リーデルafter(お届けリーデル:後編)
黒い塊。
パッと見た瞬間の感想がそれだった。
ブラックスーツをまとっているものの、筋肉の凹凸が陰影を作るほどに盛り上がっている。
巨躯にして強靭たる身を持つ種族、オーガ。
最強種の一つと数えられ、肉弾戦闘においては間違いなく一、二を争う。
「……君がリーデル嬢の主人、かい?」
オーガを前にして、自分でも腰がひけているのがわかるが、リーデル嬢の前で情けない姿は見せられないと虚勢を張る。
「え? ああ。どうも、このたびはお買い上げありがとうございました」
しかし相手は拍子抜けするほどおだやかな声で礼を言ってきた。
そしてオーガはボクの様子をよくよく観察して。
申し訳なさそうな顔になってすすっと寄ってきた。
「な、なんだ、貴様……」
「お客様。その、大変申し訳ないのですが……」
ボクがオーガから聞かされた真実は残酷なものだった。
今回のチラシ、そういう意図と勘違いした客が大半であるのだが、リーデル嬢本人にその気はまったくなく、本当にただ純粋に、希少な果実の通販だったのだ。
「自分の目が行き届かないばかりに、ここらのお貴族様やお大尽様達にご迷惑をおかけしてまして。せめて誤解があったお客様にはこうして自分が事情を説明しに参って、注文のお取りやめの確認をしているのですが……お客様もそうですよね?」
誤解というならその通りなのだが、それを認めてしまうとオーガのセリフからして察するに、リーデル嬢のイロイロ目当てで注文した近所のスケベじじいどもと一緒になってしまう。
「い、いや、違うぞ! ボクは新鮮な果実に目がなくてね! 今日もわざわざメイドたちを日払いして、自分だけでこっそり楽しむつもりだったんだ!」
「……そうでしたか。失礼しました。では、お買い上げありがとうございます。家の中までお持ちしますね」
オーガはみずから引いていきたのか、大きなリヤカーの荷台から、ボクが注文した分の大量の果実をとりわけて袋に詰める。
それを担いで玄関の中に入ると、その袋を床に置いた。
待機していたリーデル嬢がすばやく袋の中身を確認している。
複数名による二重確認。仕事のできる女性だと感心する。
「全てそろっております。それではお買い上げありがとうございました!」
「……あ」
リーデル嬢が深く頭を下げて、退室しようとした時、つい声がもれた。
「何か?」
「あ、いや……」
何を言えというのだろうか。
君を金で買おうとした無粋な男が、何を言えるというのだろうか。
そんな中、オーガが口を開く。
「お客様。メイドの方々がいらっしゃらないというのであれば、こちらのリーデルに果実をカットさせましょうか?」
「坊ちゃん?」
きょとんとした声で自分の主人の方を向くリーデル嬢。
ボクはオーガを見る。
オーガは終始、申し訳なさそうな顔のまま、そんな提案をしてくれた。
ボクは……我ながら情けないと思いながらも。
「ああ、よければ頼めるかい? ボクはあまりナイフの扱いが得意でなくてね」
「ええと……であれば、少々キッチンをお借りしてもよろしいですか?」
「もちろん。あるものは何でも好きに使ってくれ」
「かしこまりました。それで、どちらの果実をカットいたしますか?」
リーデル嬢が見る先にあるのは、床に置かれた大量の果実が入った袋だ。
山となるほどの数の果実。今はその数だけ自分の罪のように思えてしまう。
「そうだな、せっかくの果実だ。しばらくしたら帰ってくるメイドたちにもふるまってやるか。全部、頼む」
「……全部ですか? さすが少々お時間を頂きますが……?」
「そちらの予定が大丈夫ならお願いしたい」
リーデル嬢がオーガに視線で確認をとると、オーガはすぐにうなずいた。
「では少々、失礼いたします。キッチンはどちらに?」
「ああ、このまままっすぐ行って、赤い扉の奥にある」
「かしこまりした。それでは後程」
リーデル嬢は意外ながら、軽々と果実の袋をかつぎあげて奥へと消えていった。
「……」
「……」
二人の男の間に沈黙が流れる。
「ありがとう。余計な気を使わせた」
ボクは礼を言った。
「いや、こっちこそ悪かったな」
オーガがそれまでの客に対する言葉と違って、男同士の会話で言葉を返してきた。
それで空気がなごみ、リーデル嬢が果実のカットをし終えるまでの間、ボクは戦爵貴族の跡取りというこのオーガと少しだけ会話をした。
オーガに事情を聴くと、家の恥だがと前置きした後、借金を返すための一環でつい先日までダンジョン経営をしていたそうだ。
果実もその時に収穫したものだという。確かに人間界の希少な果実とは書いてあったが。
戦闘も発生して甚大な被害もあったが、王族率いる騎士との集団戦にも勝利して、戦利品の魔法剣を得たという。
年もそうかわらない実戦経験者を前にボクは敬意を表したが、オーガは苦笑する。
「オレ一人じゃなんにもできない。情けない話、リーデルのおかげでなんとかなったんだよ」
謙遜ではなく、本心なのだろう。
だがスーツからわずかにのぞく首筋や、シャツの下から透けて見える包帯などからして激しい戦いを生き残ったのはオーガの実力だ。
「……それで借金は返し終わったのか?」
普段から厳しい修行をしていたという自覚があっただけに、名誉の戦傷を誇る事すらしないオーガを見て、どうにも自分が情けなくなり、つい話題を変えた。
「……いや。少し休んだらまたコアを持って人間界だ。次もうまくやれたらいいがな」
「また行くのか? それもすぐだと?」
「色々と事情があってね。せめてリーデルには今度もケガさせたくないけどなぁ」
強がるでもなく、怯えるでもなく、オーガは笑ってそう言った。
今度も、と言った。
つまり前回は彼女を守り通したのだろう。まさに身をていして。
「……そうか。武運を」
「ああ、感謝する」
ボクは拳を突き出す。
オーガがボクの三倍はあろうかという拳を合わせてくる。
「もしボクがいずれダンジョンを作る時は助言を頼んでいいかい?」
「アンタもダンジョンをやるのか? オレに教えられる事があればいいけどな」
高い授業料を払ったと思ったが、どうやらこのオーガという知己を得られたと思うとずいぶんお買い得だったかもしれない。
「いっそ助勢を頼むかもしれない」
個人的にオーガにツテがあるというのはありがたい事なのだが、さすがに初対面の相手の要請など相手にされないだろう。
と、思いきや。
「やめてくれ。オレは荒事が苦手なんだ……ま、どうしてヤバい時は期待せず声だけかけてくれ。だが本気で頼ってくるなよ? オレは自分のことですらギリギリだからな?」
報酬の提示すらしていないのに、話は聞いてくれるそうだ。お人好しのオーガというのも奇特だ。
いや、血気盛んで、争いの種なら歓迎という事だろうか?
しかしオーガが荒事が苦手とは。苦手なのは冗談の方か?
しばらくして果実の調理を終えたリーデル嬢が戻ってきた。
「お皿を拝借してテーブルに並べておきました。生ものですから、なるべくお早めにお召し上がりください」
「ああ、ありがとう」
ボクはリーデル嬢に礼を言う。
「それでは失礼いたします。お買い上げありがとうございました」
リーデル嬢が最後の礼を述べて屋敷を出ていく。
さきほどまでであれば、その後ろ姿を未練がましく見送ったかもしれないが。
「じゃあな。アンタのいつかの戦いに武運を」
「ああ、ありがとう。いずれ来るべき戦友」
そしてボクは気の良い友人と再会を願って別れたのだった。




