新しい仲間が増えるよ、やったね!
マンドラモドキの鑑賞会から戻り。
ダンジョンコアの埋まっている白テーブルを自分の所定位置としたリーデルは、今も色々とコアをいじっている。
後ろからそーっと見ていた時は、コアの表面に細かい数字がビッチリ浮かんでいた。
めまいを誘発する呪いでもかかっているんじゃないか? というくらいに細かい。
それらの羅列をスムースにチェックするリーデル曰く、我らのかわいいコアさんの稼働状況はとても順調で、継続して平均水準以上のマナ抽出量を保っているらしい。
この抽出量というのは実際にマナ吸収を始めてみないとわからない事もあって、危険な二十四時間をしのいで無事にコアが起動しても、その後のマナ抽出量を見て残念無念となるケースもある。
それほどにリスクは高いが、稼ぎも大きい。
ダンジョン経営とは、まさに一発のデカいギャンブルなのだ。
「これなら大丈夫そうですね。場合によってはマナを消費してダンジョンの防衛機構を導入する事も手かもしれません。もしくはダンジョンファミリアを」
おお。なんかいきなり余裕のある発言が出てきた。
ダンジョン防衛機構というのはその名の通りだ。ダンジョンコアに貯めたマナを使ってダンジョン内を改装し、落とし穴とか落ちる天井とかそういうギミックだ。
ダンジョンファミリアというのは、ダンジョンコアに隷属する魔物っぽい生き物たちの事だ。色々な種類があって、こちらもマナを大きく消費すれど、有効な防衛手段の一つだ。
ダンジョンマスターの性格が顕著に出る部分でもあり、ダンジョン防衛機構に依るのは静的防衛型、ダンジョンファミリアに依るのは動的迎撃型とザックリ分けられたりする。
ただオレ達の場合は迎撃できるほどの大きさのダンジョンというか、洞窟ではないので自然とダンジョンファミリアとなる。アレだ、臨機応変、柔軟な体制でもって迎撃したり防衛したりするカンジだ。
「ファミリアでよく使われるのはアイちゃんとかだっけ」
「そう呼ばれることもありますが……正式には汎用自立型視覚共有システムです」
「長い長い。アイちゃんでいいよ」
汎用自立型視覚共有システム。
その見た目はでっかい目玉で、外見通り監視に特化したファミリアだ。ダンジョン界隈では通称アイちゃんと呼ばれている。
なんでアイと呼ばれるのかはよく知らないが、昔からそうらしい。専門用語ってヤツだ。
そんなアイちゃんには様々なタイプがある。
よく採用されるものは三種類。
本体である目玉に羽を生やしてフワフワ浮く浮遊警戒型。
動きは遅いが空中を移動できるというは大きい。相手を上から見下ろせるというのは、完全に地の利を得られる。しかしダンジョン内などでは、その性能も阻害されてしまうので難しい所だ。
次に短い昆虫のような節足タイプの脚を四本生やして、地上や壁などを徘徊監視する巡回警邏型。
空中浮遊型とは比べ物にならないくらい機敏だが基本的に地面、せいぜいが木にへばりつく程度の配置しかできない。草木や木々に隠れて対象の尾行や、目くらまし程度の不意打ちには適していると言われている。
最後に、触手を七、八本くらい生やして茂みや物陰などにへばりつかせたりする、隠密監視型。
動きはやや緩慢ではあるが、触手を活かして壁にも天井にもへばりつけるし、木々に隠れたりする事も得意で、定点、もしくは臨機応変な位置変更からの監視にとても向いている。
他にもマイナーな仕様は数あれど、共通するのは、どれも見た目がネッチョネチョかウッニョウニョなので総じて女人気がない。
運用するダンジョンによって選ぶべきオプションは違うが、オレたちの場合なら触手型かなぁ。
ちなみに触手型はトップクラスで忌み嫌われている。特に女性に。
「そうですね。ダンジョンファミリアの生産にかかるマナの消費は、それなりに大きいですが……どうせなら湖あたりと入口近辺に配置できるよう二体は欲しいかと。仕様は触手型でよろしいですか?」
しかし我が家のメイドはさすがである。
必要であると判断すれば、嗜好を切り離して実務に忠実だ。
正直オレも触手のアイちゃんは触りたくないのに、即決できるのはスゴイ。
「そうだよなぁ。今も侵入者が来たらこの部屋のドアからそっと見しかできんし。その距離まで詰められた時点で詰んでるし」
このオシャレなコアルームがダンジョンの最終防衛地点だが、現状は入口から一本道でなんの障害もない。頼れるのはシャーリーンのみだ。
「監視体制は必要だ。リーデルがココってとこにアイちゃん設置しておいてくれる? ほかにも必要ならテキトーによろしく。いちいちオレに許可とかいらんからね?」
「それはかまいませんが、よろしいのですか?」
「何が?」
なんかマズった?
