リーデルafter2(留守番リーデル:中編)
「坊ちゃんが出かけて五日目だけど……掃除する場所もなくなったわね」
普段から清掃したい所はあったが、まるっと二日もあればなんだかんだで一通り終えてしまった。
十日ほどで戻ってくるという話だったので、あと五日近くは一人の時間。
これは少し持て余しそうだなと思う。
いつもであれば主の食事のメニューを考え、買い出しに行って調理するだけでそこそこ時間を使う。
しかし自分一人なら手抜きでもいいかと、果物を剥き、ワインをつけるだけで済ませてしまう。
洗濯や炊事も一人分。
手間も時間もかからない。
では遊びに出かけるか、というとこれも微妙だ。
屋敷のある領地は牧歌的と言えば言葉はいいが、実のところはただの辺境の田舎。
景色と空気はいいが、遊行施設というものもない。
かといってわざわざ寄合馬車に乗ってまで街に出て、さあ何かしたい、というほど興味のあるものもない。
「うーん」
夜着に着替えて寝室りのベッドにもぐりこむ。
うつぶせで寝転がり、なんとなく主の部屋から拝借してきたゴーレム関係の書籍を読む。
「……」
小難しい理論や図柄が並んでいる。
正直、リーデルでも目が滑るような難解な言い回しも多々見受けられるのだが。
「線とか引いてあるわね」
本棚で飾りになっているわけではないのだろう。
何度も繰り返し読まれた跡もあり、いかに自分の主がゴーレムら関して真摯で情熱を持っているのかうかがえる。
「……」
才能ある主、それは乙女心からして誇らしい。
だが、それを気に入らないのも乙女心である。
「ゴーレムばかりじゃなくて、もっと色々な本も読めばいいのに」
具体的に言うと、女性の好みがわかる本とか。
グチグチ言いながらリーデルはその本を枕元に置いて、部屋の灯りを消す。
明日から何をしようと考えながら主の言いつけ通り自分の寝室に待機させている、二匹の目玉と自分と瓜二つのゴーレムに目配せする。
「あなたたち夜中にゴソゴソしないでね。ゴーレムは壁に向かって安置で待機。万が一、屋敷内で異常を感知したら起こしなさい」
正直、目を閉じているのに近くに何かの気配があるというのは眠りにくい。
しかし、コレも自分を気遣っての命令であるので従う事にした。
だがそれでも。
自分そっくりの存在が側にいるというのは精神的によろしくない部分もある。
よって、このように壁に向けて、視線だけでも自分から外させて待機させる。
朝、起きた時に自分とそっくりの顔がこちらを見ているというのは、なかなかに心臓に悪いのだ。
命令に従い、壁に向かったゴーレムはヒザを曲げてペタンと座り込んだ。
「明日、何をしようかしら」
時間を持て余す。
そんな気だるげな思惑を抱えて眠りについたリーデルだが、翌日、それが悪い方向に解決するのであった。
***
「荷物? 何かしら?」
翌日の昼すぎ。
ある荷物が届いた。
届け人の欄には二名の名前がある。
自分の主と、その師匠である黒髪の少年からだった。
翼竜の配達人が、それなりの大きさの木箱を玄関の中まで運び入れてくれる。
礼を言いつつ、受領の署名を済ませる。
「では確かにお届けしました。ありがとうございましたー」
「ご苦労様でした」
配達人が飛び立ったのを見て、扉を閉じ施錠をする。
「何かしらね。箱の大きさの割には軽いけれど……」
振ってみても音もしない。
危険物であるという事はないだろうと、とりあえず自室に持ち込んで保管しておく。
夜。
食事と入浴をすませ、夜着に着替えたリーデルが自室に入る。
「ああ、忘れていたわ」
日中に届いた荷物が、当然そのままの状態で置いてある。
「何が入ってるのかしらね。ロクなものじゃないと思うけど……」
主の名で送られたものを勝手に開けるというのはよろしくない事だと思う。
だが危険物の確認という大義名分がすぐに思いついた為、迷うことなく開封にかかる。
箱の大きさの割に軽く感じたのも納得で、その中には。
「……服?」
それも女性衣料品がそれなりの数量、入っていた。
まず目についたのはがメイド服で、デザイン違いで何点か。
他にも襟付きシャツやらホットパンツ、コートやノースリーブのシャツなどなど。
果てはイブニングドレス……っぽく仕上げたワンピースまで、様々な、というよりも、どういう選定基準なんだろうと首をかしげるラインナップだった。
なによリーデルが気になったのは。
「これ……私のサイズよね?」
プレゼント?
