立つも座るも騒がしい人間の街にて。
人間の街についたオレたちは、白髪頭のおじいちゃんが守る門をくぐる。
オレたちが横を通り過ぎても誰何はなく、錆びた穂先の槍を杖代わりにして立っているだけのおじいちゃんだ。寝てはいない……と思う。
ちょうどいいので果実を売るにはどうすればいいか、リーデルがそのおじいちゃんにたずねた。
「お? おお、おう。どうした? ほう、果実を売りに来たとな? ならここをまっすぐいった先に大通りがある。そこの道端じゃあいろんな物が売られとるから、そこに座り込めばいい。城から騎士様が派遣されとるから、先にその方にお許しをもらうんだぞ?」
リーデルが頭を下げて、お礼がてらと果実を一つおじいちゃんに渡していた。
「おお、ありがとうなぁ、お嬢ちゃん」
しわくちゃの顔をさらにしわしわにして果実を受け取ったおじいちゃんに手を振りつつ、オレたちは教えてもらった大通りへと向かう。
しばらく歩いていると行き交う人々も増え、だんだんと声や雑踏、馬や牛の鳴き声などが飛び交い始めた。
「あの辺りですね」
リーデルに手をひかれながら、オレたちは賑やかな方へと向かい、やがておじいちゃんの言っていた大通りにたどりついた。
「にぎやかだなー」
馬車が三台くらい横並びに通れそうな大通りはレンガで舗装され、なかなかに立派なものだった。
その道端を埋め尽くすようして、様々な品物を売買する者たちがひしめている。
半分ほどが食べ物だろうか。自分たちと同じく果物を扱っている者も多く見受けられた。
「これは商売敵が多そうだ」
がんばって集めた果実を、そのまま持って帰るハメになるのは少しさみしいぞ。
「売れなくても構いません。本命はマンドラゴラが届いてからですから。できればここでの売買に関する詳しい規則も知っておきたいのですけれど」
キョロキョロと辺りを見回しているリーデル。派遣されているという騎士を探しているんだろう。オレも人だかりに目を向ける。
「お、あれじゃないか?」
白銀の鎧を着た、いかにも騎士様でございますという二人組が、周囲を見回すようにして歩いている。
兜はわきにかかえており、うかがえる表情からは犯罪を警戒しているというより、散歩でもしているかのような緊張感のないものだった。
「行きましょう、坊ちゃん」
リーデルに手をひかれ、周囲の人にぶつからないように気を付けてついていく。オレの今の見た目は子供だが、ヘタにぶつかれば大人の男だろうが見えない巨体で吹き飛ばしてしまうからな。
リーデルは騎士達の近くまで来るとすぐに声をかけず、自分の首に手をやって、んっんっ、とノドの調子を見ている。なにやってんだ?
「あの、あの、騎士様!」
そしてリーデルは普段とは違う、やや舌足らずで幼い雰囲気をまとった声で騎士に呼びかけた。
幼い弟に見えるであろうオレと手をつないでいるのもあって、実に庇護欲をそそる呼びかけだ。
「おや、どうしたのかな?」
声をかけられた片方の騎士はリーデルを見下ろす事なく、ヒザをついて視点をリーデルに合わせた。
これは女性にモテる。
しかも金髪巻き毛で碧眼のイケメン騎士ときた。これにはリーデルさんの乙女心がときめくもやむなしですよ?
