止まらない勢い、今ならなんか上手くいきそう!
「ゴーレム!?」
「なんでこんなところに!」
「血だらけだ、襲ってくるぞ!」
起動しているゴーレムを目にした盗賊達は、困惑を超えて恐慌状態になった。
そうだよね。助かったと思ったところに、まさかのコレだもの。
しかも左肩にはベッタリ固まっていた鹿の血が滝のしぶきで濡れ、赤い線を引くようにシャーリーンの体を垂れている。
まさに今浴びたての返り血みたいになっているのだから、これは怖い。ビジュアル的に凶悪度がかなり増している。
そんなシャーリーンに念じて、盗賊達を蹴散らしにかかる。
「皆、散れ! 固まるな! ゴーレムはさほど機敏じゃない! 洞窟の中には入るなよ! 死地だ!」
さっきの盗賊頭が素早くも正確な指示を出している。
盗賊達が二十人程度。
シャーリーンが負ける要素は皆無だが、全滅させようとすると難しい。実際、ゴーレムは足が遅いからな。
向こうから突っかかってくるならともかく、こちらから追ってどうこうしよう、という戦いには不向きだ。
ゴーレムというスペックからして、番人仕様に近いところもあるので仕方ない。
とは言え、ここで盗賊達を全滅できなかったとして、それが今後に響くかどうかというとさほど心配もしていない。
ゴブリンと違って盗賊であれば、ある程度脅かしておけばこの辺りには近づいてこないだろうと、そんな楽観的な考えもある。
もしこの洞窟がお宝をため込んだアジトであればそうもいかないが、もともと使っていない場所だ。わざわざゴーレムのうろつく場所に戻ってくるとは考えにくい。
ただその為には、色々と手を加えてしまった洞窟の中を見られてはいけないという条件がつくわけで。
デキる盗賊頭が洞窟に入るなと言ってくれたおかげで、こちらも入口をシャーリーンに守らせるという不自然な動きをさせずにすむ。
「よし、シャーリーン、ゴーゴーゴー!」
シャーリーンには近くにいる盗賊をランダムに数秒ずつ追いかけさせて、次々にターゲットを変えるように念じる。
鈍足とは言え、人間の駆け足程度の速度はある。
けれど人間とは違って、木々生い茂る森の中であろうと道を阻む枝やら幹やらをモノともしない突破力と走破性。
さらに疲れを知らず、ペースも落ちない持久力があるので、追われる人間からすれば恐怖でしかない。
足の速度はトントンでも、いつか必ず追いつかれるのだから。
しかも今の今までゴブリンに追われ続けていたわけで。
体力も精神も疲労しているだろうし、ケガをしてる盗賊もいるだろうからな。
そうして腕の攻撃範囲に入った不幸なターゲットがいれば、ブン殴りアタックをしかけさせる。
万一でも当たれば絶命必至だが、ここで手加減してやる義理もない。
盗賊もゴブリンに追いかけまわされ、あげくゴーレムにも追われるとかツイてない。
オレもツイてないからお互い様か。
ゴブリンも含め見事に誰も得してない。戦いは何も生まないな。
「盗賊、なかなかやりますね」
リーデルが状況をそう評する。
「そうだなー。今の所は死者ゼロだ」
何人かはシャーリーンにブン殴られそうになっていたが、かろうじて回避して、大事に至っていない。
しかしこのままここに留まろうとするなら、そろそろゴブリンが正気に戻るんじゃないか? 幻惑効果だって永遠じゃない。
正気に戻ったゴブリンに襲われる前に、早くどっかに逃げるなりした方がいいと思うが、さて盗賊頭の決断はいかに。
「仕方ない……街に逃げ込むぞ! 明日の夜、隠れ家に集まれ! 一人では動くな、二人一組だ、行け!」
盗賊頭はこの場を放棄する事にしたらしい。
「そう言えば街が近いんだったけ」
「ええ。近いうちに一度、様子を見に行くつもりです」
「危なくない?」
「ご心配いたたぎありがとうございます。けれど大丈夫ですよ。幻惑魔法でここも人間に変えて行きますから」
リーデルがちょいちょいと自分の耳に触れる。
もともと人間とそう容姿は変わらないリーデル。
耳がちょっと細長いという点を除けば、今のままでも人間に見える。
「あー、さすがサキュバス系統。その辺りは得意分野か」
「ええ。相手の好みの容姿に変化するというのは基本ですね……ぼ、坊ちゃんもリクエストがあればお答えしますよ?」
「いや、いらんから」
だまされんぞ。
もしそんな事を頼んだら、十年はからかわれる。
あー、坊ちゃんはこういう女の人が好みなんですよねぇー、みたいに、事あるごとに変化しておちょくってくる。
おお、見える、オレにも未来が視える! 新たなスキル、未来視が覚醒したか!
