苦労して得るお金と、恵まれるお金の違いは?
昨日の偵察? で、ある程度は人間の街での勝手がわかった。
次に街に行くのはマンドラゴラが届いてからという事で、それまでは果実採取をしつつ、マナを吸い上げるダンジョンコアの管理や『栄光の架け橋号』の保守作業などを行う。
特に朝と夕方、一日に二回のマナ補充が必要な『栄光の架け橋号』は、他に問題がないかなども常に確認しつつの運用だ。現状、唯一の戦力だからな。手入れは欠かせない。
幸い、あれから盗賊やゴブリンが戻ってくることはなく平和である。それを追っていた姫様率いる騎士軍団も見かけていない。
唯一、切羽詰まっているというか、余裕がないのは魔界で売る予定の果実の量だ。
それらを踏まえて現在、オレ達はこんな流れで動いている。
まず早朝から昼前までは『栄光の架け橋号』が単独で採取へ。
その間に果実の選別や加工をしたり、炊事洗濯掃除をしたり、オレの面倒を見たりする。リーデルが。
一方、オレはジャマにならないよう、ベッドの上で転がっているという大変な仕事をしていた。
「オレは……無力だ……」
ちょっと前にも同じような事を言った気がする。
昼をまわった頃、早朝から果実採取に出ていた『栄光の架け橋号』が帰還。
損傷や異常がないかの確認をしつつ、集めてきた果実を受け取る。
昼食を食べた後、『栄光の架け橋号』と入れ替わるように、オレとリーデルで果実採取に向かう。
暗くなるまでそれを続けて、夕食。
そして就寝前にリーデルのマッサージ。
それが二日ほど続き、その後も続く。
……はずだったが、やっぱりそううまくはいかないのが現実だった。
***
「坊ちゃん」
その日も昼過ぎに果実採取に出てきたオレ達だったが、ふと、森の奥へと目を向けたリーデルがオレを呼んだ。
「……なんか足音がするな?」
リーデルの視線の先に集中し、耳をすます。
道もないような森の中で、何かを探る様な複数の足音が聞こえてくる。
ゆっくりとだが、こちらに向かっているようだった。
「隠れるぞ」
「はい」
リーデルとともに深い茂みに身を隠し、担いでいた麻袋を足元におろす。
ぎゅっとリーデルが手を握ってきた。
「どうした?」
と尋ね返した同時に視点の高さが変わる。
「念のため、幻惑魔法をかけておきます」
「そうだな、それがいい」
二人して姿と息を潜めながら、近づいてくる集団の様子をうかがう。
これが盗賊であればバレたとしても幻惑を解いてガオーっと脅かせば逃げていくだろう。
中身は繊細で外見もイケメンなオレだが、見た目だけは大柄なオーガだからな。
ゴブリンであっても対応は同じだ。基本的にあいつらは自分より大きい相手に対しては向かってこない。
手負いにさせたり、弱い獲物と定めた相手であれば向かってくるが、そうでなければ脅しが利く。オーガに生まれて良かった。
ただしリーデルが見つかると相当にマズいので、盗賊よりも慎重に相手どらなければならない。
問題なのは……ああ、やっぱりなぁ。そうだと思ったんだよなぁ。
「騎士ですね……」
リーデルが指し示す先には革鎧に身を包んだ兵士と、それを指揮している白銀の鎧を着た騎士がいる。
「最悪だな。しかしも多い」
騎士一人に対して、五、六人ほどの兵士の集団が五つ。総勢で三十人近くか。
これだけ大所帯での騒がしい移動だったから、こちらが先に気づけたわけだ。
そりゃ人間がゴブリンの群れを想定して対抗しようとすれば、このくらいの規模にもなるだろうよ。むしろ少人数でウロウロするようなのがいたら、ただの自殺志願者だ。
「この前の騎士もいるな。苦労性のヤツと賭博のヤツ」
「そうですね」
金髪の苦労性はともかく、赤毛の方も今は真面目に兵士を指揮して仕事をしているようだ。
たまに響く騎士達の命令を聞いていると、やはりゴブリンを討伐にやってきたようだ。盗賊達は壊滅したんだろう。
「やりすごすぞ」
「はい」
今の姿なら、もし見つかってもいきなり斬りかかられる事はないだろうが、こちらから声をかける事もない。
とにかく早くどっか行けと念じていると。
「こんな所に子供が二人?」
背後から、それも息が届くほどの距離から若い女性の声がかけられた。
完全に不意をつかれた形で、背後に立っていたのは例の姫騎士だった。
集団の方ばかりに気を取られて、一人でウロついていたらしい姫騎士にまったく気が付けなかった。
というか、なんで一番偉いヤツが一人でウロついてんだ、危ないでしょうが! オレたちが!
