『舞台裏のフランソワ』
――時は少しさかのぼり。
屋根裏に二人を残して執務室に戻った私は、定位置となったソファに腰かけダンジョンコアを操作する。
「坊主とリーデル嬢はさっそく猫と追いかけっこ中か。ふ、健闘を祈る」
ダンジョンコアから宙に展開された屋根裏の見取り図には、三つの光点があちらこちらへと移動していた。
「ずいぶんと深い催眠だな。あの魔眼の黒猫、ただの魔獣ではなかろう」
胸の中で眠る幼い心。
マリアーノという弱い心。
――邪魔で目障りな存在。
「たが坊主たちのおかげで、この脆弱な心が消えるのも時間の問題」
足手まといが消えて自由に動けるようになれば、早々にこの屋敷を出る。
"この自分"は復讐の為に存在するのだから。
「しかし、色々と予想外な事が重なったものだな。己が不運を呪うしかない」
目覚めた場所がこの屋敷とは想定外だった。
てっきり欲に目がくらんだ者が、人形に隠された家宝の魔石を持ち去っていくと思っていたが、誰の手にもわたらずに放置されていたようだ。
「隠し場所が巧妙すぎたか? 人形の目に魔石を仕込んだのは逆効果だった」
家宝を隠すのにふさわしい場所として選んだつもりが、結果的に"幼いマリアーノ"という想定外のオマケがついてきた。
不具合と不都合が重なり、今の私は主人格となってしまった"幼いマリアーノ"が目覚めている間、自由に行動できない。
「まったく忌々しい」
同情心などは欠片も無い。
無知で愚かな幼い餓鬼だ。
だがその侮蔑以上に、そんな罪もない子を道具として利用した大人達への憤怒がある。
「優れた才能を忌避し、家族から遠ざけられた少女。貧乏貴族の父には魔石作りの才能だけを必要とされたマリアーノ」
財はなく名前だけの貴族でしかなかった父親には、マリアーノが金を生み出す天使に見えていた。
娘とは見ていなかった。
「夫に逆らえない無力な母から贈られた人形を姉と思い込み、孤独を誤魔化して生きるしかなかった哀れなマリアーノ」
同じく貧乏貴族の三女であった母親は、跡継ぎたる息子を産めなかった事を責められ、夫には逆らえなかった。
夫の言いなり、実家の言いなり。まるで母そのものが人形のようだった。
人形を用意したのも、母としての役割を演じる為の小道具だろう。
跡を継げない娘より、自らの保身を優先する女だったのだから。
「やがてマリアーノはその才能を高位貴族に見出され、二十歳の誕生日に愚鈍な公爵令息に嫁がされる。優秀な後継ぎを産むために」
皮肉にもそんな両親から生まれたマリアーノには魔術の才能と、それを活かす頭脳があった。
私はドレスの胸元を握りしめる。
田舎の伯爵位であったマリアーノの父は公爵家の命令に逆らえず、いや、嬉々として公爵家に娘を差し出した。
「だからマリアーノはこうして"私"を残した」
自分を遠ざけておきながら、あげく都合よく使い捨てにしようとした両親へ。
魔力の才能を持った後継ぎが欲しいがため、私は妾にしようとした公爵家へ。
そんな貴族達への復讐装置として、"私"を生み出した。
二十歳に成長したマリアーノは家を出る最後の夜、家宝たる魔石にある想い……いや、呪いのごとき魔術を行使する。
地水火風の魔術の中でも、とりわけ地魔術を得意していたマリアーノは、その才能をもって独自の石魔術を編み出していた。
魔石や魔結晶などを触媒とし、そこに込められている魔力を物質化し、操作する力。
目覚めた時、魔族の獣人をからかうために生み出したスケルトンもその魔術によるものだ。
実の所、あれらはアンデッドでもなんでもない。この体にかぶせたガワと同じ、魔力を物質化した作り物だ。
見た目の造形にイタズラが過ぎ、驚かせてしまったのは反省している。
あの獣人の娘も殺そうと思えば殺せたが、ある意味恩人でもあったので見逃した。
実際、わざわざスケルトンなど作り出さずとも、足元に巻いた魔石から剣や槍を作り出して突き出せば、たいていの者は避ける間もなく串刺しだ。
さらに言えばリーデル嬢に刻んだ呪いの模様も、魔力を使って落書きしただけの飾りにすぎない。あと十日も過ぎれば魔力が揮発して跡形もなくなるだろう。
マリアーノの魔術は、こうして魔力を物質として具現化する非常に汎用性が高いもので、たいていの魔術師であれば仰天し、恐れられた。
「だが、あの二人にはさほど驚いた様子もなかったな」
二人の魔族の驚き方は意外なほど少なかった。
自分と同等か、もしくはそれ以上の魔術や魔道具の使い手が身近にいるのかもしれない。
だがこの程度の魔術は、マリアーノにとってもまだ遊びの域。
戦闘時における、盾役や囮役、または携帯する武器代わりにならないかとお遊びで生み出した魔術。
では、マリアーノの地魔術の最奥とは?
