るすばんちゃんとできるかな! いや、自虐は止めよう……
洞窟の行き止まりで木箱を降ろす。
横にも縦にも結構な空間があった。
オレの身長の三、四倍はどちらもありそうだ。確かにここでならしばらくは過ごせるだろう。
「さてと」
オレは木箱を開ける。
中には寝具を始め、最低限必要だろうという家具や、お高いながらも便利な魔道具が入っている。
まず明かりとしてのランプを取り出して点火する。
ぽうっと洞窟内を淡いながらも充分な光で満たされる。コレはウチの暖炉と同じ魔道具で、蓄えた魔力で灯るから燃料いらずだ。
一応、二人とも夜目が利くとはいえ、やっぱり明かりがないのは不便だからね。
それから折りたたみの椅子とテーブル。カーペットやらクッションやら布団。
鍋にフライパン、携帯コンロなどなど、そのほかにも細々とした物が色々と入ってる。
日持ちのする携帯食料とか野菜やら干し肉やらも入っていて、キャンプというには充実しすぎた万端の体勢だ。遊びじゃないから当然と言えば当然だけど。
……というか、こんなにもよく入ったな。
いくら大きい木箱だっていっても、メイドさんの収納術って次元越えてない?
「ほいほいほいと」
オレがテンポよく取り出していくものをリーデルがテキパキと配置、収納していく。
最後にメインである大物、白い布でくるまれたシャーリーンを取り出した。
「よっこいせ」
「掛け声がオジさんくさいです」
実に手際よく仕事をしている有能メイドさんは、こちらを見ずになじってくる、ほっとけ。
白い布を取り除き、シャーリーンをゆっくりと地面に置く。
「さて。オレも一仕事しますか」
「お願いします。メインで唯一の防衛力ですからね」
「おうよ」
オレはシャーリーンの右足裏に刻まれた起動文字に手を添えて、魔力を流し込む。
すると黒い眼窩に蒼い光がともり全身から小刻みな振動が生まれる。
「おし、起動完了。シャーリーン、これから頼むぞー」
――コォォォォオオオオ!!
オレの声に呼応するようにして、雄たけびをあげながらゆっくりと立ち上がるシャーリーン。
……はぁ。
「やっぱオレのシャーリーンは最高にカッコいいな」
この威風。ため息が漏れる。
流行りの丸っこいシルエットで小型化されたゴーレムじゃあ、このオーラとムードは出ない。
コンパクトってのはメリットが多い、それはわかる。否定もしないし、そこに至るまでの技術者たちの苦労も当然理解できる。
対してシャーリーンは年代物というか骨とう品のレベルだから、生産メーカーもとっくに潰れちゃってて修理依頼すら出せないんだけども。
けれどゴーレムってのはこの建材丸出しのクラシカルタイプなビジュアルがマイベストなわけよ。
これはどっちが良いか悪いじゃなくて、オレの好み、オレのこだわり、オレの美学。
ゴーレムってのは元をたどれば兵器。
昨今、確かに多機能化してきて、ゴーレムメイドなんてのも出て来ている。
だけど!
もとは!
武器なんだよ、武器!
見た目の威圧感とか圧迫感っていうのは大事だと思うんだ。
その点において、このシャーリーンの美しさはどうだろうか?
いや、どうもこうもない、完璧だ。
しかし骨とう品と言うだけあって素材は古臭い。いや、古臭かった。
この当時ってまだメイン素材が土か泥。がんばって石。
さすが強度的に実用に欠けるから、そこは全換装して魔鉱石になっている。
あと、素材換装だけでなくて、性能やオプションも底上げしてある。
シャーリーンはもともとの所有者である師匠から譲り受けて以来、一緒に色々と魔改造を施してきた自信作なのだ。
つまり、見た目はクラシカルながらも、中身のスペックは最新ゴーレムに比肩しうるものとなっている。
言うなれば採算度外視のワンオフ、それがマイゴーレムのシャーリーンなのだ。
なんかもう原型がほぼない所まできてしまっているので、先ほど言ったような骨とう品というのとはまた違う気もしてきたが、オレは細かい事は気にしないタチだ。
「ふむ……ふむ……」
各部を点検しつつも、ついニマニマしてしまう。
これはゴーレムメイカーの性だろう。
「坊ちゃん。ゴーレムの起動が完了したなら、命令権を貸してください。付近の偵察を兼ねて、森に出て食材を調達してきますので」
オレの慎ましやかな感動をぶち壊して、リーデルさんの横やりが入る。
「……お前、風情が無いよね」
「坊ちゃんに無いのはお金ですよ」
「まったくもって正論すぎて、ぐうの音のも出ない」
オレは目の前で待機モードになっているゴーレムのシャーリーンに命令する。
「しばらくリーデルのいう事に従うように」
「ありがとうございます」
「壊すなよ、マジで壊すなよ? 見た目に反してシャーリーンはデリケートなんだからな」
「善処いたします」
「いや、マジでやめて……」
これはお願いじゃないぞ。懇願だ!