「……ッツ!」
リーデルの呼気が止まる。
肩をつかまれて……いや、肩に手を乗せられて、心配そうにリーデルの顔を覗き込んでいる姫騎士。
「迷い子か? いや、山菜でも取りに来て親とはぐれたのか?」
危なかった。
これがもしリーデルでなく、オレの肩に触れられていたら、見た目と実際の違和感から正体が露見していたかもしれない。
しかし、今もピンチであることに変わりはない。この場をどうしのぐ?
いっそこの姫騎士に不意打ちをくらわせて、リーデルを抱えて猛ダッシュするべきか?
いや、この姫騎士は相当に強いはずだ。オレの繊細なパンチではひるまず逆撃してくる可能性が高い。
ぬぬ、どうする? どうする?
「姫様、どうされました?」
そこに苦労性の金髪騎士がやってきた。
オレとリーデルを見るなり、おや、という顔で話かけてくる。
「君達は先日の……」
「知っている子供か?」
「はい。街に果実を売りに来ていた子供達です」
「親は?」
「その時も見かけませんでしたが……」
騎士が遠回しに言いたい事を姫騎士が理解する。
「……そうか。そう、か」
姫騎士の表情がくもる。
憐憫、同情、庇護、そういった感情があらわになった。
「弟の方はずいぶんと怯えているようだが、何か怖いものにでも出会ったか?」
怖いのはオメーだよ、と言いたいのをぐっとこらえてうつむくオレ。なんか目が合っただけで正体を見破ってきそうな雰囲気がある。
対してリーデルは姫騎士から目をそらす事なく睨み続けている。
いや、前も気に入らない女って言ってたけど、今はやめとけって。
「急に我々が物音を立てて近づいてきたので、怯えて隠れたのでは?」
「そ、そうか。すまなかったな」
姫騎士がリーデルから手を放し、オレの頭を撫でようとする。やばい。
「おっ?」
姫騎士が差し出した手をさえぎるように、リーデルがオレを抱きしめる。
見た目だけで言えば、幼い弟を知らない大人からかばう健気な姉の姿だ。
オレを姫騎士に触れさせないように、さらに自分の後ろにかばうようにする。
姫騎士をにらみつけていたキツい視線をさらに細めて、もはや威嚇のごとき形相になるリーデル。
「い、いや、私は……」
幼い姉には睨まれ、もっと幼い弟には怖がられ、しどろもどろになっている姫騎士に赤毛の不良騎士が声をかけてきた。
「姫。いくら姫が美人で優しくて子供好きで家庭的な旦那様募集中とは言え、子供からすればその高い身長から見下ろされ、さらに腰に帯びた剣というのは怖いもんですよ? というか、なんで子供を撫でようとしているのに、その反対の手は剣にかけてるんですか? オレでも怖いですよ?」
「え、あ、ほ、本当だな。私は何を?」
リーデルがにらみつけていたのは、姫騎士の顔ではなく手。姫騎士が現れた時からずっと剣の柄にそえられていた、その右手だった。
赤毛の不良騎士に指摘され、慌てて剣から手を放す。
やべぇな、この姫様。本能とかそういうレベルで、こっちの正体を看破してるのか?
「えー……コホン」
姫騎士は場を整えるように、一つ咳払いをした。
「それで君たちはこんな森で何をしていた?」
「……果物を採りに来ていました」
足元にある麻袋を見ればわかるだろうという声でリーデルが応える。姫騎士はそれにかまわず、諭すようにおだやかな声で話を続ける。
「街で聞いていないのか? この辺りにはゴブリンが潜んでいる可能性が高い。とても危険な場所だ」
「……」
だからなんだこのヤロウという目で返すリーデル。いーからやめろって。
「いや、姫様のいう事は本当だ。ここから少し離れた場所に、盗賊とゴブリンが争った跡があってね。その、なんだ。盗賊達がみんなやられていたよ」
言葉を濁すのは金髪の真面目騎士だ。
ゴブリンも盗賊の親分の魔法で同士討ちをさせられ、かなりの傷を負っていたからな。追いつかれた盗賊達は、その恨みといわんばかりに無残な死体となったんだろう。
リーデルは金髪真面目騎士に向き直ると、両手を胸のあたりで組んで、ふるふると震え始めた。
「そ、それは知りませんでした、恐ろしい!」
お前の演技力の方がこえーよ。
ここまであからさまに敬遠されているというのに、凝りていない姫騎士がなおもリーデルに話しかける。
「ところで弟と二人で来ているのか? なにもこんな危ない事をせずとも、街でも何か仕事はあるだろう?」
「ま、街では……その……」
リーデルがうまい言い訳を思いつかず、言葉につまってしまう。
だが真面目騎士が金髪を揺らしながら、姫騎士にそっと耳打ちをする。
「うん? ……子供らの上前をはねる奴がいるだと!? けしからッ……もっと年上の子が? ……もしやその子らも、うむ……」
次第に曇っていく表情。
聞き漏れるに、年上の孤児が年下の孤児を狙って<色々と奪ってしまうという感じか。
弱い者は搾取される、とはいえ、人間の街もなかなか厳しい世界らしい。
「すまない。色々と立ち入ったことを聞いたな」
姫騎士は何かを考えこみ、思いついたように。
「あいにく私は立場上、特定の個人に何かをするという事ができないが……」
上を向いてポトリと小さな革袋を落とす。
「落とし物をすることはある。けっこう粗忽ものでな」
リーデルが不審げに革袋を見ていると、不良騎士が小さな声で、拾ってやってくれ、と苦笑していた。
リーデルが拾い上げ、その口を閉じていた紐を解くと、中にはいくらかの金貨が入っていた。
銀貨じゃないぞ。金貨だぞ?
