プロローグ『三日前』
小高い丘の上にある屋敷の前に、一頭の飛竜が舞い降りた。
"人間界"ではやや大きめの屋敷であり、飛竜が降り立った中庭も相応の広さがある。
飛竜の背中には客車が据えられており、開かれた扉から姿を現したのは一人の若い女だった。
「ご苦労様、スカーレット。貴方はお家に入れないからここで待っていてね!」
長い金髪が風になびき、その下に隠れていた狼の耳があらわになる。
その髪色と同じ金色のドレスを軽やかにさばきながら、女が飛竜の背から飛び降りった。
その小さな背中に続いて、大小さまざま色とりどり、多種類の動物たちが客車の中から飛び出してくる。
それらは女の周囲に集まり、思い思いに甘い鳴き声をあげながらすり寄ってきた。
「みんなそろってる? いない子はお返事して?」
女の頭の上で毛繕いしているフェレット。
首には蛇がまきつき、左肩には大型の猛禽がとまっている。
足元では二頭の白虎がゴロゴロとノドを鳴らして甘えている。
その一方の虎の背中には黒猫が座っており、もう一頭の背中には大きなスーツケースがしばりつけられていた。
それだけでも異様な光景。
だが、さらに言えばどれもが普通の獣ではない。
毛づくろいをするフェレットの頭には一本角があり、首にまきついている蛇には頭が二つある。
二頭の白虎は六本の太い足で立ち、その背であくびをしている黒猫の瞳は蒼く光っていた。
常とは違う容貌を持つ獣たち。
これらは全て魔獣と呼ばれるものだった。
獰猛、狂暴、の代名詞である魔獣だが、それらに囲まれている女におびえの色はない。
今なお二頭の虎は競うように彼女の足に大きな体をすりよせ、他の魔獣たちもつかずはなれず女に侍っている。
それを当然のように受け止め、ドレスの女は視線の先にある古い屋敷を眺めた。
「ダンジョン設営の調査会社から聞いていた通りですわね。あちこち崩れているようですけれど、屋敷ごとダンジョン化すれば直せますし、なんら問題ありませんわ! お庭も散歩コースに丁度よさそうですし、この夏を楽しむには良い物件ですわね!」
庭の中央には立派な噴水があるものの、あちこち欠けており当然ながら水も出ていない。
屋敷の方も玄関にあるべき扉がなく、実に開放的。
窓のガラスも割れており、廃墟一歩手前というところだが、気にした風でもない。
彼女はここに愛するペットたちと楽しいひと夏を過ごすための別荘地としてやってきていた。
肩に留まっている猛禽の羽根をそっと撫でる。
「とはいえ、用心にこしたことはないですわ。ローラ、貴女は空からぐるりを見て、危ないものがあったりしないか確認してきて頂戴」
ローラと呼ばれた大鷲が六枚の羽根を広げて、女の肩から飛び立った。
「タマはクリスティーナと先に屋敷に入って、中に獣や人間が棲みついていないか見てきてくれるかしら?」
クリスティーナと呼ばれた虎の背中に乗っていた黒猫が、にゃあ、と鳴く。
小さな黒猫を乗せたまま、太い六本足の白虎クリスティーナはその歩を進め、暗い屋敷の中へと入っていった。
「さ、私たちも行きましょう。キャロライナ、乗せてちょうだいね」
残っていたもう一方の虎が女の前で伏せ、カバンを背負った背中を差し出す。女はいつものようにそのカバンの上に横すわりに腰かけた。
まるで羽根のようだといわんばかりに、白虎は六本の足で立ち上がり軽やかに歩き出す。
その後ろに他の魔獣たちも続き、屋敷の中へ入っていった。
扉が失われた玄関をくぐり、ロビーに踏み入る。
「足元もあちこち崩れそうですわねぇ。早く修繕しないと……ダンジョンコアはどこで展開しましょうか」
吹き抜けのロビーの中央には、二階へ続く階段が正面にあった。
「あら、いかにもな間取り! 私、こういうコテコテの趣味、大好きですわ! 先住の方とは気が合いそうですわね!」
この屋敷は人間の持ち物であり、彼女は犬狼族という魔族だ。
人族と魔族は古くから続く因縁もあって相いれないが、人間と同サイズの種族であれば生活環境や様式はそれほど変わるものではない。せいぜい、個人の好みの差程度だろう。
