手をあてた。
「何もなくてお礼だけのために? まあ、珍しい」
指摘され、森宮が決まり悪げに後ろ頭へ手をやる。
「あー、まあ。彼女も竜宮伝説を研究したい、と言ってまして」
だが、女性が見てきたのは自分の方で、森宮の話をほとんどスルーし手を差し出してきた。
「はじめまして、山我と申します。噂で聞いたことあるかもしれないけど、そこの山で暮らしてる者です」
山我と名乗った女性の言葉に、杏梨は目を見開く。
「え、じゃあ、あなたが苔女なんですか?」
本当にいたのか。驚いて尋ねると、山我が苦笑する。
「そう言われてはいるわね。まあ、言い得て妙というか、山姥よりいくらかマシだけど」
自嘲気味の山我を前に、杏梨は慌てて姿勢を正した。
「失礼なことを言って申し訳ありません。私、仁科杏梨です。よろしくお願いします」
「よろしくね。苔女のことはいいのよ。本当のことだから。気にしないでね」
コロコロと鈴が鳴るような声で笑う山我の言葉に、杏梨は首をかたむける。
「え?」
意味がわからず山我を見ると、彼女がふんわりと微笑んだ。
「苔女のこと。苔を研究するために山に籠ってるし、そもそも私ドイツ人の祖母がいるクォーターなんだけれど。その祖母が『苔女』って妖怪だと謂われている一族の末裔でね」
妖怪の末裔、そんなものが本当に存在するなんて。
「じゃあ、森宮先生と同じ境遇でいらっしゃるんですか?」
興奮気味に尋ねると、山我が首を縦に振った。