誰にも明かすことがなかった魔術。
秘めた復讐を遂げる為に生み出した怨嗟。
それは魔石に己の残留思念を刻む力。
自分の複製を生み出し、己の代わりに復讐を遂げる為の手段。
完全とは言い難い魔法であったが、当時の私はその術に全ての恨みと望みをかけた。
自分の仇は自分で取り、己が未練も己で晴らす、と。
公爵家の家に嫁ぐ前夜、そんな想いを人形の瞳に隠した魔石に刻み込み、翌朝マリアーノ本人は迎えに来た豪奢な馬車に乗り込んだ。
"残留思念"である自分には、嫁いだ本人がその後どうなったのかを知る由はない。
だが自分が放置され覚醒したという事は、本人が不要になったとして処理をしていない、もしくはできなかった、という事。
本人が公爵家相手に何もしなかったなどとは考えられない。
”私”はあくまで保険だ。
本人であれば、両親や公爵家の息子相手に大立ち回りした事だろう。
復讐が成功していれば用済みとなった私を回収しているだろうし、そうでないという事……つまりそういう事なのだろう。
であれば、復讐を遂げる事こそ。
「憐れな私への手向けとなろう」
フランソワ。
今の私が名乗ったそれは、五歳の誕生日に母から贈られた人形へ、当時の私自身がつけた名前だった。
とっさに出てきた偽名に自嘲してしまう。貴族社会に復讐を誓った私も、まだまだ人形に依存していたのだから。
「私もまだまだ未熟という事か」
今の私の自我は、復讐に燃える二十歳の自分の魂の複写だ。
しかし、幼いころの自分が姉と慕ったほど想いを込められた人形という触媒に干渉されて不和が起きた。
結果、二十歳の自分と五歳の自分が同居する形になってしまった。
しかもフランソワ人形に刻まれた幼心の思念の方が強かったのか、主人格は五歳の頃の私ときている。
「恨みに燃えた復讐心より、人形恋しさのおさな心が勝るとはな。我ながら自身の魔術と復讐心に疑問が残る」
おかげで五歳の私が覚醒状態の時、無理やり表に出る場合は相応の魔力と気力を消費する。
実に面倒だと私は苦笑する。
「しかし、それもあと少し。魔族どもとの出会いに感謝を」
覚醒のキッカケになったのは獣人の娘が持ち込んだ、多くの良質な魔晶石。
当時から自分でも不完全な術だと自覚はあった。特に覚醒へのプロセスだ。
実際、高濃度の魔石、魔晶石に触れて魔力を補充する事で覚醒できたが、人間の貴族であれほど高濃度の魔石が用意できる者は少ない。金目当てで人形を奪った貴族程度では、決して用意できない質のものだ。
うして運よく覚醒の為の魔力を吸って目覚めたと思えば、同居する五歳の私のせいで自由な行動もままならず、屋敷に足止めされて行き詰まった。
その時、またも現れた魔族はお人好しのオーガとサキュバス。サキュバスの方はおそらくエルフの血も入っている、そんな二人組だった。
「魔族に対して親代わりの演技をしろと、我ながら無茶ぶりしたが……接してみれば、我ら人族も魔族も本質はかわらん。善人は善人、悪人は悪人だ」
であれば、善人の魔族の力を借り、悪人の人族を討つ。
善人には礼を、悪人には刃を。
善人の魔族たちにどう礼をしたものかな、と考えていると目の前のテーブルからピーピーという警告音が発せられた。
映し出されていた映像の真ん中に、大きな赤文字が点滅する。
『――侵入者を検知しました』
***
「ふむ?」
勝手知ったるなんとやら。
リーデルの操作を横目で見ていたマリアーノは、三つの光点が激しく動き回る屋根裏から、警告音の元となった場所へ切り替える。