「……さようですか?」
ほれみれ、この残念そうな顔。
つきあい長いんだからさぁ、そうは簡単にひっかからんよ?
「あ」
リーデルが視線を戻して息を漏らした。
「あー、ゴブリン、再起動したか」
生き残った数匹のゴブリンが、とうとう正気に返ったらしい。
周囲にある仲間たちの死体を見て、自分たちが騙されていたという事に気が付く。さすがにその程度の知性はあるか。
ギィギィと怒りの形相を浮かべながら、血まみれになった顔で周囲を見回している。
恨みを買ったゴブリンに見つかったら、追う側か追われる側、どちらかが死ぬまで終わらない鬼ごっこの始まりだな。
「……はい、よーい、ドン」
ちょうど二人一組になって、バラバラに街へと向かおうとしていた盗賊達の姿をゴブリンたちが発見した。
盗賊側も、手負いのゴブリンを相手取るだけなら十分な数的有利になっているが、シャーリーンがいるからそうもいかない。
一方、ゴブリンはシャーリーンを視認しているはずだが、わき目もふらずに盗賊達を追いかけ始めた。
ほうぼうに散っていく盗賊と、それを追うゴブリン達。
誰も居なくなった湖のほとり、静かにただすむシャーリーンだけが残った。
「終わったな」
「お疲れ様でした」
「なんもやってないと言えば、やってないけどなぁ」
オレとリーデルがした事と言えば、草むらに隠れて盗賊を応援していたくらいか。
その草むらから出て、シャーリーンの所へ向かう。
よし。外観に異常なし。戦闘らしい戦闘はしてないからな。
「冷や冷やしたな」
「良かったですね。ゴブリンには洞窟が知られず、盗賊達が生き残ったとしても近寄ってくる事はないでしょう」
そうであって欲しい。
『ダンジョン経営で最も危険な二十四時間』ってのは、迷信でもなんでもない気がしてきた。
……設置からまだ五時間くらいしか経ってないけど、大丈夫だよな? 残り十九時間くらいあるぞ?
***
あのドタバタ騒ぎから一夜明けた。
念のため昨夜はシャーリーンに湖と洞窟の入口付近を徘徊警備させていたが、特にトラブルもなく、こうして平和な朝を迎えられた。
そう。平和万歳。安全第一、万々歳だ。
だというのに。
「……朝食ですよ、坊ちゃん」
大量の肉を挟んだパンとサラダを配膳してくださったのは、めっちゃ機嫌の悪い美女である。
目には見えないが確実にトゲトゲのオーラを発している。近くにいるだけで肌がピリピリする。
なんでこんな機嫌悪いの? というぐらい機嫌が悪い。
これは一大事だ。
ダンジョンの共同生活の際、同居人との関係はとても大切。
外敵ばかりがダンジョンの敵ではない。
内輪揉めからのダンジョン崩壊というのは、珍しくないケースと聞く。
リーデルが何を怒っているのか知らんけどもね?
