いやいや、何やってんのリーデルさん!?
……改めて。
このメイドの名はリーデル。オレの世話役さんだ。
ガキの頃からの付き合いで、オレが何かやらかす前にこうして正してくれる。
オレとリーデルの意見が違うとき、まず間違いなくリーデルが正しい。今回もそうだ。
忠告は有難いとは思っているよ? だけどさぁ!
「できるわけないじゃん? ダンジョンマスターってガラかよオレが? 人間界なんて怖くて行けんわ!」
そう。
魔界でのダンジョン設営は、特別な許可がない限り禁じられている。
マナを吸収するという事は、マナを吸収して生きている種族の糧を奪う事になるからだ。
よってダンジョン経営とは、イコール、人間界へ行って野蛮な冒険者どもを相手取っての危険な商売となる。
「坊ちゃんは魔人において最も堅牢にて剛腕なオーガ種ですよ? もう少し最強種の一角という自覚を持っていただかないと」
「……さっきの借金取りさ。アレって最弱種の一角と言われるオークだけど、お前はアレにオレが勝てると思う?」
「例外は何事にもございますし」
ふいっと明後日の方を見るリーデル。
そっちになんかあるのかよ、コッチ向けよ。
「そうだよ、例外なんだよ! あのオークは例外的に強くて、このオーガは例外的に弱いんだよ!」
オレは自分を指さして己の弱さを認める。
自分の弱さを認めるという行為そのものは格好いいが、今のオレはフツーにカッコ悪い。
こういうのは力の弱さではなく、心の弱さとかを認めたりするシーンの時だけ絵になるのだ。
いや、もちろんオレはメンタルにも自信はないけどね。つまりどうあがいてもカッコ悪い。
「別にお一人で向かわれるつもりはないのでしょう?」
「え?」
「私ももちろん同行いたしますよ」
「マジで? いや、でもさ、危ないってレベルじゃないしさぁ」
さすがに荒くれ者を相手にするダンジョン経営に、リーデルを連れていくというのはどうなんだろうかと思ってしまう。
色々と優秀なメイドさんだ。オレより様々な面で優秀だ。
だが頑丈さという点ではやはり女の子だ。
ダンジョン経営なんて荒事は、この頑丈さというのが特に必要だと思う。
そしてオレはオーガ種ゆえ、頑丈さだけは自信があるのだ。
ここでカッコよく、オレがリーデルを守るぜ! と言えればいいが、そっち方面に関しては自信も実力もない。
「いや、やめとこうな? 嫁入り前の娘さんに傷でもついたら……」
だが、リーデルをあきらめさせるうまい言葉が見つからない。
「……そういう所なんですよね」
オレがモゴモゴと言葉を詰まらせているとリーデルが何かを小さくつぶやいた気がした。
「は? なんか言った?」
「いいえ、何でもございません。ともかく私とて無策でこの話に乗ったわけではありません。ダンジョン経営は冒険者との戦闘ありきではないのです。ステルスタイプのビジネスモデルもございますから、そちらで行けば少々時間はかかっても安全に利息分くらいは稼げるかと」
「え、そんなんあるの? 戦わなくていいの?」
そんなおいしい話があるのか。なら余生三十日より断然いいぞ。
「もちろん準備と用心は必要です。そこで坊ちゃん唯一の取り得ともいえるアレを供出いただければと」
オレの唯一の取り得、というか趣味の事を持ち出すリーデル。
「シャーリーンを、か」
「ええ、その通りです」
ま、使えるものは何でも使っていかないとな。
それよりも色々と気になる事がある。
「ところであのオークの言葉ってさ、どう思うよ? 親父に世話になったって言い方。アレって言葉の通りだと思う? それとも逆の意味だと思う?」
リーデルがアゴに手を当てて考える。
「……なんとも判断が難しいと思います。もしご当主様に本当に恨みがあるのであれば、わざわざ期限忘れなど忠告せず、お屋敷を取り上げるでしょう。あの態度も慇懃無礼かと言い切れるほど見下したものでもなく、戦人あがりの商売人にありがちな無愛想ともいえる範疇です」