彼女にとって、この屋敷の前の主とは気が合いそうだった。
「調度品の方も期待できますわね。据え付けのアンティークを楽しむのもダンジョン生活の醍醐味ですわ」
虎の背にゆられながら、一階から二階へと続く大きな階段を上っていく。
そうして一通りすべての部屋を確認した後、女はやや広めの部屋に腰を落ち着けていた。
「使いやすさを考えるとこの応接室ですわね。広さだけを考えると食堂や物置ですけれど、さすがにそれらをコアルームにするのは風情がなさすぎますし」
コアルームとはダンジョンを管理する機能を持った部屋であり、ダンジョンの目的である魔力を集める機能を兼ねた最重要区画。
設置されたダンジョンコアは、魔力を地中から吸い上げたり、周囲から吸収したりと手段は様々だがコアに魔力をため込む。
それを消費する事で、あらかじめデザインされたコアルームや防衛機構などを展開する。
ただし、コアがそうして魔力を集め始めるには設置から24時間後が必要だ。
その内訳は研究者いわく、コアが設置場所に根を張り、周囲の地形や建築物などを自分のダンジョン範囲として認識、その後に周囲のマナを蓄えるべく活動を始め、マナが溜まり次第自分を守るコアルームを展開する。この一連の流れが24時間という事らしい。
だが女はそのつもりはない。
屋敷を流用し、応接室そのものをコアルームにしようと考えており、ダンジョンコアを設置する台座も有りものの家具を利用しようと部屋をウロウロと物色していた。
「私はマナを掘りに来たわけではありませんし、コアの機能さえ使えれば問題ないですわ」
女は応接室の中央に配置された応接セットのソファに腰かける。
同時に、ほわっ、と白い煙が立ち込める。
「けほっ……ずいぶんホコリがたちますわね。後で掃除をしないといけませんわ」
一見して高価とわかるドレスがホコリに汚れるが気にした風でもなく、手にしていたものを目の前のテーブルに置く。
それは美しいカットが施された黒い石だった。
女が所有するダンジョンコアである。
目の前にある黒檀のテーブルをひと撫でしてホコリを払うと、そっと置く。
「黒いテーブルに黒い石の組み合わせは地味ですけれど……頑丈そうですし、このテーブルにコアを設置してしましょう!」
それなりに手際良く、女は慣れた手つきでコアの設置と展開手順を整える。
「ええと、設置条件はいつものようにコアルームの展開はキャンセル。マナ抽出方法は手動、ダンジョンファミリアの召喚送還もオフ。コアメールとトークはオン。あとは魔力の補充をささっとして、コアの機能でお屋敷の掃除を始めましょう」
テーブルに半ば埋まり込み一体化したンジョンコアの周りに、女は無造作に色とりどりの石を転がした。
見る者が見れば魔結晶という、地水火風の四属性魔力をため込んだ高価な品を含んだものだとわかる。
ダンジョンコアは周囲のマナを吸収し、魔力として蓄える。
そうして蓄えた魔力を魔石に充填させる事で、動作に魔力を必要とする魔道具などに供給するのだ。
だが女はその逆を行っていた。
魔力を充填した魔石をコアに近づけ、吸わせている。
こうすれば確かに女の言う通り、周辺マナの量にかかわらず、大量のマナをコアはストックできる。
これならコアの機能が使用可能になり次第、即座に屋敷をダンション化して破損している床や壁の修繕も可能となるだろう。
だが言うまでもなく彼女のやっている事は、ダンション経営に挑む者からすれば滅茶苦茶だ。
一攫千金を求め、人間界でダンジョンを設置し、血眼になってマナを集める者であればこんな事をするはずがない、できるはずもない。
金に苦しみ、後にも先にも手段がない。そんな食い詰め者が最後の手段として選ぶのがダンジョン経営だ。
コアが吸収したマナ、いわば収入に直結する数字を、どれだけ防衛に充てるか、どれだけ収入として確保するか、その見極めがダンジョンマスターの腕の見せどころでもある。
儲かる以上に浪費しては、命を張ってまで人間界で危険を犯す意味がない。