「私たち、果物を、売りに来ました。でも、どこで売れば……わかりません」
途切れ途切れに言葉を発しつつ、最後の方はか細い声で尻すぼみになっていく。さらにぐっとオレの手を握って、抱き寄せるリーデル。
街に来て不安だけど、弟の面倒もしっかり見てますアピールだ。あざとい。
「そうか。それは大変だ、お嬢ちゃんはえらいな。ふむ、君達はどこがいいかな……」
ちらりとオレを見てリーデルをほめる騎士。そうして周囲をぐるりと見回す騎士は困った顔をする。というのもオレたちが座り込めるような場所がないのだ。
「ううむ」
「どうした相棒?」
もう一人の騎士がこちらに気付き、陽気な声をかけてくる。こちらは大柄な長い赤毛の騎士である。
「この子たちが果実を持っているんだが、もう場所が空いていないんだ」
「おや。これは素敵なレディと恥ずかしがり屋のナイトだな。初めまして」
もう一人の騎士はおどけたように、リーデルに対しては片足を引き、逆の手を胸にそえる礼を。オレに対しては鎧に刻まれた紋章に拳をあてる礼を笑顔で見せつけてくる。
子供相手にするような礼ではないんだろうが、悪戯好きで子供好きの大人という感じで悪い気はしない。
「これはこれは……ご丁寧にありがとうございます」
だがリーデルはからかわれたと思ったのか、真顔でスカートをつまみ、片足を引いて深々と頭を下げる。
幼い口調と演技をとっぱらって、素朴な格好には似合わない完璧な礼を返していた。
どうだといわんばかりの態度に、オレはリーデルってこういうとこあるよねーと呆れていると。
「おお! すごいな! お嬢ちゃんは立派な淑女になれるぞ!」
拍手をする赤毛の騎士。さらに大声で褒めるので周りの視線も集めて目立っている。
最初の騎士はリーデルの期待する反応、つまり完璧な返礼に驚いていたのだが、「お、おお、そうだな」と相槌をうちながら拍手を始めた。
「……おほめにあずかり光栄です」
リーデルの機嫌がさらに悪くなる。いやいや、これはお前が悪い。
「ああ、それで果実を売る場所だったな。よーし、お兄さんにまかせておけ。場所がないならすぐに空けてやるからな! とっておきの場所があるぞ!」
赤毛の騎士が歩き出し、それについていくと小太りな商人らしき男が座り込んでいる場所にやってきた。
他の者たちよりも倍くらいの布を敷いて大きく場所を使っているが、使える広さには何か決まりでもあるのだろうか。
「おい。そろそろ店じまいの時間じゃないか?」
そんな事を考えていると、赤毛の騎士がそれまでの陽気さをどこかにやって、低い声で商人を呼び掛けた。
「これは騎士様。ご苦労様です。おやおや、今日は子守りのお仕事もされているので? それとも迷い子ですか?」
声をかけられた男は柔和な笑顔で騎士達に挨拶をした後、オレたちを見て首をかしげた。
「この子らも商売に来たそうだ。この辺りがちょうどいいかと思ってな。一人なのにずいぶんと大きな布を敷いてる奴もいるようだし」
「なるほど。私を追い出して、その子たちをここに座らせようというわけですね。ちなみに布の広さに対する税はしっかり払っていますよ」
「いやいや、追い出すなんてまともな騎士のする事ではないだろう? それに納税は当たり前だ」
「まったくです。まさか騎士様が無辜の商人を追い立てるなどありえませんね。あと、わかっているなら敷き物の大きさに文句を付けないでください」
なぜか互いに笑い声をあげる二人。笑いながら商人が言葉を継げる。
「それで、まともでない騎士様に申し上げますが?」
「なんだ、悪徳商人?」
「御覧のように、私、まだ商いの途中でして」
「そうなのか、それは気づかなかった」
気づかないも何も商人の前には確かに厚めの大きな布が敷かれていて、その上に高価そうな指輪が、これまた高価そうな宝石箱に入って置かれている。
数は多くないが、どれも結構な値札がつけられていた。
「まだ商品もございますし、夕刻までは座り込むつもりでして」
「あまり座ったままだと健康に良くないぞ。お前はもう少し運動した方がいい。その立派な腹の中身が黒いのはともかく、肉までため込む必要もないだろう?」
「おやおや、これはご忠告ありがたく。ですが心配ご無用です。商人には恰幅の良さというものも必要でして」
またも、はっはっは、と笑いあう二人。
「お前のツラが気に入らねーからとっとと、消、え、ろ、と言ってるのがわっかんねぇのか?」
急に態度と口調が悪くなる赤毛の騎士。
「先日、酒場のカードで剥いたのをまだ恨んでいるんですか? 下着は勘弁して差し上げたでしょう?」
しかしそれに動じる事なく、ため息交じりで言い返す商人。
「剣まで借金のカタにとりあげやがって! 次の日、剣無しで登城したんだぞ!?」
「こちらもまさか剣を賭けるとは思いませんでしたよ! 私はさんざん断ったのに、酔った貴方が勝ち逃げは許さないと強引に勝負を続行したんじゃないですか!」
