よく見ると……顔色が悪いような、そうでもないような?
「坊ちゃんは私から離れないでくださいね。この辺りには中型程度の獣がいるようですから。これでも私、実は細剣が使えます」
昼食を終えたあと、リーデルと共だって森に入り果実採取に出かけた。
リーデルはすでに何度か一人で森に入っているので、勝手知ったる……というほどまでいかないが、すいすいと進んでいく。
腰にはさきの言葉通り、オシャレな感じの細い鞘を下げている。
美人が扱う武器と言えばレイピアだよね、よくお似合いです。ウチのメイドさんはなんでもできるんすねぇ。
一方、最強格と言われるオーガ種のオレも、今回は武器を用意しました。
オーガが戦場で使うオーソドックスなモノの一つで、実物がこちらになります。
オレは肩にかついだ丸太を見る。ええ、そのへんから引っこ抜いた木です。お金がかからないって素敵。
太さ的にはリーデルの腰くらいなので、あんまり力を入れるとすぐ折れそうだが、太すぎると片手でつかんで振り回せなくなってしまう。
理想の強度的にはリーデルのお尻くらいの幅があると心強いのだが……などと考えていたらリーデルが立ち止まっていた。
こっちを見ていた。
「坊ちゃん?」
訂正。
こっちをにらんでいた。
「な、なんだ?」
「……いえ。別に」
ふいっと顔を背けて、また歩き出すリーデル。
別にって……じゃあ何で立ち止まってたんだよと思うが余計な事は言わない。ここはもう戦場だ。うかつな言動が死を招く。
リーデルの案内に従って進むと、そこそこ大きな実をつけた木々が生えている場所に出た。
「では、坊ちゃんはあちらの黄色い実を。私では手が届かない所が多いので」
「まかせろー」
あの黄色くて丸いヤツは、甘みほどほどで、アッサリしててうまいんだよね。
オレは採取用に用意しておいた、大きめの麻袋を取り出す。
確かにこの高さはリーデルには厳しいだろう。ここは長身オーガ種の面目躍如といこうじゃないか。
オレはなるべく傷のないもの、あまり形がいびつではないものを選んでもぎとっていく。
味は変わらんだろうけど商品だからね。見た目は大事だ。虫食いとかはマズいだろう。
意気込んでバリバリ採取するオレをかたわらに、リーデルは地面のトゲトゲな草に紛れて生っている小さな赤い果実を摘んでいた。ちょっと酸味があるがアレもうまいんだよな。
そうして借金返済のために額に汗して働くオレたち。
ほどほどに採取した後はまた場所を少しずつ変えていって、袋が満杯になるまでそれを続けた。
ダンジョンに帰ってきたのは夕方を少し過ぎた頃だった。
「ふー。お疲れお疲れー」
果物であふれんばかりになった、合計三つの麻袋をコアルームのすみっこにそっと置く。
重さはさほどではないが、潰れないように気を遣うので、ちょっと大変だ。
リーデルも、特に潰れやすそうな果実を分けて入れておいた、小さ目の麻袋をその横に置いた。
「坊ちゃんもお疲れ様でした。すぐにお食事にしますね」
「ちょっと一休みしたら? 帰ったばっかでしんどくない?」
オレより体力がないはずのメイドさんの方が、オレよりシャキっとしてるのはおいといて。
リーデルだって帰宅早々に料理とか大変ではなかろうか。
「え? いえ? 坊ちゃんのご飯の用意は大変でもなんでもないですよ?」
「そういうもん?」
「そういうものです」
そういうものらしい。
「じゃあ、まぁ。よろしく。実はめっちゃ腹減ってる」
「ええ、存じてますよ」
リーデルがくすくすと笑って食事の用意を始めた。なんか機嫌いいな。
屋敷にいた時は無愛想っていうか、ほとんど笑わないんだけど、こっちに来てからよく笑顔を見る気がする。
そうしてオレが出来上がった夕食をほおばっている間、リーデルはさきほど摘んだばかりの果実の皮をいくつかむいてくれて出してくれた。
リーデルもおいしそうにそれを食べているのだが。
「え、お前の夕飯それなの?」
「おかしいですか?」
おかしいだろ。果実がメシになるとかどういう体の構造なんだ?
屋敷にいた時は、使用人と一緒に食事をするのはよろしくないとリーデルパパに言われていたので気づかなかったが……。
こっちに来てから一緒に食べたり飲んだりするようになって、いくつか疑問に思う所が出てきていたので、ちょっと聞いてみる。
「いや、肉とか食わんのかなって。パンも固焼きのだけどたくさん持ってきたじゃん?」
「お肉ですか? 一昨日食べましたよ?」
一昨日って……アレか? なんかオレの肉を取り分けた後の、端切れみたいなやつ。
「オレがたくさん食うからって、遠慮して食べてないんじゃないのか?」
「いえ、特にそういうわけでは。このあたりは獣も簡単に捕れますし、罠もいくつか仕掛けてありますから。あ、坊ちゃんが足りないというのであれば、もう少し多めに捕ってきますよ?」
ストックが心元ないからという理由で遠慮しているわけではないらしい、というか遠慮しているわけではないっぽい。
という事はあれしきの量で足りてしまうのか。肉が。お肉が。お肉様が。
「うーむ」
ショリショリと果実を食べつつ、ワインを飲んでいるリーデルを、つい不思議な生き物を見るような目で見てしまう。
そりゃあんな細い腹にたいして入るとは思わんが、それでももう少し食わないと病気とかにならないだろうか?
