その11
「そうなんですか」
「仁科さんはやっぱり音喜多教授のゼミに入られるつもりですか?」
森宮の質問に、杏梨は首肯する。
「はい、私も竜宮伝説に興味がありますから」
「そうですか。頑張ってください」
朗らかな笑顔で励まされ、なんだかほっこりとした気分になった。
(ヤバ……)
一瞬本来の目的を忘れそうになってしまった。
(ダメダメ!)
杏梨は自分に叱咤して、質問を続ける。
「ありがとうございます。そう言えば、森宮先生の専門も竜宮伝説ですよね?」
さり気なさを装い訊くと、森宮が頭を掻く。
「はい、無論です。でもまあ、僕の研究は世間では異端だと言われていますがね。それでも、腐っても水虎の末裔と言われる一族の出なので諦めるのも癪じゃないですか」
自嘲気味に話す森宮へ、杏梨は尋ねる。
「それなんですけど」
「はい?」
森宮の眉間に皺が寄った。不快そうではないが、警戒しているようにも見える。杏梨は森宮の表情を注意深く見守りながら、言葉を紡いだ。
「水虎って妖怪じゃないですか。妖怪が群れて繁殖するとかそういうのはあまり聞いた事がないんですけど。何か詳しい謂れとかがあるんですか?」
そもそも水虎の末裔とか言うこと自体が胡散臭い気もする。
(森宮先生の創作でしょう?)
暗にそんな意味合いを含めて問うが、森宮は事もなげな口調で答え始めた。
「水虎は群れますよ。いや、正確に言うと河童の親玉みたいな表現がなされた文献があるってだけですが。河童は群れますから。何しろ一度は竜宮に反旗を翻し、戦争をしかけたぐらいですからね。それにね、僕の言う水虎はちょっと謂れが違うんですよ。そもそも僕の一族が京都府の天橋立界隈にあった漁村の網元だったからでしてね。それなのに昔は一時村八分にされていたらしくてですね。まあ、それも色々あって今は畏怖の対象になってしまっていますけども」
深い話ではなく、その上澄みを語る森宮。だが、それが逆に真実味を感じさせる。杏梨は単純に興味を惹かれた。
「そうなんですか。……あの、じゃあ、その理由を今度ぜひ講義で聞かせていただけませんか?」
好奇心から問いかけたのだが、森宮の表情が俄に変化した。
「何故ですか?」
先程とは違い、張りついた笑顔で質問してくる。杏梨は森宮を完全に怒らせることがないよう、慎重に核心を突くことにした。




