朝食
新しい服はお日様の匂いがして気持ちがいい。どうせならベットのシーツも干してしまいたいほどポカポカな陽気だ。
そんなことを考えながら階段を降りていると、バーンッ!と勢いよく玄関の扉が開いて、ドスドスとキッチンに直行していくのが足音でわかる。
もう毎朝のことだけど、扉が壊れるんじゃないかとハラハラするのでやめて欲しい……。
キッチンに向かっていくと案の定、相棒兼幼なじみの少年、赤毛のリオがドカッと椅子に腰かけていた。
朝からオフモードなのであろう、髪を後ろでまとめ、普段頭に巻いている黄色のバンダナは左腕に巻き付けられていた。
寒い朝だと言うのに、ジャケットを1枚羽織っていて、ほとんど上裸のような格好だ。元気すぎる、バカは風邪をひかないとはこのことか。
「珍しい。寝坊助じゃんか」
リオは顔だけをこちらに向けてだらっとしている。フランは机の上にリオとファレナのカップに紅茶を注いだ。
甘いのが苦手なリオはダージリンを好む。といっても紅茶の中ではダージリンしか飲めない。
「素振りして着替えただけよ、寝坊助じゃない。リオこそ珍しいじゃん、こんな時間に起きてるなんて」
「お、俺だって早起きくらいするわ」
いつもは早起きなんてしないリオが起きているなんて槍でも降るのか、窓を見ると清々しいほど快晴だ。うん、槍飛んできてもおかしくない。
「ほんとに、お前は失礼なやつだなぁ。俺が早起きしたくらいで雨なんて降らねぇよ」
「……いや、槍の方が飛んでくるのかと」
「あ、そっち??槍が降ってくるかっての。戦場じゃあるまいし」
「あんた。意味わかってないでしょ……。んで、守り人の仕事してんの?」
リオはダージリンをゴクリと飲み込むと机の上に置いてある木苺を手に取る。
「一応、柵の周りは見てきたぜ、北側がまたやられてた。多分、冬眠から覚めた動物だろ」
手に持っている木苺をパクッと食べる。
あま……と顔をしかめる。勝手に食べておいて文句を言うのか。
「動物なんて、柵を壊すくらいなら村侵入してくるはずなのに。まさか、魔獣とか?」
ファレナはカップを手に取り、1口飲むとやはり苦い。ダージリンの茶葉はそんなに安くないし、1回だけではもったいないこともあってそのまま入れたのだろうが。
「……あぁ魔獣なら厄介だね、早めに柵直さないと」
口が苦くてたまらない、顔をしかめてしまう。
砂糖も欲しくなるが、そんな高価なもの田舎にはあるはずもない。
「……ふっ、すんげえ顔。魔獣なら有り得るかもな。祭りの日はマジ勘弁して欲しいけど」
リオに笑われた。
保存食のドライフルーツを皿に盛ってた机の上に置いた。
すかさず、ドライフルーツのオレンジを食べると甘さが口の中に広がって幸せだ。
「もう、続きはご飯食べた後でいいでしょ」
フランがワンプレートに盛られた朝ごはんを食卓に並べた、春の野菜を使った山菜オムレツに、1晩漬け込んだフレンチトースト、燻製の肉。別皿には昨日作ったジャガイモのスープにパセリを、もうひとつの皿にはマジックグラスがあえてあるサラダの朝食だ。
りおはフレンチトーストではなく、焼いたパンが置かれている。
見るだけでヨダレがでてくる。朝早くから素振りをしていたことも忘れて話に夢中になってしまっていた。
フランも席につき、手を組む。
「山の恵みに感謝を、動物の命に感謝を、全ての命と神に感謝をして」
「「「いただきます」」」
フランは隣村の教会に通っているため、この教会で学んだものだろう。
マジックグラスの味は独特な苦味を放つ。しかし、それと同時に魔力を授かる力を持つ植物だ。昔話にも登場する植物で、旧ウォルティ国の領土にしか育たない。
最初の頃に撒いた場所にしか芽を出さず、移動しようとしても枯れてしまったりするため、東区領土にしかない貴重な産物だ。
調理法も独特で加熱調理はマジックグラスの力がなくなってしまう。ただの苦い草になってしまうため、そのまま食さな避ければならない。
つまり、とてつもなく苦い。
「やっぱり、飯がうまいのはいいな。フランの作る飯は最高だ」
兄と慕うリオの言葉はフランにとって気持ちのいい言葉だろ。頭を撫でられてえへへ、と笑っている。可愛い。2人とも癒された。
「ん、なぁベルは?」
リオは当たりを見回しながらベルを探すが、見当たらない。
「2人が話してるうちに外に出した」
「あぁ、狩りね」
ベルベットは魔獣の1種であるフォレストウルフ。当然食料は狩りをして自分の食べたい分をとって食べる。ここら辺の動物はベルのおかげで村に危害を加える者も少なくなった。
自分のご飯は自分で探すと言わんばかりに扉を開けるとダッシュするのでいなくなっても分からないことが多い。
「そういやぁ、1週間後だな。祭り」
「そうね。おばさんが毛刈りしなきゃって慌ててたわ」
ナイフとフォークでフレンチトーストを切り分けぱくんと食べる。1晩漬け込んだだけあって中までちゃんとしみてるようだ。
少しほっとする。
「そうか。今年の祭りと誕生日も一緒だったね」
フランが食い気味で会話に混ざりこんできた。スープの器を傾けて飲んだせいか、少し口の周りが汚れていた。
近くにあった布でフランの口元を拭いてやる。
「うーん、正確には誕生日じゃないけどね」
拭き終えたあとのフランはニコッと満足して朝食に専念した。
リスみたいに頬張る姿にほっこりする。
「あー。お前ら」
「そうそう、中々ないでしょ。姉弟が一緒の誕生日って」
「まぁ、他の兄弟がどうか知らんけど、ゼラニウムさんくんの」
「うーん、知らない。最近手紙も来なくなったし、どっかの地方で傭兵やってんじゃないの」
とたわいのない話をする。父親のゼラは腕がたつ傭兵として、商売人や貴族の傭兵として働く。そのため親不在が多いこの家では、リオの両親が気にかけてくれてよく食卓を囲む。
リオの家に行ったり、こっちで食べたりと、家事のことや生活で使う魔法なんかも教えてくれた。リオの両親は第2のパパとママだ。
「ふーん……、ごっそうさん」
朝食にしては結構な量をぺろりと平らげた。
さすが成長期の男児だ。