そんな命がけの節約と倹約の上に、ダンジョン経営という大博打は成り立っている。
しかし女は魔界でも名の知れた高位の貴族、その一人娘であった。
貴族たる父親は娘に甘く、貴重なダンジョンコアを外泊の為の小道具として買い与え、消費するだけの為に高価な魔石や魔結晶をポンと渡すほどの溺愛ぶり。
そんな大切な娘であるが、父親は危険な人間界へ一人で旅行させる事への不安は感じていない。
娘は優秀なビーストテイマーでもあり、引き連れている魔獣たちも非常に強力なものばかり。何かあれば主人を守り、時には危険から遠ざけるだろう。
よって彼女の父親が日々不安に思っている事は、どこぞの馬の骨を恋人と紹介される事だけだ。
「さて、コアが使えるまで丸一日。その間の話し相手は貴女だけですわね? よろしくお願いしますわ!」
女は自分が腰かけたソファの隣に置かれていた人形に話しかける。
子供ほどの大きさのある、球体関節人形。
この屋敷に住んでいた娘の持ち物だろうか。古いものらしいが大きな破損は見受けられず、着せられた黒いドレスにほつれなどもない。
だが、かつて大事に愛されただろう人形も、ソファと同様に厚いホコリがかぶっている。
「せっかくの素敵な黒いドレスが台無しですわ」
女は人形を膝に乗せ、白くなっている金髪や黒いドレスを手で払った。
「けほっ、けほっ……これで少しは綺麗になりましたわ!」
女は自分が幼かったころを思い出して笑う。
物言わぬ人形と会話する、そんな懐古に浸りながら人形の髪や服を整えていく。
「あら素敵。貴女の右目、魔石ですわね?」
女は人形の右目だけが蒼く輝いていることに気付いた。
かつての屋敷の者の趣味なのか、それとも隠し財産の一部なのか。
美しくカットされた蒼い石に女は魅入られる。
台座の華美に頼るのではなく、研磨技師の腕だけでその美しさを引き出されている。
「ふふ、素晴らしい、素晴らしい職人仕事ですわ!」
女はその深い瞳の輝きに興味を持ち、ジッと覗き込んだ。
その時。
虚空を見ていた人形の蒼い瞳がギョロリと女に向けられた。
「ひっ!?」
驚いた女は、抱いていた人形を反対側のソファへと放り出した。
その拍子にテーブルに体をあててしまい、コアの側に置いてあった魔結晶が人形の上に降り注ぐ。
「な、なな、なな!?」
魔結晶まみれになった人形はうつぶせに転がっており、その瞳は見えない。
「今の……な、何かの見間違い、ですわよね?」
さっきの事が錯覚だと確かめようと、人形に手をのばそうとした時。
「えっ? な、なんですの!?」
人形に触れていた魔結晶が蒼く光り始め、その光は人間ほどの高さの光柱となって周囲に立ち上ったのだ。
何事かと身を引いた瞬間。
「ひ、ひ、ひえええぇ!」
光の全てがスケルトンに変化した。
それもメイド服を着て、頭蓋骨にはヘッドドレスまで着けた、まごうことなきスケルトンのメイドだった。
「な、なな、なんですの、なんですの、これぇ!?」
突如現れた五体の骸骨メイドは、それぞれがカーテシーと呼ばれるお辞儀をした後、カタカタとアゴの骨を鳴らして女へ近づく。
「いや! ひいやぁああぁあ!」
突然の出来事に、頭の中が真っ白になる。
女はスケルトンが極端に苦手だった。
生理的にムリ、というヤツである。
それが周囲からにじり寄ってくる。
早く逃げなければ! 心と体は焦るものの、ケタケタと笑うガイコツに囲まれ、完全に腰が抜けてしまう。
「キャロライナ! 助け、助けて、ひいぃいい」
腰を抜かして、ひい、ひい、とソファから転げ落ちた女の首元を、白虎のキャロライナがくわえあげた。
そのまま自身の背中に放り投げると、女はその大きな白い背中にしがみつく。
もう一方の白虎クリスティーナは、周囲のスケルトンに対し威嚇のうなり声を上げている。
スケルトンたちの手が、虎の背に乗る女に伸びる。
「アグネス! グロリア! なんとかしてくださいまし!」
迫っていたスケルトンの腕が両断されて床に落ちる。
フェレットのグロリアが、魔力を込めて蒼く光る尻尾で斬り落としたのだ。