「いえ。コアに蓄積されたマナは資産。ダンジョン経営の補助の役目を仰せつかっているとはいえ、私の独断でというのはさすがに」
何言ってんの?
もしかしてオレにやらせるつもり?
遠回しな心中願望でもあるのかしらねこの子、やだこわい。
「いやいや。オレよりも有能なメイドさんにまかせるよ。いうなれば、オレの親父とリーデルパパ、それと同じ関係じゃんか?」
当主と執事。
坊ちゃんとメイド。
どちらも主従関係。そこに何か違いがあるか? なんの違いもありゃしね……いや、ありまくりか。
戦場の大英雄と呼ばれるウチの親父。引きこもりのボク。
完璧イケメン超人のリーデルパパ。完璧美少女メイドのリーデル。
あれ? なんかオレだけ仲間外れじゃない? ひどくない?
「なるほど。親同士、子同士、同じ関係であると」
「親のスペックは同じでも、子のスペックが違うとこだけ目をつぶってくれれば、だいたい同じ関係かなって」
いかん。自分で言っていて切なくなってくる。
「では……僭越ながら私がコアとマナ周りの管理をさせて頂きますが……坊ちゃんも何か要望があれば申しつけてください。念のため今晩まではマナ吸収量の推移を確認しておきますが、おそらくマナには余裕ができそうですから」
「了解。面倒だけど頼むなー」
「いえ。最初こそ慌ただしかったですが、結果的には順調に落ち着いてホッとしました。それでは必要なマナが貯まり次第、触手型の汎用自立型視覚共有システムを二体、生産開始いたしますね」
リーデルも安心したような声だ。
今まで防衛機構がないに等しかったからね。精神的にもちょっとラクになれる。
早めに敵を察知できるという事は、シャーリーンでも先制攻撃も可能という事。
火力がシャーリーン一つという点から、防衛戦しか選択肢がなかったところから考えれば大進歩だな。
さしあたっての方針も決まった。
「ふぅ」
息をはいて体の力を抜いているリーデル。
トラブルからスタートしたダンジョンライフで、昨晩もマナの吸収情報をチェックして、まともに寝てないようだし。
「おつかれさん。ありがとな」
「いえ、たいした事ではありません」
たいした事なんだよなぁ。
オレだけだったら、初日でリタイアだったのは確実なわけで、感謝しかない。
「ふむ」
……まぁ、夜でなきゃダメだというわけでもあるまいし。
なんもしてない自分が居心地悪いから誤魔化そうという魂胆ではなく、いたわりの心をもって肩を揉んでやろうと、オレは端っこのベッドから立ち上がった。
ちなみに端っこにベッドを置いた理由は、オレの図体がジャマにならないようにではない。
オレの心が端っこを求めるのだ。端っこというのは落ち着く。
あえて言わずとも、気を使ってリーデルが配置してくれたのだ。
リーデルは、決してオレが邪魔だからと、ベッドを端に寄せたわけではないのだ。
……この辺りのデリケートな事はあまり深く考えない方がいい。
もし互いの考えに悲しいすれ違いがあったら、誰も得をしないからだ。
そんな事を考えながら、オレはリーデルの後ろにまわって肩を軽く揉んだ。
「んひぁあ!」
は?
「……」
「……」
え、なにこの空気。
なんでリーデルは顔真っ赤にしてオレを見ているの?
なんでオレは罪悪感にとらわれてるの?
ハッとしたリーデルがコホンと一つ咳払いをする。
「坊ちゃん」
おう、と答えようとして。
「はい」
不思議とオレの口からは敬語が出ていた。
「マッサージをしてくださるのは大変うれしいのですが」
「はい」
「急に背後に回られて肩を触れられると、驚いてしまいますから」
「はい」
んひゃー、って言ったもんな。
「坊ちゃん」
「はい」
「今度から先に声をかけてください」
「そうだな、そんな、いきなり触られたらイヤだよな」
遠回しに、気安く触るなと言われているのだろう。
「そうではありません」
「いや、いーて。ごめんな」
これ以上、気を使われるとさらにツライ事になるんだけど。
「……夜のマッサージもやめとこうか?」
約束した事だし、こっちは一応、聞いておこうと思う。
「いいえ。ですから、触れられるのが嫌などと思っておりません。今夜もしっかりとお願いします」
なんか必死だけど……そりゃアクシデントに近いとはいえ、雇用主の息子に触られて、んひゃー、って本音が出ちゃったからなぁ。
「いや、ホント。いいって。オレに気を使わなくても。リーデルはしっかりやって、くれるて……るし……」
「いいえ、いいえ。なぜだんだん小声になるのですか。本当に驚いただけですから」
つらい。端っこに帰ろう。ベッドの上に帰ろう。
――返済期限まであと二十四日