ガッカリ? いや、現実は厳しいって話だよ
「マンドラゴラ、ですか?」
「おうとも。アレをマンドラと言わず、なんと言うってぐらいマンドラゴラだったぞ」
何かを少し考えたリーデルは、ふと、オレを見る。
手や目、そんなあたりをマジマジと。
「な、なに?」
「そのマンドラゴラに触れましたか?」
「いや、触ってない」
ふう、と安堵の息を吐くリーデル。
「それには決して触らないでください」
「ああ、知ってるぞ。マンドラゴラは引っこ抜くと叫び声をあげ……」
「そうであればまだ良いのですが……」
え、どういう事?
「とりあえず、夕食にいたしましょう。明日、その場所へ連れて行ってもらえますか?」
「お、おう?」
なんかすごい気になる事を言いかけてやめたリーデルが、夕食の準備を始めた。
夕食を終えて一息入れた後。
オレとリーデルは洞窟の最奥部に立っていた。
「設置からそろそろ二十四時間です」
「おう。不手際がなければ起動するはずだよな?」
なんせ初めての事なので、うまくいっているか、そうでないかもわからない。
「はい。起動準備が整うと蒼く発光するはずですが……」
設置されてると言っても、オレ達の足元で無造作に転がっているようにしか見えないコアである。
とは言え、さすがにそれは見た目だけの話で、すでに地面と一体化しており動かすことはできない。
コアが起動すれば、この周辺がコアルームとなるはずだが。
「あ」
目の前でコアが蒼く輝きだす。
一瞬、さらに強い光を放った瞬間。
「おお!」
「これは……」
それまでは暗い洞窟の中で、わずか魔道具ランプの弱い光しかなかった場所が、白い壁に囲まれた部屋となっていた。
その真ん中には白く大きな丸テーブルがあり、それを囲むように四脚のイスがある。
テーブル中央には、さきほどまで地面にくっついていた蒼く光るコアが埋め込まれていた。
ふらふらっと触りそうになってリーデルに止められた。
「坊ちゃん。展開したコアはダンジョンから出してしまうと崩れてしまいますので気を付けてくださいね。撤収時にコアを格納したら持ち出せるようになりますから」
コアは取り外しもできるが、ダンジョンの外には持っていけないそうだ。
「了解。しかしコアルームってこんな造りなんだな。シャレてる」
「本来、デザインは最初の持ち主が任意で行えるらしいので、このセットはその最初のオーナーのデザインでしょう」
中古だったのか、このコア。
まぁ、いいやね。設定とかデザインの手間がはぶけた。
広さもかなりあって、二人で使う分には持て余すぐらいかもしれない。
ただ、仕切りがないというのがちょっと不便かもしれん。
オレはともかく、やっぱりリーデルは女の子ですからね。
「壁も家具も白一色ですか。悪くはないですが、華がないですね」
そんなオレの考えをよそに、なんか小声で呟いているリーデル。
デザインが気に入らないわけではないが、好みのものとは違うらしい。
まさかお前、このコアルームをピンクに染めようとしていたとか考えてないよな? さすがにそれはオレも不服申し立ても辞さないぞ。絶対に目が痛くなる。
「とりあえず、こちらに家具を持ち込みますので、お手伝いただけますか?」
「おうよー」
お引っ越し開始である。
白い部屋には扉が一つ。
そこから外に出ると、さっきまで生活空間であった場所だ。
扉を開けっぱなしにしてベッドやらテーブルやら、クッションだのランプだのコンロだの、とにかく全部移動させる。
白一色だった、どこか神秘的な空間だったコアルームは一気に生活臭にあふれ、リーデルが素早く配置をしていく。
オレは最初から設置されているテーブルのイスに腰かけて、蒼く光っているコアを見る。
「起動成功か。よかったよかった」
コアには色々な機能もあるのだが、まだマナの吸収が始まって間がないのでエネルギー不足で使用不可となっている。
ある程度マナがたまると、それらの機能が使えるので楽しみだ。
特にコアトークという、離れた場所同士のコアを介して会話できる機能がある。
ここに来る直前、師匠に手紙を出しておいた。
コアが起動したらコールしますと伝えてあるので、色々とアドバイスがもらえるはずだ。
「リーデル、これってどれくらいしたらトーク使えるのかな?」
「コアトークに使用するマナはそれなりに多いはずです。できればコアメールでお願いします」
