その12
「先生のこと誤解してる学生が多いからです。今学生が数人ですけど行方不明になっているのはご存知ですよね?」
「ああ、はい。知ってますよ。僕の講義に出ていた子たちだから」
森宮が当然だ、と言わんばかりに頷く。ここが勝負だ。
「その犯人が先生だって言ってる学生が結構いるんです」
杏梨は一気に言い放った。
「はあ、なるほど」
森宮がくくっと笑い声をあげた。
「じゃあ、丸田さんも今行方不明だ、と?」
何故か愉快げな森宮を前に、負けるものか、と杏梨は追及する。
「そうです。丸田さんも含めて全員が、いなくなる前に先生と親しげに話していた、という子たちが結構いるみたいで」
「ああ、確かに。あの子たちは皆さん亀吉さんとこの温室にある苔が縁で出会ったんですよ。亀吉さんは時々逃げ出してしまう癖がありましてね。今日みたいに探している時に保護してくれたり、それから苔の栽培について話したらそれについて興味を持ってくれたりしたものでして」
森宮は邪気のない笑顔で話す。苔のことを話すだけで幸せになってしまうのか。自分が疑われているというのに。杏梨は半ば呆れつつ問う。
「苔の話なんて講義でしたことありましたか?」
「ないですね。でもお昼休みに苔を持っていく僕に声をかけてくれたりしたので、偶然だとしか。それでまあ、話が弾んで自ら手伝ってくれることになった子たちだったんですよ」
ウキウキと語る森宮を前に、杏梨は指摘する。
「そんな学生たちが何も言わずにいなくなったのに、心配じゃないんですか?」
普通なら心配なはずだ。それがないということは、彼が行方不明者の居場所を知っているからではないのか。思いつつ尋ねると、森宮が腕を組む。
「うーん、でも皆さん成人してますしね。温室に来なくなったのは単に苔に飽きたからだと思ってましたし、講義に出席しなくなったのも他の興味ができたかアルバイトか、もしくは僕の講義がつまらないからだろうと。何しろあまり気の利いたしゃべりができるわけでもありませんから」
視線を上向け考えながら答える森宮を前に、杏梨は今一度疑惑を投げかける。ただ森宮の様子があまりにものんびりとしているせいで、瞬間口に出すのをためらった。
「……あの、夜に何か大きなものを包んだビニールシートを、あの裏山に運んでいたことってないですか? 実際に見たっていう子もいたんですけど」
躊躇しつつ問いかけると、森宮はああ、と笑みを深くする。
「それはただの肥料です。何しろこの裏山にはとても変わった人が住んでいるので。その人にお遣いを頼まれたんです。そういえば、いなくなった子たちも手伝ってくれたことがありますよ」
「そう……なんですか……」
本当に子供のような顔をする人だ。杏梨は今度こそ肩の力を抜いてしまった。
「山を保護して苔の健康を保つのも、とても大変なことですから」
「はあ……」
曖昧に頷いていると、突如森宮が組んでいた腕を解いた。
「お、噂をすれば、ですね」
森宮が起立する。
「え?」
目を瞬かせながら森宮を見あげると、森宮が入口の方向を見つめていた。杏梨は彼の視線を追う。すると、森宮の視線の先に一人の女性が立っていた。




