その10
「先生の講義、拝聴させて頂いています」
改めてお辞儀をすると、森宮はメガネの奥の瞳を細める。
「以前から熱心な方だな、とは思っていましたが。これも何かの縁ですね」
感慨深げな口調に、杏梨は話のきっかけを得た。思い切って訊いてみる。
「森宮先生。森宮先生はよくここへはこうやって学生を呼んだりするんですか?」
行方不明者は美穂を入れて六人。その全員が森宮と関わっていると聞いている。固唾を飲んで返答を待つと、考え込むように森宮が視線を上向けた。
「あー、毎回ではないですが、たまにこの苔の栽培なんかを手伝ってくれる子たちがいますね」
のほほんとした調子で答える森宮に、杏梨は質問を重ねた。
「それだけですか?」
「それだけ、とは?」
森宮が不思議そうに首をかたむける。
「先生、丸田美穂さんってご存知ですよね」
断定で問うと、森宮は難なく頷いた。
「はい、存じていますよ」
だが次の瞬間、甲高い蒸気の音に意識を持っていかれる。
「あ、お湯が沸いたみたいだ。少し待っていてくださいね」
「あ、はい……」
お湯が沸いたのは偶然だが、杏梨は何故か森宮にはぐらかされたような気分になった。そのままの状態で、待つことしばし。
「こちらへどうぞ」
誘われた場所は、小さな池のある白い丸テーブルの前だった。見たところテーブルも木製でできているが、これは新しいもののようだ。椅子を勧められ、おとなしく座る。すぐに薄茶色のお茶と小ぶりの白い饅頭が目前に置かれた。芳ばしい香りからして、これはほうじ茶だろう。
「どうぞ」
促され、杏梨は一礼する。
「ありがとうございます」
礼を言ってほうじ茶を口に含むと、芳ばしい苦味と甘さが口腔内に広がった。
「美味しい」
もともとお茶はなんでも好きなタイプなので、一くち口に含むだけで幸せな気分になる。
「このほうじ茶は音喜多教授からのいただきものなんですよ」
森宮の上司とはいえ、音喜多教授もここへ来るのか。杏梨は目を瞬きながら相槌を打った。