二つ頭の蛇アグネスはそれぞれの口から炎と氷を吐き出し、スケルトンたちを攻撃している。
一体、また一体とスケルトンを破壊する魔獣たち。
しかし破壊されたスケルトンは、バラバラになったと思えばすぐに蒼い光に包まれ復活してしまう。
「キリがないですわ! ひい、また増えた、増えましたわ!」
床から蒼い光が立ち上り、新手のスケルトンたちがあらわれる。
今度はメイド服ではなく、小間使いのようであったり、軽装の門番のような鎧姿だったり、執事のようであったりと、この屋敷の使用人が勢ぞろいしたかのような様相だった。
威嚇を続けていた白虎がとびかかり、その巨体で新手をまとめて床に押さえ込む。
「お手柄ですわ、クリスティーナ! みんな帰りますわよ! お屋敷の皆様方、お騒がせ致しました! これにてごきげんよう、金輪際さようなら!」
包囲のゆるんだ今なら部屋から抜け出せる、そう思ったものの。
唯一の出口であるドア近くの床が蒼く光り、そこにもスケルトンが現れた。
「そんなっ! どうすればよろしいの!? 皆、大丈夫ですの!?」
魔獣たちはそれぞれが相手取っているスケルトンを抑え込むのに苦戦している。
少しでも退けば、主人に襲い掛かると理解しているのだろう。
ケガをしている魔獣はいないようだが、それも時間の問題だ。
どこかの守りが崩れれば、すぐに女めがけてスケルトンの手が届く。
スケルトンやゾンビのような不死者に、生者が触れられ続けると魔力を吸い取られ、やがて死に至る。
ペットたちは魔獣という魔力量の多さにより、ある程度は対抗できるが、自分はそうではない。
実に危うい拮抗状態。このままではいずれ数で押されてしまう。
あわてふためく女の足元で、にゃあ、と黒猫が鳴いた。
「タマ?」
同時に、ガシャン、という派手な音が執務室に響く。
「ひゃあ!」
室外のバルコニーに続く大きなガラス扉が破りながら、大鷲のローラが飛び込んできた。
主人を背に乗せていたキャロライナは、新しく生まれた脱出口へ向かう。
すぐにスケルトンたちが追いかけてくるが、再びクリスティーナがその巨体で横から飛びかかり、六本の足でまとめて床に抑え込んだ。
双頭の蛇アグネスは脱出口となったバルコニーに他のスケルトンを近づけさせまいと、炎と氷でけんせいする。
グロリアも蒼い尾を振り回してスケルトンたちの足を切断して回り、わずかな時間なりともスケルトンたちの動きを止める。
脱出するには千載一遇の好機。
黒猫のタマが、にゃあ、と鳴いた。
女を乗せたキャロライナが、破られた窓に向かって走り出す。
「ちょ、ちょっ、止まりなさい、キャロライナ! みんなを残していけませんわ! タマ! そんな事を言っちゃダメよ!」
止まれと命令されたキャロラインは、とまどうよにう足を止めた。
しかし再びタマが、にゃあ、と命じるように鳴くと、キャロラインはすぐに走り出す。
「え、待って。うそ? 跳ぶの? 本気? 二階! ここ二階よ、タマ! タマちゃん!? ひいやぁあああ!」
二階の応接室の窓から、勢いよく飛び出すキャロライナ。
六本の足で中庭に着地すると、後ろを振り返る事なく全力で走り出す。
屋敷に戻ろうとする女だったが、割れた窓から魔結晶の欠片が降りそそぎ、それは空中で蒼く輝くとスケルトンとなって降ってきた。
「ひぃっ!」
ここもすぐに危険になる。
戦うすべのない女は、ペットたちの足手まといにしかならないと判断した。
彼女がいる限り、ペットたちはスケルトンを正面から相手取らなければならない。
であれば、今、自分にできる事は。
「どなたか頼りになる方を連れて、必ず戻ってきますわ! 皆! 待ってなさぁぁぁぁい!」
それだけの言葉を残し、女は乗ってきた飛竜の背に飛び乗ったのだった。
本編は年明けからの更新となります。
web更新は間が空いておりましたが、またお付き合い頂ければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。




