1話 桜と髪の靡く夜。
初投稿となります。最後までよろしくお願いします。
桜の舞う、少し冷たい日。それがこの物語の始まりだった。あの時の涙、嗚咽さえも忘れられなくなった物語。そして、これまでも。これからも誰も知ることのない甘酸っぱい話。
夕日のオレンジ色も空に映らなくなってきた頃。俺は何故か漠然とした恐怖に襲われていた。目の前が暗くなり、先ほど食べた夕食さえも戻してしまいそうだった。
たまたま家にあった吐き気止めを飲みしばらく安静にすることにするが、その嫌な気持ちは治らない。むしろ、時間が経つと悪化していった。
この不可解な病の原因は頭を働かさなくてもわかるもの。それは、うまく口では表せないがそれでも簡単に言うと、将来に対する不安であった。
明日で高校三年生へと進級する。それが、どこか不安で仕方がなかった。あと一年後にはもう大学生となっている。その前には1度しか体験をしたことがない受験に向けて勉強をしなければいけない。
俺はどちらかというと、勉強は苦手なほうであった。正確に言うと、苦手なのではなくやる気が今まで起きなかった。だから、学年では平均点より少し下あたりで彷徨っていた。
部屋にあったソファーで三十分ほど仮眠を取れば、ある程度はよくなっていた。
その時、無性に外に出たいと思った。それほど遠くに出なくていい。ほんの少しだけ、外に出て散歩が出来ればよかった。
着ていた部屋着をジャージに替えると、財布とスマートフォンを持って外に出た。
もう春だというのに少し、肌寒かった。
並木に植えられている桜の木は、どこか悲しげな表情のように思えた。誰かを待っているけど、誰もやってこないような。
正直、今見えるものが全てブルーの様な気がした。色を彩る桃色でさえも、切なく見えるように。
どうなってもいいような気がしているのだろう。人間はいつか死んでしまう。たとえ死を拒絶していたとしても、死は訪れる。
それは人間だけではない、物もだ。形あるものは当然だが、ないものでさえも。今抱いているこの気持ちさえもいつかは消えるのだろう。
冷たい風が肌に当たり、痛い。そして、どこかが心地が良い。
川沿いの土手を数十分歩いていた。もうここまで来たのなら、最初に抱えていた不吉な魂はどこかに消えていた。
まるで檸檬のように。
そう思いながらも足を進めているとベンチに座っている女性が目に入った。ここからではあまりわからないが、年齢的には自分と同じくらいであることは推測することが出来た。しかし、なぜこの時間にベンチに腰を掛けているのかは理解が出来なかった。
人通りも多くなく、暗い場所。自分は男であるから通ることこそは出来るが、女性には少し危険だ。
でも、自分としては関係が全くないので過ぎ去ろうとしていた。他人の厄介ごとに巻き込まれるのは生憎好きではなかった。
だから通し過ぎようとした。しかし、静かなこの場所に雑音が入った。それは風で擦れる桜の花の音ではなく、あの女性の嗚咽の音であった。
自分としても、泣いている女性をそのまま無視することはできなかった。昔の思いからの反射的なものなのだろう。
それにしても、どうやって声をかけてみたらいいのかが全くと言っていいほどわからなかった。
頭を回転させた結果出てきた、答えは無難なもので「大丈夫ですか?」というものだった。もし、「関係ないでしょ」なんて言われたらすぐに帰るつもりであった。
背筋に緊張が走る。呼吸を整える。そして、声をかけた。
「大丈夫ですか?」
女性は顔を見上げた。その時、まるで時間が止まったかのような気がした。銀色に近いようなさらさらとした髪を靡かせ、こちらを見た。
息を呑む。自分が想像していたより、美少女だったからなのであろう。でも、同じ学校ならば確実にこの人を知っているのだろう。でも、見たことも聞いたこともない。ということは、違う学校か、もしくは年上なのではないのかと思った。
その女性は「大丈夫です」と声を発した。しかし、ずっと泣いているため言葉にさえなっていなかった。
カバンの中から先ほど自動販売機で買ったミルクティーを彼女に差し上げた。
彼女は言っていることは正確には理解が出来なかった。しかし、大体の感じで読み取ると「ありがとうございます」と言いたいということはわかった。
これ以上いても彼女に迷惑と考え、帰ろうとした。最後に「この時間のここは危険だから、気を付けてくださいよ」と告げ。
そして、また歩き始める。当初とは想定していなかったことが起こったが、別にそれはそれでよかった。
彼女に会う機会はこれからない。これが最初であり、最後でもある。人生なんてそんなもの。そういうことは昔から理解していた。
「待ってください」
そう彼女が言うまでは。
読んでいただきありがとうございました!できる限り多く投稿していきますので、これからもよろしくお願いします。