オレの必死さが伝わったのか、肩をすくめる意地悪メイド。
「大丈夫ですよ。調査会社の資料にも、この近辺には魔物までは出ないとありますから。純粋な物理攻撃に対してゴーレムは頑強ですし」
「シャーリーンな」
「……ゴーレムを女性名で呼ぶのはいかがなものかと思いますよ。端的に言うと気持ち悪いです」
「おまっ、お前な! 師匠が言ったんだよ! ゴーレムは女性のように優しく扱いなさいってな!」
「本物の女性を優しく扱ってから言ってください」
「……うぐぇ」
心がえずく。
オレの年齢がイコール彼女いない歴って知ってるのに、ゴーレム絡みの事になると辛辣さに容赦がなくなるからリーデル嫌い。
「さしあたって今夜からお願いしますね。まずは私に優しくしてください」
「は?」
え……なに? どういう意味?
「就寝前のマッサージ。楽しみにしていますよ」
「わかってますぅー」
いや、フツーにわかってた。
そしてリーデルはシャーリーンを連れて洞窟から出て行った。
「ふう」
リーデルがシャーリーンを連れて出て行ったあと。
洞窟の奥、一人でボーっと留守番していても退屈なので、オレも洞窟から出て辺りを散策してみる。
人間界って言うけど魔界とさほど環境は変わらない。ま、陸続きではないけど同じ大地で生きているわけだしね。
ただ気候が違うから物珍しい植物とかもあるし、見ているだけでも気分転換になる。
もちろん毒草や毒虫とかもいるかもしれんから、うかつには触らない。
「はー、しかし。ホントに利息だけとは言え、稼げるのかねー」
コアはすでに洞窟の一番奥、さきほどまでいた所に設置してある。
一日も経てばダンジョンとしての機能が使えるようになって、このあたりのマナの吸収を始めるはずだ。
このコアの位置を決めて設置した後の二十四時間は、『ダンジョン経営で最も危険な二十四時間』と言われているが、別に戦場とかでもあるまいし、今回はそんな危険はないだろう。
フラグじゃないよ?
ちなみにフラグっていうのは、不吉な兆しの事を言うらしい。
ダンジョン経営界隈で使われる専門用語だ。
まさかひきこもりだったオレが口走る立場になるとは思わなかったが。
そんな事を考えながら、洞窟からあまり離れないようにウロウロしていると、リーデルが戻ってきた。
シャーリーンは、自分が入っていた木箱のフタをトレイのように持っており、リーデルはその上にちょこんと座っていた。なかなかラクしてんな。
そのシャーリーンだが、肩になんかよくわからん獣をのせている。
うわぁ、左肩が血で真っ赤なんですけど。
「お待たせしました、坊ちゃん」
「いや、それはいいけど。肩にのっけてるの、それなに?」
「鹿ですよ? 食せるのはある程度熟成させてからですけれど」
「さばけるの!?」
「もちろんです」
即答かよ。メイドさんってスゲー。
「あとは木の実や山菜なども採れました。しばらく食料に不足しません」
ポンポンと自分が座っている木箱のフタを叩く。
木箱の中には相当な量の食糧があるのだろう。
できるメイドさんがいてくれてホント助かるわー。
***
そんなこんなで、夕食も終えてベッドの上でゴロゴロする。
リーデルのゴハンは美味しかった。こんな所でもいつもと同じように作るからスゲーよ。
今はダンジョンの入り口を隠す滝に行って、皿とか洗ってる。
ちなみにオレは手伝わない。
昔、せめて少しでも家事を手伝おうとしたら、皿とかグラスとか割ってしまって怒られた。
確かに食器を割ったオレも悪いが、オレの心を割りに来る勢いで説教するはご勘弁いただきたい。
お前のお気に入りのコップとか知らなかったんだよ。
結局、何もしない事が一番のお手伝いと言われてしまっては、もうゴロゴロするしかないのだ。
「あー、うー」
お手伝い以外にも、なんかやらなきゃと思うが実際やる事がない。
主にダンジョン絡みの事で。
だが基本的にこっそりとマナをためる方針、つまり放置が主軸なので、やる事ができるというのは基本的によろしくない流れなのだ。
たとえばダンジョンに侵入してきた障害を排除する。これが一番やりたくない仕事だ。
コアが破壊された時点ですべておしまいだからね。なんとかしのいだとしても、位置バレとか最悪ですわ。
「ん?」
そんな事をつらつらと考えていると。
どっすんどっすんと洞窟の入り口側から音がする。
シャーリーンがそのゴーレムたる重量で駆け足をしている音だ。
「……イヤな予感しかせんなぁ」
「坊ちゃん!」
その肩に座っていたリーデルが、珍しく慌てた顔でオレを呼ぶ。
「ああ、聞きたくないなぁ、聞きたくないなぁー!」
「人間の盗賊がこちらに!」
「……は?」
人間かよ。もしかしてここ、盗賊どもの隠れ家だったとか?
けど、人間相手なら多少の数がいても、シャーリーンを見ればビビって逃げていくだろ。
「へいへい。人間ごときの盗賊にビビっちゃって」
リーデルもなかなかかわいいとこあるじゃん、たかが人間の盗賊ごときにこの慌てよう。
「盗賊どもがゴブリンの群れに追われて、こちらにやってきます!」
「ゴブリン!?」
最悪だ。
――返済期限まであと二十七日