ここはダンジョンマスターという責任者として、不和からくる崩壊を毅然とした態度をもって抑制しなければならない。
「おい、リーデルッ」
キリっとした顔……は土台がよろしくないので無理だから、せめて声だけでもキリっとさせる。
「なんでしょうか」
ギリッとした視線を向けてくるリーデル。うわ、こわ。
「……リーデルさん」
言い直さざるを得ない。なに? オレが軟弱者? そうだよ?
しかし、なんでそんな機嫌悪いんだよと核心から聞くと、ますます機嫌が悪くなるのは火を見るより明らか。
オレは女心に詳しいんだ。なんせ、過去に同じ事を何度もやらかしてるからな。
こういう時はさりげなく別の話題から入るのが常識だよ。
そう、例えば天気の話とか。
「今日は天気がいいな」
「お目覚めになってから外に出られましたか? 雨が降っておりますよ」
「……雨が悪い天気ってわけじゃないし」
雨が降らないと困る。みんな困る。自然は雨の恵みで回っているのだから。
おいしい果実や野菜が採れなくなったらリーデルだって困るだろう。
とは言え、雨が降っていることで一番困っているのは今のオレだが。
「とにかく雨は悪くないんだ」
ゴリ押した。
「そうですね。雨も降ってもらわないと大変ですからね」
話が通じた。今がチャンスだ。
「ところでなんでそんな機嫌が悪いんだよ?」
実に自然な話題転換である、ほれぼれしちゃうね。
「坊ちゃん」
途端にリーデルの機嫌の悪さが三段階くらい悪化した。なんでよ。
「……はぁぁあぁぁぁ」
そういうため息やめて、心に刺さる。
「昨晩はよくお休みになられましたか」
「まぁ、フツーには」
ゴタゴタしから精神的にちょっと疲れていたけど、結果オーライだったしね。枕を高くというほどでもないけれど快眠でした。
「その結構な就寝前に、やるべき事がございませんでしたか?」
「やるべき事?」
なんだろか。
ゴブリンの死体はシャーリーンを使って、森の奥の方に運ばせて片づけた。
そのあと、シャーリーンの方も簡単な点検をしたが異常はなかった。
最悪、すぐに不意遭遇第二回戦が始まっても対処はできる体勢のはずだが。
うんうんとうなっているオレに。
「……はぁ、肩がこりました」
細い首を回し、肩をトントンと叩くリーデル。
……あー。
やっちまったね。
やってしまいましたね。
やらかしてしまいましたねぇ。
あんな騒ぎのせいでスッカリ忘れていたよ、リーデルのマッサージ。
なんか妙に楽しみにしてたよね。本人は否定してたけど。
ここで忘れていた事を誤魔化そうとすると、余計に機嫌をそこねる。
逆切れなんてもってのほかだし、そもそもこういう場面で逆切れできるような図太い神経はしていない。
ならば、この場を切り抜ける為の、たった一つの冴えたやり方というものはこうだ。
「ごめんなさい、忘れてました」
素直に謝る。ベストオブベスト。ジェントルオブジェントル。
さらにこの無駄にデカいオーガの巨体を、情けないほどに曲げて頭を下げると効果が倍増する。
姑息というなかれ。身体特徴も才能の一つ。生まれ持ったカードは使える時に使わんとね。
「……冗談ですよ。昨日は色々と大変でしたし」
不機嫌マックスだったリーデルが、いつもの無愛想美女に戻った。やったね。
「今夜は昨晩の分もあわせて頑張るからな!」
「ええ。では期待しております」
「優しくするから! 痛くしないから! 全部オレにまかせとけ!」
ここぞとばかりに畳みかける。誠心誠意の弾幕だ。
「も、もう。では、今夜は優しく……お願いしますね」
なんでそこで顔赤くなるん?
そして、その後。
うまいサンドイッチにごちそう様をしたらリーデルから「おかわりはいかがですか?」と聞かれた。
もちろん食べるけど。なんか急に機嫌よくなったな。なんでだろうかね。
――返済期限まであと二十六日