なだめるのは上手くないけど、やっぱり笑顔で欲しい。
コアトークを終えて数時間後、飛竜便はその日の真夜中に到着した。
夜でも高速で飛べる飛竜というのは貴重で輸送費も通常の以上なのだが、すでに支払い済みだった。
実験助手代という事でうけたまわっています、と飛竜便のマスターから伝えられたので、せっかくのご厚意に甘える事にした。
オレは来た時と同じ木箱におさめたシャーリーンを、再び飛竜の背にくくりつけ、夜空へと消えていくのを見送る。
「これで一安心、かな」
師匠なら間違いはない。少なくともゴーレムに関する事は。
「リーデル、中に入ろう。夜はちょっと冷えるぞ」
「……はい、坊ちゃん」
別にわざわざ外まで出てこなくてもいいと言ったんだが、黙ったままちょこちょこオレの後ろをついて回るので、無理に言う事をきかせる事もないかと好きにさせているのだが、どうにもやりにくい。
「なぁ。いつまでもそんな気に病んでないでさ。師匠も言ってたろ? シャーリーンは最高の仕事をこなしたって。それに師匠の試作ボディを貸してくれるってんだから、心配いらないって」
「……そうでしょうか?」
「ああ、そうさ! 師匠の作品っは進む方向が間違ってることはあっても、性能が悪いって事はないからな」
天才ってたまにヘンな事をするからね。少なくともオレには理解できない事を何度もしている。
例としては……ああ、そうだ。
むかーし師匠が作った、動かないゴーレム、というのが過去最高に理解できなかった。
ゴーレムとしての機能を完璧に備えているのに、あえて動かないように関節を固めたゴーレムを作ったという。
師匠いわく『ゴーレムが動くのは当然だけど、あえてゴーレムを動けなくする、というのは意外性があると思わないかい? それは動けなくなったゴーレムとは明確に違っているわけで、少し手を入れればすぐに稼働できる、そういう可能性を内包している存在であり――』と、えんえん説明された。
師匠は実に楽しそうに自身の斬新? なアイデアを披露していたが、オレにはさっぱりわからなかった。
オレにとっては師匠の言う、動く機能があるのに動けないゴーレム、というのは不良品にしか思えないし、動けなくなったゴーレムがあるなら、ちゃんと直してあげましょうとしか思えなかった。
しかし、熱く語り続ける師匠には、どうにもオレとは違う何かが見えているようで口出しできなかった。
哲学とか概念とか、多分、そういう目に見えない何かの範疇の話だろう。
それからいくばくかの月日が経って再会した時、そのゴーレムのその後を聞いたが、師匠は難しい顔をして『誰も理解してくれなかったんだ……』と悲しい顔をしていた。
ちなみに動けなくしていたゴーレムは、無事に動ける普通のゴーレムに再調整されたらしい。よかったよかった。
つまり、そんな事もあったりするのだが、今回はオレの状況と使用目的を承知した上で、試作ボディを貸し出してくれるというのであれば、多分、大丈夫だろう。
その夜、リーデルがマッサージを遠慮するので、なかば強引に、かつ丹念に揉んでやったら、最後にはちょっと笑ってた。
***
シャーリーンがいなくなった、初めての朝。
などと、シンミリ言ってみたところでオレの朝に変わりはない。
リーデルが作ってくれた朝食をいただき、あとはリーデルの邪魔にならないようにベッドの上でゴロゴロする。
これだけだ。
ダメなヤツと言ってくれるな、自覚はしてる。
でも何もできないんだよ! なんかすると怒られるんだよ!
