メロンブックス様 キネティックノベルスフェア記念SS『とある従者の昼下がり』
2024/08/30からメロンブックス様(通販・店舗)にてキネティックノベルスフェアが行われます。
各タイトルのご購入特典として、そのタイトルのSSが特典がついてきます。
自分も新規SSにて参加させて頂きました。時間軸は一巻と二巻の間となっています。
以下のお話は、上記特典SS『とある主従の昼下がり』のリーデル視点となります。
特典では坊ちゃん視点をお楽しみ頂けますので、どうぞよろしくお願いいたします!
詳細はメロンブックス様のイベント告知ページにてどうぞ!
https://www.melonbooks.co.jp/shop/event_detail.php?wp_id=27&post_id=8426&type=
リーデルが仕える主人の食べっぷりは実に爽快だ。
オーガという種族は軒並み健啖家であり、目の前で自分の料理を口に運び続ける主人も例外ではなかった。
一般的なオーガと比べるとやや線が細いものの、それでも三人前を食べつくしてようやく腹八分目といったところだ。
それだけの量を毎食作るのは確かに大変だが、うまいうまいと言って皿を重ねる様を見ると作り甲斐もある。
「ごちそーさん、うまかった! ちょっと一休み」
「お粗末様でした。坊ちゃん? 食べてすぐに寝ると牛になりますよ」
「ツノなら自前で二本生えてるよ」
「もう!」
ダイニングキッチンと続きになっている隣のリビングのソファへ向かう主人に声をかけるが軽くあしらわれる。
満腹になった男性はなぜこうもだらしなくなるのかと思いつつ、リーデルは重なった皿をシンクに運び手早く片付けを始める。
とはいえ今日の予定は特にない。正確には予定を入れていない。
今は休養、そして次のダンジョン経営に向けての準備期間だ。
先日、初めてのダンジョン経営から生還したばかりで、主人の包帯もまだ取れたばかりだからだ。
短いながらも様々な事があったダンジョン経営。
まさに命がけとなった経験は、リーデルの心情にも大きな変化をもたらしていた。
彼女と主人は幼いころから一つ屋根の下で暮らしており、少し年上だったリーデルは彼を手のかかる可愛い弟と思っていた。
やがて二人が成長し、幼馴染の同居人という関係から主人と従者という関係になったが、態度と言葉使いは相応に整えてもリーデルの内心は変わらなかった。
いや、子供ながらに成熟の早い女の子として、異性への意識と興味は持ち始めていた。
ゴーレムという趣味に傾倒しすぎるきらいはあるが、穏やかで自分に優しく接する彼は、父しか家族がいない自分にとって心安らげる存在でもあった。
もともと同じ屋敷に住んでいた理由は、リーデルの父が彼の父に助けられ、その上さらに生活の面倒を見てもらっていたという経緯があり、子供のころには理解していなかった恩も感じている。
好きになるかどうかはさておき、嫌いになる要素はなく、メイドとして仕えることにも恩返しと考えれば抵抗はなかった。
そうして長い時間を共に過ごせば、リーデルの中に家族愛とは別の感情が育っても不思議はない。
……正直、顔もまあまあ好みである。これはこれで重要な事だ。
ただし想いを告げた事はない。
今さらどういえば良いのか? という恥じらい。
断られたら、その後の関係はどうなるのか? という不安。
なにより相手が自分を女性と意識していない雰囲気がある。
異性に興味があるのはわかっている。
本棚の奥に隠された水着グラビアを見るに、自分が主人の好みからそう外れていないのも確認ずみだ。
だが”男”ではあるものの情緒がまだ幼いのだ。
女心に対する機微にうとく、鈍感で唐変木で空気を読めない”男の子”。それが自分の主人。
まれに紳士たろうとする意識がかいまみえるものの、それが様になるのはまだまだ先だろう。
ならば自分が目指すべきは包容力溢れる姉さん女房かと思うが、思った事をつい口にしてしまう自らの性格を鑑みるとそういうふんわり系女子は難しい。
人生ままならないもの。
そう思いながらも反面『自分の視線に気づかず料理にがっつく鈍感な幼馴染の男の子』を姉の立場で眺める時間がもう少しあってもいいとも思ってしまう。