そうなんだよねぇ。
露骨に嘲笑されてる感もなかったし。
もう一つ確認したい事をリーデルに聞く。
「そもそも、ウチってそんな借金するほど困ってる?」
「それはないかと。財務に関しては父がすべて管理させて頂いておりますが、貸付はあっても借入は耳にした事がありません」
「詐欺られたとか? 息子のオレが言うのもなんだが、ウチの親父はノーキンだろ? いい意味でも悪い意味でも」
「人が良いとおっしゃって下さい。しかし詐欺にあうにしても優しいご当主様だけならばともかく、私の父も一緒に、ですか?」
さすがにそれは厳しいか。
リーデルのイケメンパパは、顔もいいし性格もいいが頭もいい。天は二物も三物も与える場合がある。
オレの親父がリーデルパパ、つまりウチの執事さんに何も言わず、金銭絡みを決める事は無いと思う。
「とにかく事情はどうであれ、あのオークの言う利息分は稼がないとここで終わりってわけだな」
「そうですね、がんばりましょう」
リーデルが持っていたコアをオレに手渡す。
「……やだなぁ」
「がんばりましょう」
ぐいぐいと握らせてくる。
「……はい」
***
オレとリーデルは今、雲上の人である。
借金取りが現れた後、色々と下準備を整えての三日後が今日だ。
魔界から人間界へは、山を超えて、海を越えて、その他もろもろと面倒な場所を越えねばならない。
となると、現実的には空路か魔法陣転送のどちらかだが、魔法陣転送はちょっと特殊なので非常時のみにしか使えない。
どんなお大尽でも、たとえ魔王様であろうともおいそれとは使えない手段だ。
よって人間界へ行くときはだいたいが空路。それは当然俺たちも変わらないわけで。
「さむ、うううううう、さっむ!」
「ですから。そんな薄着では寒いと申し上げたでしょうに」
天高く空を翔ける飛竜の背に括り付けられた大きなカゴの中で、オレは寒さに震えていた。
人間界に行くのだからと親父のクローゼットをあさり、色々とオシャレをしてきた。
黒くてカッコいいロングコート。
同じく黒いスーツに黒シャツに黒いネクタイ。
茶色の革手袋と革靴、タイピンとカフスはシルバーだ。
ちなみにこのコーデはリーデルまかせである。
超イケてるカンジでよろしくと言ったらこうなった。実にイケてる。
と、まぁ、ビジュアル性能は振り切っているが、防寒性能がぜんぜん足りてない。
リーデルはいつもと同じ、ロングスカートなクラシックタイプのメイド服に、オプションでピンクのマフラーをしているだけだ。
そう。
まさかの、ピ・ン・クである。
しかしここでのツッコミはオレの命に干渉しそうなので、ノーリアクションを貫く。
それよりも、オレよりはるかに寒そうなんですが、なんでそんなフツーなの? サキュバスって寒さに強いの? などと凍えながら、リーデルを見ていると。
「さ、こちらをどうぞ」
あろう事かリーデルは、自分の巻いていたマフラーを差し出してくる。
さすがにコレは受け取れんわ。坊ちゃんなオレにも意地と遠慮とプライドがある。
「い、いい、いいから、お、おまおま、がつか、つか、え!」
寒さで歯がカタカタ言って言葉にならん。
「私は大丈夫ですよ。ですがご心配くださるなら、少々の無礼をお許しください」
マフラーをオレの首に巻いた後、オレのコートのボタンをあける。
「さむ、さむ! 脱がすな! なにしてん!?」
「この中でしたら暖かいかと。坊ちゃんも私の体温で温まってくだされば、双方良しですね」
リーデルがコートの中に潜り込んできた。
身長がオレの胸のあたりまでしかないから、襟から頭を出して全身はすっぽりだ。
けれどドキドキはしない。
フツーなら年若い男女が密着すると色々と想像がはかどるじゃない?