むしろ何もしちゃいけないという役立たず感という、精神的ダメージがものすっごい心に刺さる。
一方、リーデルは皿を下げると、細々とした洗い物も一緒に持って外の滝へと出ていった。
その際、ちゃんと目玉ちゃん達で外の安全を確認している。
それほど時間もかけず、きれいになった食器やらなんやらを持って戻ると、リーデルは自分の所定の位置になったコアの埋まっている白いテーブルにつく。
流れる数字や文字を確認しつつ、時折、考え込んだりしながら何かやっている。
ずっと働いている。大変そうだ。
「……オレは……無力だッ」
などど、ちょっとカッコつけながら己の無能さに悶々としていると、ダンジョン入口で監視任務についているベータレインボーから映像が送られてくる。
やたら発色のいい映像には、木箱を抱えた『栄光の架け橋号』が直立不動のまま待機していた。
「『栄光の架け橋号』が戻ってきたな」
オレの唯一の仕事の時間だ。
ベッドから跳ね起きコアルームから出ると、洞窟入口で隠れるようにして待機してる『栄光の架け橋号』から木箱を受け取る。
「ご苦労さん。そのままちょっと待っててなー」
『栄光の架け橋号』にそう声をかけて、オレはコアルームに戻る。
白い部屋に戻れば、すでにリーデルが床に大きな布を敷いて待っている。
「坊ちゃん、こちらにお願いします」
「おいさー」
木箱のフタを開き傾け、中身をゆっくりと転がしていく。
色とりどり、大きさも様々な果実がゴロゴロと布の上に広がっていく。
「おお、なんだかんだで『栄光の架け橋号』も時間をかければ集められるな」
当初、シャーリーンと比較すると小さな果実と柔らかい果実の採取に難があった。
しかし、それ以外であれば採取は可能だったので、今朝から果実採取にあてている。
「『栄光の架け橋号』での果実採取は昼までくらいしとこうか。お姫さんの件もあるし」
このあたりには盗賊もゴブリンもいないと判断したはずだが、何があるかはわからない。
シャーリーンよりも戦闘力の低い『栄光の架け橋号』だ。もしお姫様たちに見つかって囲まれればあっという間にやられてしまうだろう。
だが、それでも果実を集める必要があるので、リスクを承知で回収作業をさせていた。
「そうですね。すでに注文を受けた分だけでも発送いたしませんと、お家の評判にも関わりますし……少しの時間だけでも採取に回すべきかと」
「家名の信用を使っての商売だからなぁ」
実際のところ、お客さんの目当ては配達するちょいエロメイドさんだろうが、こちらにも建前というものがある。
確かに果実はリーデルがお届けに上がるが、その後ろから見た目だけはゴツいオーガもついてくる。
その絶望、察するにあまりある。
せめて果物だけはちゃんととどけてやりたい。少なくともそれで詐欺とは言われまい。
「申し訳ありません」
まだ見ぬお客さんに心の中で謝っていたら、リーデルがオレに頭を下げる。
「何でお前が謝るんだ?」
「元はといえば、私が黙ってこんな内職を始めなければ」
「利益も出てるし、その収益を使ったのもオレの意思だよ。この発案はお前がいなきゃなかったし、そもそもお前がいなきゃゴーレムを増やせるほど売れてないんだ。オレがピースして写真載せても絶対に売れてないからな。くそ、イケメンに生まれたかった!」
「……坊ちゃん。ありがとうございます」
というわけで採取は続行するもの、採取の難しい小さな果実や柔らかい果実に関してはシャーリーンの帰還待ちだ。
シャーリーンがいつ師匠の所から帰ってくるかはわからないし、そもそも試作ボディの仕様によっては果実採取ができない可能性もある。その場合はオレかリーデルがなんとかして集める必要があるな。
「余裕があったのは最初だけだったなぁ」
ずいぶんとギリギリ感が出てきてしまったが、まだ順調の範疇だろう。
少なくとも撤退がチラつくような状況にはなっていない。
――などと、自分に順調と言い聞かせていたのもつかの間。
お昼近くになったので、『栄光の架け橋号』に本日はこれで最後と、果実採取を切り上げさせ帰還させようとした時。
「あれ? なんか『栄光の架け橋号』おかしくないか?」
森から出て、湖の前に姿を見せた『栄光の架け橋号』だが、どうにも動きがおかしい。
アルファアイの監視映像に映し出された『栄光の架け橋号』は、足元がおぼつかないというか、動きがいちいち止まるというか、歩行がぎこちないというか。
少なくとも正常稼働はしていない。
「リーデルー? 今、手あいてるー? ちょっとこれ見てー」
コアルームの奥の方で何かを片付けていたリーデルを呼ぶ。
「はい、なんですか? ……あら?」
やっぱりか。すぐに気づくほど動きがおかしい。
「稼働させて間もないぞ? おいおい、不良品じゃないよな?」
「私、メーカーに問い合わせてみます」
リーデルがコアテーブルに向かい、『栄光の架け橋号』に添付されていた保証書を片手にメーカーとコアトークをつなげる。
「危なっかしいな。『栄光の架け橋号』はそこで待機、動くな」
転倒でもしたら、別の個所に故障やトラブルが発生しそうだ。あわてて停止命令を出す。
「ちょっと迎えに行ってくる」
リーデルはすでにコアトークを始めていて、目線をこちらに向けてうなずく。
コアルームを出て湖までダッシュする。
オレがたどりつく短い間までに『栄光の架け橋号』は直立状態ではなく、地面に座りこんでいた。
「これって安置になってるのか?」
ゴーレムは動力源であるマナがなくなった際、事故や故障防止のための安全機能が働く。
だいたいは転倒のおそれがない姿勢になる。
「って事は燃料切れ? 戦闘行動も無しに? 今朝もちゃんとマナは補充したぞ?」
通常、ゴーレムは活動に必要なマナをコアに貯蔵している。
その貯蔵可能量や活動時間などは、コアの質やゴーレムの大きさによってまちまちだが、少なくとも『栄光の架け橋号』の場合、果実採取などの命令なら一回のマナ補充で一週間は稼働できる。
戦闘行動や長距離移動、高速移動など、通常稼働よりも激しくマナを消費する行動をとれば、その分減りも早いが、それだって朝に補充して昼に枯渇するなんてありえない。
オレのマナ補充に不手際がなければの話だが。
「普段、マナ補充とかしないからなぁ」
ちなみにシャーリーンは……師匠のあまり表立っては言えない改造のため、基本的に補給の必要がない。
シャーリーンのコアはダンジョンコアのごとく、周囲のマナを吸収して自動補填するため、短時間でよっぽど激しくマナを消費しない限り補充の必要がないのだ。
補給が不要のゴーレムというのは、何かしらの理由で制御不能になったら大事故につながるため、言うまでもなくダメな仕様なのだが、師匠いわく『大丈夫、ボクが作成した時はまだ禁止されてなかったから!』と笑顔で言われた。
そうまでハッキリ言われると、そういうものかと納得してしまうが、これ、どうなんだろう?