あー。
そうか、トークでつながっている間はマナを消費する。ダンジョンコアも魔道具だからね。
マナを消費すればするだけ借金を返すために貯めているマナがなくなってしまい、借金返済の道も遠のく。
メールであれば送る文字数だけの消費なので、だんぜん経済的。
「そうだな、メールにしとくよ。ちょっとした挨拶を送るだけだから」
「それであれば一晩も経てば送れるはずです。けれど無駄使いはしないでくださいね。私もマニュアルは目を通しましたが、それ以上の知識はありませんし」
借金取りオークはコアしかくれなかったので、リーデルはどこぞからコアのマニュアルを手に入れ、出発までの短い期間で勉強していたらしい。
ちなみにオレがある程度といえコアの能力を知っているのは、師匠からの受け売りだ。
当時は人間界で穴倉にこもる出稼ぎなんて危ない事は絶対にしたくないと思っていたから、わりと聞き逃している所もあるかもだが……この世は理不尽だ。まさか親の借金でダンジョン経営をするハメになるなんて。未来とはわからないもんだ。
ちなみに師匠はちょくちょく人間界でダンジョン経営をしているらしい。
試作ゴーレムのテスト稼働だったり、試作ゴーレムを作る為の資金稼ぎだったり、試作ゴーレムのトライアルだったり。
ゴーレムはとにかくお金がかかる。
しかしダンジョン経営は危険な仕事だ。それでもなお、師匠はリスクとリターンを考えてメリットの方が上と判断したのだろうと、その頃は思っていた。
あと、きっと師匠くらいになるとダンジョン経営というのは一石二鳥の場所で、自分のゴーレムの出来に絶対の自信があるのだ、とも思っていた。ゴーレムのプロフェッショナルに憧れる、ゴーレム初心者の頃のオレならばそれも当然だろう。
だが、最近。
師匠と親しくさせてもらって長い時間が経った今、わりと考えを改めるようにもなった。
あの人は自身の身の安全なんて考えてない。ゴーレムの事しか考えていない。
師匠の作るゴーレムは良く言えばユニーク、言葉を飾らずに言えばピーキー、ぶっちゃけて言えば最高級危険物だ。
万が一、試作ゴーレムに不備があり、試験運用のテスト中に暴走してしまっても、人間界であればどこからも苦情が来ないから。そんな理由でダンジョン経営をしていると、最近オレは確信した。
だが、オレが率直にそう聞いた時、師匠は「ああ、なるほど。それもそうだね」と言い放った。その時は、すっとぼけがうまいなと思ったのだが……。
後々、オレはさらに深い真実を知る。
師匠が人間界で試運転をするような試作ゴーレムは、バレたら怒られるだけではすまないような機構や仕様になっているのだと。
要するに隠れて危ない事をやっている。
アレで白髪のヒゲヒゲおじいちゃんで片眼鏡でもかけていれば、狂気に支配されたマッドな感じのゴーレムメイカーという雰囲気になりそうだが……師匠のビジュアルは年端もいかない少年で、性格は内向的かつ人見知り。
そんな庇護欲を掻き立てる要素が満載のため、何か不審事をしていても咎められる事がない。ゴーレム界隈で言えば、パッケージ詐欺である。
ま、それはともかく。
「さて、これでようやく、かな?」
「ええ。ダンジョンマスター就任、おめでとうございます」
ダンジョンマスター。
響きはカッコいい。なんか一人前の男って感じもする。
ま、オレ一人じゃなんもできないんですけどね。
「リーデル、これからも頼むぞ」
「ええ。おまかせください」
実質ダンジョンマスターのリーデルが軽やかに頷いた。頼りになります。
***
ダンジョンコアが無事に起動して、一夜明けた翌朝。
オレとリーデルは森の中を連れ立って歩いている。
あ、ちなみに昨晩はしっかりとリーデルのマッサージをした。
正直、自分でもそーとーにヘッタクソだと思ったが、リーデルは何も言わなかった。
言い訳をさせてもらうとね? リーデルって、どこ触っても壊れそうなんですよ。
ピンクのジャージの上から揉んでもわかるくらい柔らかい肌なんて、オレのゴツい指がつかんだら跡になるんじゃないかって本気でビビった。
そんな緊張感をもって、リーデルの肩と首をこわごわとマッサージする。
一通り終わった後、リーデルは血行が良くなったのか赤い顔をして「ありがとうございました」と礼を言ってきた。不満そうな顔ではなかったと思う。