けどねー。
ないのよねー。
リーデルは美人だよ?
そりゃあサキュバス種族だからね? タイプは違えどサキュバスはみーんな美人ぞろいだ。
見慣れたオレですらたまーに見とれるってんですから、控えめにいってどんな男もイチロコですわ。
しかも、それだけじゃあない。この人、ただのサキュバス美人じゃないんですよ。
オレのコートの中でもぞもぞとポジショニングを始めたこちらのお方、実はエルフとのハーフでもある。
フツーのサキュバスと比べて魔力量も多いし、精霊との交信もある程度可能。
リーデルの容姿もそのあたりが色々と出ているわけで、誤解を承知で言うならばサキュバスは美人だが、どこかエロい美人ばかり。
一方リーデルさんはエルフの血が混じっているせいか、クールビューティー要素が強いんですよ。なんというか、お上品な顔立ちである。
さらに見た目だけでなく、リーデルパパ譲りの幻惑スキル持ち。
まさに才媛兼備、玉の輿どころか輿を積み上げて、戯れに燃やして遊べるレベルで男なんざ選び放題。
じゃあ、なんでこんな無敵美人がオレなんかの世話焼いてくれてるかってーと、リーデルの両親がオレの親父に戦場で命を救われた事が発端。
詳しい事は知らんけど、その時にリーデルのお母さんは彼女を身ごもっていたらしい。
つまりある意味で、ウチの親父はリーデルの命の恩人でもある。
なんかそんなカンジの恩義とやらで、今もリーデルパパは屋敷においてはウチの執事として、戦場では相棒としてついて回っている。
オレも親父が屋敷にいるときは大変お世話になっている。
あの人は超いい人で、オレがどれだけ引きこもっていても文句ひとつ言わないし、こそっと小遣いもくれる超絶イケメンインキュバスなのだ。
エルフのお母さんの方は会った事はない。
色々と問題のある結婚だったらしく、今は遠い所で暮らしているらしい。
この辺りの事情は親父なら知っているだろうが、オレが知る事でもないし興味本位で知ろうとは思わない。
と、まぁ、そんな流れでウチの屋敷で一緒に育ったリーデルである。
ガキの頃、突然やってきたイケメン紳士と美少女の娘さんにオレは全力で人見知りしたね。
その後はなんだかんだとあって、メイドとして親父に雇われたリーデルにお世話されるようになった。
最初は子供同士の遊び相手として雇った、みたいなもんだったが才女はスゴいよ?
いつの間にか料理スゲー上手くなってるし(食えなかった野菜すら美味い料理になる)、服とか自分で作っちゃうし(今オレが着ているリーデルのお父さんの服もコイツが作ったものだ)、オレの部屋なんてすみっこまで埃一つない(だからステキな本とか隠せない)。
完璧なメイドさんである。こうして危険な所までついてきてくれるほどにパーフェクトが過剰気味なメイドさん。
と、長くなったが一言でいえば、命の恩人の息子を手伝ってくれるとてもいい子だ。オレに対してのみ言葉と態度がたまにキツいが。
ですからね。
オレなんかと釣り合うわけがないの。
こんな密着しても、恐れ多くてそういう雰囲気にはならないの。
リーデルからしても、オレなんて良くて出来の悪い手のかかる弟分と思われているだろう。
今もメイドさんっさぽい事を言っていたが、実際は図体のデカいオレを防寒具がわりにしてるだけなんだな、コレが。
手のかかる主人ですまん。
オレがリーデルにお礼として返せる事はないけれど、いつか彼女が屋敷を出て誰かいい人と結婚する時には、全力でお礼を言って祝福をしたい。
「なんでしょうか?」
オレの視線に気づいて、襟から首を出しているリーデルが上目遣いでこちらを見てくる。
「おかげであったかくなってきた、ありがとさん」
オレは礼を言う。
リーデルも、こちらこそ、といつもの無表情で答えた。
――返済期限まであと二十七日




