おいおい、ゴブリンとか最悪なんだけど!?
ゴブリン。
人間で言えば少年ほどの背丈ながら、筋肉質で腕力も強い。
個体差はあれど、緑や茶色がかった肌を持っており、一様にして凶暴だ。
人間からすると俺ら魔族とゴブリン、仲間だの同類だのと思ってるフシがあるがとんでもない。
あの害獣どもは生き物なら何でも食らうし、特に弱くて捕まえやすい人間を好んで襲い、女ならさらってピーするやつらだ。
いや、まぁ、食うため、繁殖の為と言えば生き物としてまっとうなのかもしれんが……。
とにかく、汚いし、臭いし、暴れるし、そんなのが群れで活動しているから、カチあおうものなら最悪。
ガキの頃、ゴブリン百匹とスライム一匹、戦うならどっちがいい? などと究極の選択みたいな遊びにも出てくるぐらい、厄介なヤツラだ。
「で、数は!?」
せめて盗賊もゴブリンも一桁であって欲しい。
「盗賊は二十以上、ゴブリンもおそらく十匹以上です!」
「血祭りなお祭り決定じゃねーか! マジでこっちに来てんの?」
滝で隠れて洞窟の入口は見えないはずだが。
「何も知らずに、こんな場所へ逃げ込むのは考えにくいかと。おそらく盗賊たちはこの洞窟を知っています。残留物がないので、住処として使っていたわけではなさそうですが……緊急時のためにあえて今まで使っていなかったなどでしょうか」
確かに生活臭漂う洞窟なんて見つかれば、待ち伏せやら入口封鎖からの火責めとかされそうだ。
あくまで緊急時の避難場所として温存していたか? いや、今はそんな事はどうでもいい。
「ともかく盗賊どもは、ココに隠れてやり過ごすつもりだよな」
「そうでしょうね」
「ダンジョン設営で最も危険なのが、最初の二十四時間ってマジなんだな」
どうしたものかと思案するオレに、リーデルが提案する。
「絶対条件として、どちらもこの中に入れる事はできません。ならば選択肢は二つ。こちらから先に打って出る先制攻撃か、洞窟の入り口で防衛戦をするかとのどちらかかと」
「……そっかー、そうだよなー、やっぱりそうなるよなぁ」
盗賊どもがここにたどり着く前に全滅して、ゴブリンどももどっかに消えていなくなる。そんなオレにとって優しい可能性も考えていたが、どうにも難しそうだ。
「現実は厳しいな。よし、先手必勝。滝の前の湖付近にシャーリーンを隠して配置! 狙いはこの洞窟の場所を知っている盗賊からだ。理想はゴブリンどもと挟み撃ちにした後、ゴブリンの排除、もしくは撃退だな」
「意外ですね。てっきり防衛戦かと思いましたが」
「なんで?」
「盗賊たちがここにたどり着く前にゴブリンに全滅させられる、というわずかな可能性に賭けて、待ちの体勢を選ばれるかな、と」
そりゃその方が断然いいよ。けどね、最悪の可能性を考えるとそうはいかない。
「いや、お前。もし盗賊どもを追ってきたゴブリンにこの入口がバレたとして、その上でゴブリンを一匹でも逃したら、群れでまた襲いにきそうじゃん?」
ゴブリンは執念深い。群れの仲間がやられると絶対に仕返しに来る。
相手が強いとか弱いとか関係なく、そういう性質の生き物だ。
「そうですね。洞窟や建造物がゴブリンに狙われると間違いなく崩壊案件ですから」
夜討ち朝駆けで致死性の高い嫌がらせをされるハメになる。
乾いたワラと一緒に火のついた草木を投げ込まれたり、糞尿にまみれた矢をいかけられたり、どこぞから捕まえてきた野犬やらを放りこまれたりする。
考えるだけで恐ろしい。
「あと、盗賊を倒したゴブリンに洞窟が見つからずスルーできたとしても、もしこのあたりに住処なんぞ作られたら目も当てられない」
ゴブリンが住処を作るという事は、この辺りに様々な痕跡を残すという事だ。
獲物の血だったり、装備の残骸だったり、とにかく色々だ。
人間だってバカじゃない。
ゴブリンの危険性を知っているから、絶対に討伐隊が来る。
洞窟が滝でカモフラージュされているからと言って、ご近所でゴブリンと討伐隊がやらかし合うなんてお断りだ。
「もはや、この一戦にオレたちの運命がかかっていると言っても過言じゃないぞ」
「格好いいセリフで、自分に酔ってませんか?」
「アゲてかないとやってられんわ、こんなん!」
「お察しします。ではゴーレム、配置します」
リーデルがシャーリーンをいい感じの場所へ隠す。
オレとリーデルも洞窟から出て、シャーリーンよりさらに離れて様子を見守る事にした。
息をひそめて隠れていると、森の奥から盗賊団が走ってきた。
ご職業柄なのか、皆さん黒っぽい衣服なので、夜の闇にまぎれてかなり視認性が低い。
たいまつなども持っていないが、だからといって耳と鼻のきくゴブリンから逃れる事はできないだろう。
「走れ、あの滝の裏だ! まだ入るなよ、中は行き止まりだ!」
先頭を走っていた男が立ち止まり、指示を出す。盗賊の頭だろうか。
そこそこ若く見える。といっても中年に差し掛かる手前といったぐらい。
そして、やっぱり目当ては洞窟だったか。
入るなって指示は、洞窟内で追い詰められたら全滅必死だからだろうが、じゃあなんでここに来たのか?