表示された場所は中庭の鉄門付近で、三つの光点が立ち止まっている。
「また来客か。次も魔族か? それとも今度は人間か?」
マリアーノは執務室の窓に顔を寄せて様子をうかがう。
遠見の術を発動させ、蒼く輝いた瞳には来客の容貌がハッキリと見て取れる。
「迷い込んだ、というわけでもなさそうだな。なんとも面倒な事だ」
騎士が三人。
先頭には金髪の女騎士。それなりの魔力が感じられる。
自分だけであれば人形のフリをしてやり過ごせるが、今は坊主たちが屋根裏で運動会の最中だ。
せっかく色々とうまくいっている途中なのに、出くわせば非常に不都合な事になる。
厚い埃をかぶって真っ白になるほどの間、誰も立ち入らなかったというのになんとも間が悪い。
「お帰り願うには一悶着は避けられんか。とはいえ、この体(人形)を万一にも破損させるわけにもいかん」
五歳のマリアーノが目覚めた時が厄介だし、坊主たちにも何事かと詮索される。
「……ふむ?」
ふと部屋の壁を見る。
壁際に立っている木偶人形。リーデル嬢とまったく同じ姿形をしたゴーレムが待機している。
ボロボロになったメイド服の代わりには、屋敷のどこからか見繕ったのだろう、かつて自分が着ていた黒いイブニングドレスを纏っている。
ゴーレムであれば、ゴーレムコアという核があるはずだ。おそらくは魔石。
「その体、この木製人形よりは頑丈だろう? 少しだけ借りるとしようか。なに、これも仮初ながらの親に対する孝行だ。夜会にはまだ早い装いだが、久方ぶりのダンスと洒落込もうか」
私は微動だにしないゴーレムの胸元に手をあて、魔術を行使する。
メイド人形の胸の奥に収まるゴーレムコアを感覚で確認する。
……なるほど。ただの魔石ではないな。
意外な真実を知ったが、ゴーレムコアも魔石の親戚だ、問題ない。
「では、お邪魔しよう。なに、しばし相乗りさせてもらうだけだ」
私は自分の意識を移動させると、次の瞬間には視点が高くなった。
「ゴーレムコアの質は悪くない。さすがに完全な引っ越しは無理だが、短時間の移動なら問題なさそうだ」
人一人分、自分という記憶と精神を宿すには、それなり以上の質の魔石が必要となる。
人形の瞳としてはめこんだ魔石は、当家が家宝とするほど極上の魔石だった。
さすがにそれと同じ質の魔石を求めるのは無理がある、のだが。
「この木偶に使われている石材。魔力の通りが抜群だな」
私はゴーレムとなった自分の手を、開いたり握ったりして具合を確かめる。
冷たく白い石肌は、まるで血が通うごとく魔力が通る。
「ずいぶんと高級品なのだろうが、借金に追われている坊主の所持品とは思えん。売れば一財産になろう逸品だ。師から借り受けた品か? まあ良い。今は客の出迎えが先だ」
稼働燃料となるゴーレムコアには、十分な魔力が充填されている。
数分の戦闘であれば十分だろうだが、念のためいくつか魔石を胸元にしまいこむ。
「さて、準備は整った。せっかくの来客だ。ついでに我が嫁ぎ先の公爵家がどうなったか、尋ねてみよう」
三人の鎧は立派なものだった。特に先頭の指揮官らしき女騎士は高位の貴族とうかがえる。少しぐらいの過去の騒ぎでも、嫁ぎ先が公爵家であれば何か知っているかもしれない。
「楽しみだ。私なら公爵家相手でもそれなりに派手に立ち回っただろうからな」
自分を残した自分がどう活躍したのか。
仮初ながらも戦闘に耐えうる体を得た私は、ドレスのすそをつまみ、軽い足取りで玄関へと向かった。