一瞬だけよぎったその期待を、あっさりと振り払うリーデル。
ゴーレムが趣味の野暮な男どもが二人そろっているのだから、そんなわけがない。
そもそもプレゼントだったらこんな木箱に、ぎゅうぎゅうと包装もせずに詰め込むような事はしない。
と、なると。
「ゴーレムの備品というわけか。あの子も反省してるって事かしらね」
届いた時にも確認したが、送り主の欄には主の師匠ではなく、見た目だけは少年の名前もあった。
確かにゴーレムが修理されて自分そっくりになった時、素っ裸で送ってきた事を怒った記憶はある。
自分と同じ寸法で作られているため、ゴーレムの備品であるこの服も当然リーデルと同じサイズとなる。
二点、三点と、手にとりながら取り出していく。
「……ふぅん。悪くないわね。ゴーレムみたいな造形モノが趣味だとこういうセンスも磨かれるのかしら」
最初はどんなラインナップだと思ったそれらの服は、よくよく見れば、様々なシーンに対応できるだけの種類であるとわかる。
囮としての役割を果たすため、それがどんな場所であっても溶け込めるようにという判断からの品ぞろえなのだろう。
「色遣いも悪くないし。縫製もしっかりしてる。ゴーレム、こっちに来なさい」
壁に向いて待機していた、主がシャーリーンと呼ぶゴーレムを呼びつける。
目の前に立たせて、いつくかの服を肩に当ててみる。
「……いいじゃないの」
自分の髪や瞳の色ともよく合っている。
我ながら、という言葉が浮かんでやや恥ずかしいが、実際、良いチョイスだと素直に思った。
「……別に」
リーデルはふと思う。
「別にゴーレムの為、とはどこにも書いていなかったわけだし?」
ゴーレムに当てていた服を、自分の肩に当ててみる。
そのまま姿見の方へ行き、自分の姿を見れば……やはり悪くない。
「私が着ていてもちょっとした誤解で済むはずよね。そもそも誤解をさせないように手紙をつけるなり、別途、私にも服を送るくらいの心遣いが紳士には欲しいわ」
愚痴と自己弁護を誰もいない部屋で呟きながら、リーデルは夜着を脱ぐ。
そして手にとっていた薄紅色に白い花の模様が入った襟付きシャツに袖を通し……。
「あら?」
胸のボタンを締めようとして、やや窮屈である事に気付く。
「口だけね」
あの坊やはあれだけ大きな口を叩いていおいて、サイズの目視計測を見誤ったようだ。
確かに普段から来ているメイド服は、デザインうんぬんはともかく、あくまで仕事着。
今、手にしている薄手で体の線が出るようなタイトなサイズではない。
もちろんジャージに至っては動きの邪魔にならないようにとかなり余裕をもって作られている。
その上、伸張性もある不思議な素材だ。
どちらにしても、これらを着たままでは正確なサイズなどわからないだろう。
それでもなお、サイズを見極められると言っていたのだからお笑いだ。
リーデルは思い出した少年の顔を鼻で笑いながら、無理やりにボタンを締めようとして……ふと、一つの可能性に思い当たる
「あの子が見間違えたんじゃなくて……大きくなった?」
なるほど。
なるほど、なるほど、それなら納得だ。
自分そっくりのゴーレムの胸のあたりを見つめ、自分の胸を視る。
何度か交互に見る。
「そうね。大きくなってる、気がするわ」
自分の胸に手をやりつつ物言わぬゴーレムに向かって、ふふん、と鼻を鳴らすリーデル。
「あー。キツいけど仕方ないわねー。ふー、苦しい苦しい」
ゴーレムを見ながらそう言い捨てるリーデルの姿はなんというか、やや残念なカンジであった。
当然ながらゴーレムは反応せず、ただ作られた無表情のままで立っている。
「スカートはどれかしら。これ?」
色合い的に対になっていたスリットの入ったタイトスカートを手にとり、足を通してホックを留める。
「あら?」
ホックを留める。
サイドにつけられた、上下二つのホックを留めようとする。
留めようとしている。
だが留まらない。
「そんな、え、うそ……?」
認めたくない現実がちらりと脳裏をよぎる。
「ふ、ふとっ……」
ゴーレムが目につく。
その腰はどうだろうか。
「変わってない……わよね……?」
自分と見比べる。
変わっているようには見えない。
見えないが、ボタン一つ分、ホック一つ分の差異まで見極められるかというと難しい。
なぜなら、ゴーレムも今は私物のメイド服、つまりやや余裕のあるサイズの服を着ているのだから。
「……何よ。何笑ってるのよ」
一瞬、ゴーレムが笑ったように感じたリーデルがゴーレムにつっかかる。
当然、作り物が笑うはずがない。
「壁に向かって待機なさい!」
命令に従い、ゴーレムが壁に向かって座り込む安置モードとなり待機状態になる。
リーデルはホックを留めていないスカートをはいたまま、室内をウロウロする。
「……坊ちゃんが帰って来るまであと五日」
計算をする。
「一日二食にして……朝と晩に走って……どれくらい減るかしら?」
食べれば増える。
走れば減る。
シンプルな計算式。
単純な足し算と引き算であるが、どんな難解な計算よりもそれは解の導きが難しい。
なぜならば、数字上ではそうなるはずなのだが、実施するとそうならない事をリーデルは何度も経験しているのだから。
しかし、やらなければ変わらない、という事も知っている。
そうしてリーデルは壁にかけているピンクのジャージを見つめて、決意と覚悟を固めるのであった。