オレの疑問に応えるかのように盗賊の頭が叫んだ。
「幻惑魔法を使う! 離れろ! 巻き込まれるなよ!」
ほーお、魔術師か。珍しいのがいるもんだ。
魔術が使える人間はかなり少ないと聞く。
それなら盗賊なんぞしなくとも働き口はありそうなもんだが、人には事情ってもんがあるしな。
盗賊頭は自分たちが走ってきた方向に向けて、なにやら呪文のようなものを発している。
イメージを明確にして行使する術を、より強くより早く発動するための儀式だ。
行使する者によって言葉やら品物やら動作やら色々とパターンはあり、同じ効果を目的とする魔法でも十人十色の発動シーンがあって面白い。
いや、面白がってる場合じゃない。
「坊ちゃん、どうしますか?」
「難しいなぁ……どうしたもんかなぁ」
盗賊の魔法の効果次第では、ゴブリンの相手をしなくても済むかも知れない。
と、なれば残った盗賊だけを相手する事になるイージーモードだ。
それに先に逃がされた盗賊の仲間達も指示に従って洞窟の中には入らず、遠くから盗賊頭を見守っている。
中に入っていかないのなら、まだ猶予はある。
「よし、ちょっと様子見だ。がんばれ盗賊!」
「坊ちゃん、希望的観測でラクな方を選びましたね」
うるさいなぁ。
詠唱を終えた盗賊頭の周囲に、淡い蒼色の霧のようなものがうっすらと発生した。
けっこうな広範囲だ。
盗賊頭は近くの木にするするっと登っていき、息をひそめている。
「……あきらかに危険っぽい雰囲気の霧だけどさ、あんなのに突っ込むアホはいるんかね」
「知性ある相手であれば足を止めるでしょう。むしろ知性ある相手であれば、迂回させる為の時間稼ぎなどにうってつけですね」
「ああ、なるほど。逃げるときには便利か。裏路地の一本道とかでやれば回避しようがないから、追っ手は足止めを余儀なくさせられる」
盗賊頭、やるじゃん。血なまぐさくないところが実にいい。
感心しつつ、隣のリーデルと肩をあわせるようにして、目の前に広がる状況の推移を見守る。
「あ、来ましたよ」
間を置かず、森の奥からゴブリンどもが現れた。
盗賊達とは違って、手にはたいまつや武器などを持っており、それらを打ち鳴らしながら走ってくる。
焦点が合っていないような視線と、だらしなく口端から垂れ流される涎と嘲笑。
「喜悦交じりの威圧だな」
「ゴブリンの典型的な集団示威行動ですね」
相手が弱者と見れば、いたぶるように追い回す。
その様相は見てるだけで吐き気する。いや見た目からして吐き気がするんだが。
ゴブリンどもは走る勢いを落とすことなく、いかにもあやしい蒼い霧へ突っ込んでいき。
「ギャシャャャヤ!」
「ギィィィィィィィィ!」
同士討ちを始めた。
アホか。いやアホだったわ。
血と土が舞い上がり、それ以上に怒号と悲鳴が巻き起こる。
松明を振り回し仲間の顔を焼くゴブリンや、錆びた穂先を糞尿に付け込んだ槍をやたらめったら振り回すゴブリン。
転んだゴブリンに馬乗りになり、大きな石を拾い上げてその顔面に何度も叩き下ろすゴブリン。
控えめに言って地獄かな?
「効果てきめんだな。効いてる効いてる」
「幻惑魔法と言っていましたし、互いが人間にでも見えているのでしょうね」
これは最悪全滅、良くて数匹が生き残る程度か。生き残ったゴブリンだって満身創痍だろう。
そうなるのを待って、あとはトドメを刺せば盗賊達の勝ちである。お見事さんでした。
盗賊頭が登っている木を見れば、ゆっくりと降りてきていて、洞窟の入り口付近で待っている仲間達と合流しようとしている。
ゴブリンの幻惑効果が切れるまで洞窟で身を隠すつもりなんだろうが、こっちも生活感満載になった洞窟の中を見られるわけにはいかない。
「……気の毒だけどなぁ」
「……お気の毒ですけどね」
ウチらにも借金の利息を返さなきゃいかんっていう、命がけの事情がある。
頭を迎えた盗賊団たちは、そのまま洞窟内へと身を隠そうとしていた。
そして。
湖の物陰からゆっくりと姿を現したシャーリーンを見つけると、一様に絶望の表情を浮かべた。
――返済期限まであと二十七日