にらみ合う二人が交わした言葉に、もう一人の金髪の騎士が驚いた顔をする。
「お前、あの日、帯剣してなかったのはそんな理由か!? 思いつめた顔で理由は言えない、しかも金を貸してくれなんて言ってくるから、何も聞かずに貸してやったというのに……そんな馬鹿な事をしていたのか!」
ついに露骨な口喧嘩を始めた赤毛の騎士と太った商人、さらに金髪のイケメン騎士も相方の騎士の愚行を知り、叱責を始めた。
オレとリーデルは置いていかれたまま立ち尽くす。
「人間も金が絡むとやっぱり大変なんだな」
「賭け事は身を滅ぼします。坊ちゃんは手を出さないで下さいね」
結局、金髪の騎士が仲裁をしつつオレ達の事も気にかけてくれた結果、商人が敷いていた布に並べていた指輪を詰めてくれて、空いた場所に果物をおかせてもらえる事になった。
なんとか事がおさまり、騎士達が巡回に戻る際にも一悶着あった。
「ちゃんと面倒みてやれよ、イカサマ野郎!」
赤毛の騎士がオレ達を指して商人に言えば。
「酔っぱらって賭けをもちかけてくる不良騎士様より手がかかりませんのでご安心を!」
商人も負けじと言い返す。なんだかんだ仲がいいだろ、この二人。
「商人殿、すまなかった。相棒が色々面倒をかけたようだ。相棒! お前は騎士としての自覚をだな!」
金髪のイケメン騎士だけが苦労している役回りらしい。
そんないざこざも終わり、騎士達が立ち去ると、商人はもとのように敷き物の上に座り込む。
どうしたものかと迷っていると、商人がオレ達に笑いかけた。
「少々驚かせてしまったかもしれませんね。さ、貴方達もお座りなさい」
自分の横をポンポンと叩き座るようにうながされる。
敷き物は大きく、元のサイズのオレが座っても問題ないほどの広さがあった。
「さて。果実を売りに来たというわけですが。ここには色々な人達が様々な品を持ち寄っています」
なんだか急に説明が始まったぞ。
「それぞれが敷いている布があるでしょう。これが商売の許可証の代わりです。布の大きさに対して、日税をさきほどの騎士様に支払います。この大きさですと一日で銀貨三枚といったところですね」
「高いですね」
リーデルが驚く。演技じゃないな。
「そうですね。貴方がたが持ってきた果実を適正価格で全て売ったとして……銀貨一枚。よくてさらに銅貨二枚枚を上乗せできるか、といったところです。銅貨が十枚で銀貨一枚というのは知っていますね?」
「はい。銀貨も十枚で金貨一枚です」
「よろしい」
商人は優しく教えてくれるし、リーデルもまじめにふんふんと聞いている。
あれ? 本当に言葉通りの意味で面倒みられている?
「ですが高い金額を支払うという事は、それだけ高価な品を扱っているという宣伝にもなります。これだけの人が集まる市場ですからね。目立つためにはどうすればいいか? 広い場所を、大金を出して借りるという事は、宣伝手段の一つでもあるのですよ」
少し難しい話ですが、わかりますか? と商人はリーデルに問いかけ。
「わかります。人がたくさんいる中で、隙間が空いていれば何かなと思います。何があるのか気になります」
「素晴らしい、その通りです。さらに言えば大きな布に余裕をもって等間隔で並べられた商品はお客様からは見やすく、またスリや泥棒からは盗みにくいのです」
なるほど、色々と考えられている。盗難防止策でもあるわけか。
「何か問題があれば騎士様がかけつけてくれますが、商人たるもの自衛を忘れてはいけませんよ」
「はい」
理解が早いリーデルを気に入ったのか、弟子に物事を教えるようになっている商人。
さっきの騎士とのやりとりでどんなヤツかと思ったが、基本的に真面目で面倒見のいい善人なんだろう。
その後も色々と話をしてくれる商人に、リーデルは真面目に聞き入っていた。
昼過ぎになると、商人の元に若い女性がやってきて、パンや干し肉などの入ったバスケットを差し入れにきた。そしてオレ達を見ると首をかしげ、たずねてくる。
「あら。小さな商人さん達ね。貴方達、お食事は?」
「……果実をちょっと食べようかと」
リーデルはいまだ一つも売れない果実を指す。
「あらあら、ダメよ。それは売り物でしょう?」
女性は商人に渡したバスケットを取り上げると、リーデルに渡した。
「育ち盛りでしょう? これをお食べなさい」
そう言われて困惑するリーデル。
「ひどいな。私の昼食はどうなる?」
商人が抗議するものの、女性は笑う。
「兄さん、ちょっとお腹が出すぎよ?」
「腹が出ている分、腹も減りやすいんだ」
どうやら女性は妹のようだった。
「仕方ないわね。何かそのへんで買ってきてあげるわ……コホッ」
肩をすくめながら笑っていた女性が苦しそうに咳き込む。
「無理はするな。次に治癒術師様に診てもらうのもまだ先だろう」
「……コホッ、大丈夫よ。痛みとかはないし、ちょっと喉が痛いだけだわ。貴方達にも何か甘いお菓子を買ってきてあげるわね!」