これだけの金を得ようと思うと、百日ぐらい森で果物を採って売っても無理だろう。
借金返済の足しにすれば、一日二日は早く帰れるのではなかろうか。
そう考えると、このおっかない姫騎士が女神様のように思える。
しかし、そうはならなかった。そうはしてくれなかったのである、ウチの女神様が。
「騎士様」
「ん?」
リーデルは拾った革袋の口を再び固く結びなおし、姫騎士に差し出した。
「落とし物でございます」
「……いや、それは……」
うまく意味が通じなかったかと困り顔になる姫騎士にリーデルはハッキリと言い放った。
「私は誰に恵まれる事も、哀れに思われる事も、施しを頂く事も望みません」
あっちゃー。なんか知らんがめっちゃ怒ってる。お金くれるってのに、どこに怒る要素があったんだろうか。
「……そうか。そういう意図はなかったが。いや、私の傲慢だったか。謝罪しよう」
好意を無碍にされれば怒り出しても不思議ではないというのに、姫騎士は頭を下げた。いや、姫と呼ばれるような立場の人が、軽々に頭を下げていいのだろうか?
「……こちらこそ申し訳ありませんでした。お心だけは頂戴いたします」
さすがにこれはリーデルも失礼だったと思ったのか、素直に頭を下げ返していた。
なんかよくわからんが、あげるというならありがとう、で万事丸く収まったと思うんだが。
「なんにせよ、ここは危険だ。街まで送っていこう。今日の探索もここまでとする。戻るぞ!」
騎士達に撤収の指示を出しつつ、姫騎士はオレ達に微笑む。
こんだけリーデルに邪険にされてなおこの笑顔。悪い人ではないんだろうが、それはあくまで同族に対してだからな。
リーデルは相変わらず油断する事なく。
「いえ、おかまいなく。まだ今日の分の果実を採り終えていません」
「いかんぞ。さきほども行ったように、この辺りは危険だ」
やや強引に手を引こうとした姫騎士だったが、リーデルが断固として拒否をする。
「……街に戻ったところで、屋根があるわけではないですし」
またも姫騎士が辛そうな顔をした。
確かに嘘は言ってないが……だんだんお姫の方が気の毒になってくる。
「姫様」
互いに一歩も引かない状態になった所で、金髪の騎士が間に入る。
「まだ街に来られて日が浅い姫様には色々と思う所もおありでしょう。ですがこの子らにも事情があります。ただ、もしこの子らが助けを求めてきたら、その時は……」
「しかしだな……いや、そうだな。自分が世間知らずだという事を、今まさに痛感したばかりか。お前たちの意見に従おう」
色々と揉めた末に、オレ達は姫騎士率いる捜索隊から解放された。
別れ際に何度も早く街に戻るように言われ、最後にはリーデルも不承不承うなずいて騎士達を見送った。
「ふぅ。なんとか無事にやり過ごせた、か」
森に二人残され、ようやく危機を脱した安心感とともにリーデルに問いかける。
「金貨、もったいなかったんじゃないか?」
「坊ちゃん。人間相手に商売をすれるならともかく、一方的な施しを受けるなど。もしそんな噂が広まれば魔界中の笑いものですよ?」
「金は金だろ? それに誰が見てるって言うんだよ? あと、バレた所でそれが何だよって思うぞ。オレは成り上がりで屋敷も取り上げられそうな、余裕のまったくない貴族の息子様だぞ?」
恥より実を躊躇なく取れる男だよ、オレは。
「では言い方を変えます。私がイヤなのです」
リーデルがそう言うなら仕方ない。
オレと違って、コレがまっとうな魔族の感覚というものだろうか。
「わかった」
リーデルがお叱りも覚悟、みたいな顔でこっちを見ていたのであえてスルーしてやった。
「お叱りは無しですか?」
「ないない。きっとリーデルの方が魔族として正しい反応だと思う。それより果実、もっと取るんだろ?」
近くに置いておいた麻袋を担ぎなおし、リーデルに向き直る。
「さ、もうひとがんばりだぞ。今日はちょっと疲れたから、夕飯、いつもより多くしてくれな?」
「ふふふ、わかりました。おかわりもご用意しておきますね」
腕をぐるぐる回すオレに笑ってリーデルが返事をした。
――返済期限まで八日




