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3/5

ロクのこと 3/イチのこと 1

 沢田篤弘は顔を歪めた。もしかしたら笑ったのかもしれない。


「世界が変わる?」


「相沢千尋」


 ロクは依頼人の名前を言った。


「少なくとも彼女の世界は変わるだろう。変わらなきゃおかしい」


「おかしいことはないだろう」


「何故だ? お前は彼女の世界になんの影響も及ぼさない生き方をしていたのか? まさか。そ

んなの。ありえない」


 ロクはまどろっこしいことを言うのを嫌わない。どちらかと言えば休みに似たりなことを日々行っている。そうしてなんとか生きている。


「チヒロは僕と結婚したいと言ったんだ」


 沢田篤弘の一端を見る。その覚悟のためにロクは煙を吐いた。靄が舞う。


「そしたらチヒロの男親が言ったんだ。『私は娘をこれでもかと甘やかしてきた。そんな娘が結婚だなどという戯言をのたまうわけがない』」


 恋人の親に男親という随分と遠回しな言い方をする。その言葉だけで、彼の反発が窺えた。


「そして続けて言った。『娘が自立したいと言い出すなんておかしい。もしやもう政府におかされているんじゃないのか。だったら殺すしかない』」


 だったら殺すしかない。選択肢の狭さに圧倒されるなどというレベルではなかった。率直に言って意味が分からない。同じ人間の思考回路なのだろうか。


「まだ殺し屋の方が良心的だ。少なくとも話を聞いてくれる」


「それで。どうして恋人に殺しを依頼されるようになるんだ」


「チヒロは死ぬ」


 沢田篤弘は断言した。


「だから僕が頼んだ。殺してくれと」


「…………」


 ロクは何も言わない。表情から読み取れそうな感情をすべて押し殺した、まさに無表情を狙い人に向ける。


「だってそうだろ? 僕はチヒロの世界がなくなったら生きている意味がない」


「彼女を救い出そうとは思わなかったのか」


「ヒーローみたいに?」


 沢田篤弘は苦り切った笑みを浮かべる。その表情だけで、彼がすべてを尽くしたことを容易に察することが出来た。


「さすが富裕層といったところか」


「金で買えない悪はない」


 殺し屋を利用するのは経済的に余裕がある人間である場合が多い。それだけ殺しというのはリスクがあるということだ。昨今の殺しの依頼は随分とリーズナブルにはなったけれど。人の命は時代と共にすり減るものであるらしいというのは、長年殺し屋として働いているロクの実感だった。


「そうか」


 ロクは一言、そう言った。それ以上の言葉を探していたし、それ以下の感情は抱かなかった。そうして抑え込むのが一番だと、ロクの本能が判断したのかもしれない。狙い人と関わりすぎている、というのがロクが自分で思う短所だった。だが、短所は見方を変えれば長所になると聞いたことがある。ロクは一刻も早くそれを長所に変える方法を知りたいと思っている。


「お前の世界はここで終わる。俺の手によって」


 再びロクは銃を構えた。


「生まれ変わりを信じるか?」


 ロクは訊ねる。


「信じてるよ」


 沢田篤弘は言った。


「できれば今度はチヒロと一緒に過去に生まれ変わりたいんだ」


 沢田篤弘は微かに笑った。


「命が尊かったっていう、過去に」


 銃の引き金が引かれた。乾いた音。倒れる音。それを見つめる殺し屋。


「世も末だな」


 かつて沢田篤弘だったものを見て呟く。それが自分の仕事であることをまざまざと見せつけられながら。


「くそったれ」


 靄が宙に舞っていた。しばらくその場に佇むのだろう。沢田篤弘という人間の魂のがあるのか

分からないけれど、ロクは靄の方を見上げた。


 それはただの紫煙だった。








                           ロクのこと 了















 ファミレスはファミリーレスの略称なのだとずっと思っていた。そして実際、その通りだろうとも思う。でも実はファミリーレストランが正式名称だ。ファミリー? どこが? イチは店内を見回す。カップルとおひとり様と職業不詳群がわらわらと。イチはスマホを取り出し時間を確認する。二時十分。もちろん深夜。


「何名様ですか?」


 店員が訊ねてくる。イチはピースサインをしてから言った。


「どう見たってひとりでしょ」


「……待ち合わせですか?」


 イチはピースをスリーピースにする。


「あなたもしかして、私が見えるの?」


「……お好きな席をどうぞ」


 店員が去っていく。ちょっとふざけすぎたかなと思ったけれど、イチとしては満足しているから構わなかった。


 さて、どこに座ろうかした。店内をぐるぐるしながら狙い人がどこに座っているのかを確認する。


 いた。四人掛けのボックス席を一人で使っている。よし、この席にしよう。お好きな席と言われただけだし。空いてるお好きな席とは言われなかったし。


「おじゃまします」


 狙い人はイチが向かいに座ったことに気づいていない。何故なら熱心にパソコンをいじっていたから。


 男がパソコンをいじっているというころはエロ動画を探している以外にありえないとイチは思っているので、公共の場で何をやってるのやらと呆れてしまう。


 しばらく待っていた。向かいの狙い人は一向に気づく様子がない。


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