もちろん今夜もしなくてはいけないのだが、コレでリーデルにケガでもさせたら、雇用主の不注意による労災案件だろうか。
などと、色々と考えこみながらオレは朝日の下、こうして森の中、リーデルを案内している。
そう、昨日見つけたお宝、マンドラゴラの元へと向かっている途中だ。
「マンドラゴラって、けっこういい値で売れるんだろ?」
「そうですね。魔界でもなかなか採れませんし。今回の目標額の助けにはなりますね」
「そっかー。それだけ早く帰れるってわけだしな。ラッキーだったなぁ」
と、ニコニコのオレであるが、やっぱりリーデルの顔は無表情である。
もともとリーデルはいつもこんな表情だが、昨晩は何か気になる事を言いかけた事もあって、オレはちょっとイヤな予感がしている。
そうしてやってきました、マンドラゴラの生えている場所に。
そーっと近寄ると、昨日と同じ場所で同じ方向を向いている。逆向いてても怖いけどな。
背後から回り込むようにして、オレはマンドラゴラを指さした。
「アレだアレ」
リーデルもそっと近づき、いろんな角度からマンドラゴラを見ていたが、やがて。
「坊ちゃんが見つけたこれは……マンドラモドキです」
「……なんて?」
なんかお金にならなさそうな名前が聞こえたぞ。
「マンドラモドキ、でございます。マンドラゴラとよく似た外見のまったくの別物です」
「そんなのあるのか……」
「引き抜こうとした瞬間、目のように見える二つの穴から周囲に霧状の猛毒を吐き散らします。目に入れば一時的な失明、呼吸器官に入れば呼吸困難に。また本体そのものにも激しいかゆみとかぶれをもたらす粘液を帯びていますので、触れるだけでも一大事です」
「うわーお……」
なにそれ殺意高すぎない? 偽物なのに危険度は本物と変わんないじゃん。
「そうして自分を引き抜こうとした獲物が怯んだすきに地中から這い上がり、口のように見える穴から麻痺針を射出して攻撃。獲物に心臓麻痺を起こさせて仕留めます」
這い上がる? 動けるのコイツ!?
「仕留めた後は、獲物の口から入り込み、内臓を食い破り、そのまま体内で羽化します」
「うぇぇ、グロい……え? 羽化?」
「マンドラモドキは魔虫と言われています。おそらく蛾か蝶あたりの突然変異ではないかという説があります。このように、マンドラゴラに擬態している状態がすでに蛹化段階。その後、獲物を中から食い破った後に羽化します」
これサナギなのか。いやそんな事は重要じゃない、最も大事な事は一つ。
「わかった、絶対に触らない」
「それがよろしいかと」
おっそろしーもんが生えてんなぁ。
「けど、それだけ危険なら燃やしておくとかどうだ? 万一、オレたちのダンジョンにやってくるとかない?」
話によると這い上がってくるらしいし、寝床のダンジョン近くにそんなもんが生えてるとか落ち着かん。
「動くといっても動きは緩慢で、それほど遠くまで移動できません。本当にわずかな距離だけ這って移動する程度です。ただ、燃やすというのは賛成できません」
「なんで?」
「加熱や冷却、また強い衝撃などを与えると爆発します。そうなると、さきほどお話した毒液、麻痺針などが周囲に飛び散り、一時的に周囲の空気を汚染します。万が一それらを私たちが吸い込んでしまうと危険です」
「……あー」
ありそう。
遠くから火矢を射かけるのもアリかと思うけどそんなもん持ってないし、そこまでせんでもいいだろう。
「とんだお宝だったなぁ」
「そうですね。闇市か個人売買であれば、高値で売れるものではあるのですが」
おっと、なんだか色々とツッコミどころのある話が出てきたぞ。
「まっとうな品じゃないのな」
「毒としては全部位使える優秀な素材ですからね。もちろん表立っては売買できません。ご禁制品ですから」
ですが場合によっては。そう、坊ちゃんがお望みならば。
みたいな顔をしているリーデル。
いやいや、そういうのはいいから。そういうのマジで無理だから。
「やめやめ、ハイ、この話おしまい。そんな物騒な話は終了。まっとうに返済する目途がついている……かはわからんけど、そっち方面の危ない橋は渡らない方向で頼むな?」
「かしこまりました。私もその方が良いかと思います」
なら最初から話題にすんなよ。どこまで本気だったんですかね、このメイドさん。
――返済期限まであと二十四日