制作時にはオッケーであれば、現行で使用しても良いのだろうか?
けれどこれがダメと言われると、大戦時から使われている古い武器や建築物とかもアウトだろうし。
いや、個人所有の兵器とは事情が違うか?
……まぁいいや。なんかあったら師匠を頼ろう。
昔から心の片隅にあった不安の種を思い出してしまったものの、それを再び心の棚の奥のほうにしまい直し、『栄光の架け橋号』をかついでリーデルの所へ戻る。
コアルームに入ったとたん、リーデルがあきらかに怒っている声が聞こえる。
「すでに回収再整備案件になっている? ですが、購入時にそういった注意喚起はありませんでしたが?」
オレはコアトークの邪魔にならないように、そっと『栄光の架け橋号』を静かに降ろす。
「ええ、はい……ええ……それで? 具体的にはどういった対処をしていただけるのですか?」
だんだんと声がキツくなってきた。
これは怒ってますね。かなり怒ってますよ。
身に覚えがたくさんあるオレが言うのだから間違いない。
「つまり……御社の不手際で、私どもは命の危機にさらされているというわけですか?」
確かに命の危機と言えばそうだし、可能性が高まった事は事実だけどね。
けれど対応してるが全て悪いわけじゃないからなぁ。ゴーレムっていうのは精密で繊細だ。些細な事がもとで活動に支障きたす事だってある。
そこをうまく面倒みてやるのも、ゴーレムの妙と粋ってやつなんだけど、状況が状況だしそうも言ってられない。
それにリーデルみたいなフツーの人からすれば、ゴーレムなんて高い道具だ。それが初期不良となれば、お怒りもごもっとも。
……いや、オレや師匠がフツーでないとかそういう話ではないよ。
そんな事を考えつつ、オレはリーデルの怒りの矛先となってるコアトークの相手にごめんなー、と思いながら静観していた。
「わかりました。では、さしあたってはその対応でお願いします。いえ、それには及びません、主人には私の方からお伝えしておきます。ええ、はい。では、申請に必要なコアメールをすぐにお願い致します。主人は普段は温厚ですが、ダンジョンを営むオーガ種という事に違いはありませんからね? 私としてもできる範囲でしか説得はできませんよ?」
え、普段は温厚なオーガってオレの事だよね? 普段以外は温厚じゃないって思われている? 自分でいうのもなんだけど、オーガ種の中じゃトップクラスに温厚な方だと思うよ。なんなら口ゲンカでも最弱が狙えるくらいに。
「……あら」
ようやくリーデルが、オレが戻った事に気付きつつも、変わらずあちらさんとは怒ったような口調で話しながら、悪戯が見つかった子供のように舌を出して微笑んだ。
つまり今までの会話は怒ってるフリだった。
怖い。
何が怖いって、長いつきあいのオレが、いまだに騙されるぐらいの演技力が怖い。
今後は、怒っているように見えても、本当に怒っているかどうか見極めなければならない。
もし、機嫌が良さそうと思って調子に乗ったら、実は不機嫌だった場合、自分から死地に飛び込むことになる。
具体的には今まで、そういう時を狙ってつまみ食いとか、隠されていたお菓子とか盗み食いしていたが今後は控えよう。
――返済期限まで十三日