恋人同士になりたい気持ちと、今の姉弟のような関係の快さ。どちらもリーデルにとって選び難いものだった。
「この雑誌、リーデルの?」
そんな事を考えながら洗い物をしていたリーデルの背に主人の声がかかる。
「あ、すみません。処分しようと思って片付けている途中でした」
「えらく買い込んだな?」
「初めてのダンジョン経営に備えて購入したものですけれど、あまり役に立ちませんでした。実践に勝るものはありませんね」
「まだ一回だけとはいえ、ダンジョン経営の厳しさは身をもって知ったからなぁ」
ソファの近くには、処分しようと思ってまとめていた雑誌が積んである。
初めてのダンジョン経営にあたり、体験談などの情報を得るために古本屋でまとめて買いあさったものだった。
実際のところ中身は娯楽雑誌の域を出ず、素人のリーデルからしても真偽のあやしい内容ばかりで、こんな雑誌にお金を出してまで誰が読んでいるのだろう? という怒りにも近い疑問が湧いて出てくるほどだった。
結果、数冊読んだあとは時間の無駄と断じて処分すると決めて放置。
古本の購入費などたいした額ではないが、家計を預かる身のリーデルからするとお金を無駄にして悔しかった為、せめて主人の食後の暇つぶしになるならと軽口で薦める。
「気になるのでしたら読んでみてはいかがですか?」
「そーだな。どうせ捨てるなら読んでみるか」
ソファに寝っ転がってパラパラと雑誌を読み始めるオーガの主人。
ただ、やはり内容はパッとしないのだろう。うーん、確かに微妙、などと自分に同意する言葉も漏れている。
そうして、無言の中で自分の食器を洗う音と主人がページをめくる音。
それを快いと感じながらもリーデルの洗い物が終わろうとしていた時。
「お? これは?」
興味を引く雑誌を見つけたのか小さな声があがる。しばらくして名前を呼ばれるリーデル。
「リーデル」
「なんでしょう?」
「肩でも揉もうか?」
唐突すぎる言葉に、どういう経緯でそうなったのかとリーデルは疑問に思う。ダンジョン系の雑誌を読んでいたはずだが、広告ページに肉料理でも載っていたのだろうか。
だが本日の夜は魚料理の予定だし、材料も下ごしらえも済ませてある。
「今晩のメニューはお魚と決めていたでしょう?」
「いや、肉に変えてくれって話じゃないぞ。いつも世話になっているお返しだよ」
ここでお世話は仕事ですからと返すほどリーデルは可愛げのない女ではないし、好意をよせている相手から、正当な理由をもって触れてくれるのであれば断る理由もない。
「……で、でしたら、お風呂上りにお願いしてもよろしいですか?」
「お安い御用だ!」
リーデルがひかえ目にお願いしてみると、主人は喜んで同意した。
ダンジョン経営中にマッサージをしてもらったが、なかなかどうして気持ちがいい。
夜が楽しみね、とリーデルが浮かれながら主人を見れば再び雑誌を読んでいる。
洗い物を終えたリーデルは、二人分の冷たいお茶を入れると主人の座るソファへと移動した。
「ずいぶん熱心ですね。気になる記事でもありましたか?」
「これ読んだ? パートナーがいる場合のダンジョン経営の失敗集」
「……ええと、覚えがありません。最初の数冊は真面目に読んでいましたが、後はざっと流し読みしたので」
本当の所は流し読みすらしていないが、そんな雑誌の中にめぼしいものがあったようだ。
「なかなか面白い事が書いてあるぞ。一緒に読むか?」
「……お隣、失礼しても?」
「ほいほい」
そうして真ん中に座っていた主人が移動しようとしたところ、リーデルがストップをかける。
自分が座る分には十分なスペースがある。むしろ都合がいいサイスの空間であり「そのままで大丈夫ですよ」と言いながら、腰を浮かしかけた主人の横に座り込む。
「失礼します。あ、お茶をどうぞ」
主人はやや困惑しつつも、グラスを受け取る。
「狭くない?」
「いえ。それに一緒に読むのであれば近い方が良いでしょう?」
「リーデルが良いならかまわんけどさ」
合理的なセリフを無表情で口にしたリーデルだが、その内心では「ちょっと近かったかしら……」とやや焦っていた。
けれど自分から言い出して慌てるのは不自然だと、リーデルはさも自然という態度を取り繕う。