あと、ワインも飲みすぎではなかろうか? オレは自分が酒を飲まんから適量とかわからないんだが、どうなんだろう。
屋敷とは違ってここでは体力勝負のダンジョンだ。
リーデルにやっている就寝前のマッサージなんて素人の真似事だし、リフレッシュ効果もあやしい。
なんかあってからでは遅い。魔界ならヒーラーを呼んで診てもらうという事もできるがここではそうもいかない。
リーデルの顔色を見る。機嫌が良いか悪いかという意味ではなくて、まっすぐに顔色を見る。
白い肌にほんのり赤みが差している。酒のせいだろうか? いや、本当に酒だけのせいだろうか?
「なんですか、坊ちゃん?」
「いや、何でもない……事はないんだが何でもない」
「本当になんです、それ?」
別段、ろれつが回っていないとか、テンションが高くなっているとか、そういう変化はない。
ジーっと観察する。
「その。あまりじっと見ていられると食べにくいんですが……」
リーデルが目をそらして、食べる手を止める。
心なしか顔がさらに赤くなった気がするし、もともと細い食がさらに細くなってしまう。これはマズい。
やっぱりリーデルは本調子ではないのではなかろうか?
いかん、なんか怖くなってきたぞ。
オレは自分の前にこんもり盛られている肉を見て、その皿をリーデルに差し出す。パンの入ったカゴもずずいっとリーデルに押しやる。
「やっぱりちゃんと食った方がいいんじゃないか? お前の食ってるとこ見てるとなんか色々と不安になる」
「え、いえ。そう言われましても……ちゃんと食べていますよ?」
歯型のついた食べかけの果実を見せてくる。
あんな小さな果実ですら一口で食べられないというのが、さらにオレの不安を増大させる。
「せ、せめてパンも食え、な?」
「はぁ……ですが、私には少々固すぎまして……」
腐らないようにと、保存の目的で堅く焼いてあるパンだ。
オレは歯ごたえがあってけっこう好きなんだが……むむ、アゴの力というのもあるのか。
「これは由々しき問題だ。リーデルが病気になりそうだ」
「は? ええと、どういう事ですか?」
リーデルは事の重大さがわかってない。自分の事だというのに困ったヤツだ。
しかし柔らかいパンなんて手に入らない……いや、待てよ。
「なんか人間の街が近くにあるんだっけ?」
「ええ、ございますよ。様子を見つつ魔界で売れるものも仕入れる予定でした。後日メーカーから届くお詫びのマンドラゴラがございますでしょう? あれの換金も都合が良いのでそちらで行おうかと」
「あ、魔界で売るわけじゃないのか」
「帰ってからでは、買い手を探すところから始めないといけません。それですと返済期限までに間に合わないかもしれませんから。それに魔界よりも人間界の方が高値になると思います。さらに今申し上げた、仕入れる予定だった魔界で売れるものというのは人間の貨幣です。こちらは魔界で特に人気の商品ですから、すぐに換金できますしね」
ほー。
っていうか、なんかどこかで聞いた事があるな。
「なんだっけ。人間の街で生計を立ててる魔族に売れるんだっけ?」
「左様です。特にサキュバス、インキュバス系統の独り立ちの際など、保護者が贈る事が多いですね。他にも人間界に出入りするような職業の方、例えば魔道具職人さんとかにも需要があります。あとは私たちのように、何かしらの理由で必要になる者など、人間の貨幣は常に不足気味で人気商品です」
「なるほどなぁ」
「今回、私も些少ですが用意して参りましたよ。こちらです」
小さな革袋を取り出したリーデルが、人間の貨幣を見せてくれた。
中身は銀貨と銅貨が半々、といったところだろうか。
「高額貨幣の白銀貨や金貨よりも、贋金を疑われない銅貨と銀貨が人気です」
それもなるほどだ。
見知らぬ相手から高額取引をするとなると、やっぱり本物か偽物かという疑いもでてきそうなものだし。
逆にそんな高額貨幣を扱うレベルなら、自前で人間の貨幣は用意できるだろうから商品としての需要は少ないってわけかな。
「じゃあ、その時にリーデルが食べられそうなパンも買おう」
「いえ、私はそれほどパンが好きというわけではありませんし」
「好き嫌いはよくないぞ。昔お前にさんざん言われた」
「坊ちゃん、子供のころは偏食が過ぎていましたから。甘いものばかり食べていたではないですか?」
確かに。親父の客が持ってきた菓子とかよく隠れて食ってた。
だがリーデルパパがすぐ隠してしまうから、苦労して探していた覚えもある。
ちなみに隠された菓子を見つけるのは、九割がた共犯者の方だった。
花瓶の中、絵画の裏、果ては金庫にまで手を出していく勇猛さに、オレはあとで怒られないだろうかとビビリながらついていったもんだ。
「なんだよ、よそからもらった菓子とか一緒に探して食ってたじゃんか。親父の書斎に躊躇なく入り込んで、棚とかバンバン開けていくお前の背中についていくので精いっぱいだったぞ」
もちろん共犯者は、目の前でお澄まし顔しているメイドさんだ。
「……そんな昔の事は覚えておりませんし」
ふいっとそっぽを向くリーデル。ぜってー覚えてるぞ、この態度は!
――返済期限まで十三日