すぐに笑顔に戻って、商人の昼食を探しに出かけていった。
「妹さんですか」
リーデルが聞くと商人はうなずく。
「昔は体も弱くて。一人では出歩くことなど、とてもできませんでしたけどね。ずいぶんと元気になりました」
「そうですか。良かったですね」
咳をしていたあたり、病気か何かが完治しているというわけでもないのだろう。
だがそこまで深く尋ねる必要はないし、商人も聞かれて面白い話でもないはずだ。
その後、商人は妹さんの持ってきた昼食に無事ありつき、オレ達は焼き菓子をいただいた。甘くてうまかった。
やがて夕刻になり。
道端にも空いた場所が目立つようになっていた。
あれだけ多く並んでいた布と品もまばらになり、喧噪もおさまりかけている。
商人が、私もそろそろ店じまいです、と片づけに入った。
「今日は残念でしたね」
結局、果実は一つも売れなかった。
それは大した問題ではないのだが、商人からすればオレ達に大丈夫かという顔を向けている。そりゃ幼い子供が二人で果物を売りに来ているのだから、よほど貧しいのか孤児なのかと思われても仕方ない。
「今日はお世話になりました。おいしいお食事、ごちそうさまでした」
リーデルも果実を麻袋にしまい、立ち上がると商人に深く頭を下げた。
オレも慌てて、それを真似て頭を下げる。
別に魔族だから人間に対して礼を言っちゃダメという決まりはない。
いや、もちろんそういうイケイケなヤツらが多いのは否定しないが、そもそもそういうヤツらは人間の街に商売とか来ないからな。
「あと……これ、少ないのですが」
リーデルが銅貨を三枚出して商人に渡した。
果実も売れてないのにいいのだろうか? オレにはよくわからんが、リーデルのする事なので間違ってはいないんだろうが。
商人は差し出された小さな手に乗る銅貨三枚を見て問いかける。
「食事代ですか? あれは私の妹が勝手にした事ですから不要ですよ」
リーデルは首を横に振る。
「いいえ。場所を貸して頂きました。お支払いできるお金はあまりないですけど……」
それを聞いた商人は、今日見た中で最もいい笑顔になった。
まさに満面の笑みというヤツだ。これは結構ですよ、といって遠慮されるパターンだ。
「わかりました。では対価として頂いておきます」
だが商人はリーデルから銅貨を受け取り、それを大事そうに胸のポケットにしまった。
あれ? 持っていっちゃうのか? 金持ちだろ、この商人?
「もしまたここに来るようであれば、私の所においでなさい」
「よろしいのですか?」
「ええ。見込みのある商人……の卵ですからね」
「それでは次の機会があれば、またお世話になります」
リーデルはまた頭を下げて、オレの手を引いて歩き出した。
大通りから離れ、商人の姿が見えなくなるのを待ってから、オレはリーデルの持っていた麻袋を持ち、さきほどのやりとりについて聞いた。
「なんかよくわからんやりとりだったな? さっきの商人なら銅貨なんて受け取らないと思ったけど?」
並んでいた指輪の価格は金貨でやりとりするものもあった。銅貨数枚なんてはした金だろうに、わざわざ子供から受け取るかね?
「あれは私の考えに感心したのでしょう。父から商売に関しても色々と教えられていましたが、成果が出ましたね」
「どういう事?」
果実が売れてないのに、ますます損しただけじゃない?
「私たちが持ち込んだ果実は売れませんでした。ですがさきほどの商人が金銭を支払って確保した場所の一部をお借りした事に変わりはありません」
「確かに」
「で、あれば。商売の成果にかかわらず、いくばくかの場所代を支払う事は当然です」
「言われてみれば、まぁそうか。でも子供がそこまで考えるかね……ああ、そういう事」
合点がいった。
「そういう事です。子供だというのにそこまで考えるのか、と。そういうわけでさきほどの商人に気に入られたのでしょう。今後の場所まで確保できたのは望外の成果でしたね」
果実は売れなかったが、それ以上の成果を得てオレ達は帰路についた。
「……あれ?」
ふと。何かが頭にひっかかる。
「どうしました?」
「何か忘れてない?」
大事な何かを忘れている気がする。
「……そうですか?」
なんだっけ? と首をかしげるオレにリーデルも何かありましたか? と首をかしげ返してくる。
結局、思い出したのは洞窟に戻って、夕食をとっていた時だ。
パンに切れ込みを入れ、リーデルが焼いてくれた肉を挟んで、ようやく思い出した。
「パン! お前の食べるパンは!?」
「ああ、そういう話もありましたね。ですけど大丈夫ですよ? だって坊ちゃんおっしゃったじゃないですか? 私、痩せていないんでしょう?」
今日もリーデルは果物をショリショリと食べ、ワインを飲んでいる。
ええ、なんで怒ってんの? 痩せちゃまずいからパン買おうって話なのに?
――返済期限まで十二日