自分の左肩と主人のたくましい右上腕が触れている。その姿勢のまま、隣から開かれた雑誌がリーデルのヒザの上に置かれた。
「この『危険性のある原生動植物』ってなんだと思う?」
タイトルからして冒険者や勇者の事かと思ったが、リーデルはすぐに思い当たる。
「……ああ、これは。坊ちゃんも覚えがあるはずですよ」
「ん?」
「マンドラモドキなどの事ですね。毒や呪い持ちの動植物の事だと思います」
「……あ! あーあー、はいはい、なるほど! けど、別にパートナーの有無は関係ないよな」
パートナーがいてもいなくても失敗の原因の一つとなるだろうが、リーデルはその記事の全体を素早く流し読みして一点を指す。
「こちらに続きがあります。寄生生物の場合、パートナーが寄生された場合、それを助けようとして共倒れになる事があるそうです」
「うわ。き、気を付けような。次だ、次。ページめくってくれ」
「はい。ええと……あ」
「……あ」
リーデルの指が止まり、それを見た主人も声を漏らす。
次のページの見出しは『経営失敗♡番外編! マスターとパートナーが結ばれて寿崩壊! 危険なダンジョン生活が二人の愛を育てていた!』というものだった。
無言になった二人がそれぞれ記事を目で追う。
要約すれば、共に危険な状況にさらされた男女は生命維持や繁殖本能が刺激され、互いに依存し、やがて愛情を抱く事が珍しくないというもの。さらには女性側から迫る事も多いと付け加えられていた。
「……」
「……」
この状況で意識するなという方が難しい。
そう。それは自分だけではない。
主人も自分同様に体がこわばっている事が、触れている左肩から伝わってくる。
リーデルはこれを数少ないチャンスととらえた。
こんな時でもなければ図体ばかり成長したオトコノコに、女心の扱い方を教える機会は無い。
そう考えていると主人は触れていた体を離した。
間違いなく自分に対して女を意識しているが、この場で即座に『逃げ』を選ぶ性根が気に入らない。奥手と臆病者は違うのだ。
リーデルはそれを咎めるように「んっ、んんっ」と咳払いをしながら、自分も腰を浮かして逃げる主人を追撃する。
離れていた左肩に、再び男らしく太い腕の感触とぬくもりが戻る。
「……」
「……」
人肌とともに静寂と気まずさも戻ってきてしまったが、リーデルはそれをうちやぶるべく隣に座る主人を意識的に見上げる。
いわゆる上目遣いであり、他人の目に触れない場所に隠してある女性向け雑誌から学んだ『鈍い男の落とし方!』である。
「……?」
しかしそれに対する反応は疑問の表情。まったく意図が通じていない。
ぐぬぬと内心でうなりながら、リーデルはさらに上目遣いの角度をあざとくしていく。
すると主人は右にかしげていた首を左にかしげた。
まっっったく意図が通じていない。
リーデルの何度も切れては結び直している堪忍袋の紐が今日も切れる。
ここで忍耐強く手を変え品を変え、恋する乙女心をアピールすれば色々と可能性はあるのもしれない。
だが本人が自覚しているように包容力(忍耐強さ)に欠けるリーデルは、キッと主人を睨みつけながら立ち上がった。
「私! お洗濯ものを取り込まないといけないので!」
「お、おう」
そうしてズンズンと歩き出し、私怒っていますよ! と背中でアピールしながら退室しようとしたものの……このままでは夜のマッサージも有耶無耶になりそうだったので、しっかりと確認しておく。
「夜のマッサージ……約束、ですからね?」
「あ、ああ。まかせとけ!」
それに対して主人はハッキリと承諾した。
リーデルはリビングを出て、そのドアにもたれながら考える。
今はこれでいい。良くはないけれどこれで良しとしよう。
マッサージだなんて以前では考えられなかったほどの進歩だ。
ゴシップ雑誌の記事とはいえ、ダンジョンを経営するたび男女の仲が深まるという話も案外間違いではなさそうだ。
借金の桁はめまいがするほどの額。
完遂はまだまだ先の話なのだから、ゆっくり進めていけばいい。
「……あの雑誌。なんて言ったかしらね。実録体験コーナーもあったみたいだし……最新号、取りよせてみようかしら」
誰が買っているのかわからないようなくだらない雑誌、と評していた本の購読者が増えた瞬間である。




