能才溢れる師匠からありがたい提案が!
シャーリーンの姿を認めた騎士団、特に姫騎士の判断は早かった。
『全員、散開! 囲め!』
号令に従って、騎士達がシャーリーンを囲むようにして動き出す。
一方のシャーリーンも状況を判断したのか、木箱を足元にそっと置くと(そこは投げ捨てても良かったよ?)頭をぐるりと一回転させて騎士達の数と装備を確認する。
「くそ、どうする!?」
「坊ちゃん、落ち着いて下さい! まず、絶対条件としてこの洞窟の入り口だけは露見してはなりません!」
「そうだな、その通りだ」
「で、あれば。ゴーレムを森の中へと移動させて、騎士団をここから遠ざけるべきかと」
「ぐぐ、やっぱりそうか、それしかないか!」
わかってはいたが、そうなるよな!
「坊ちゃんの大事なゴーレムというのは重々承知ですが……」
「わかってる。皆までいうな。オレはともかく……」
ちらりとリーデルを見る。
頭もよければ顔もいいが、腕っぷしだけは女の細腕だ。
オレだけなら、なんとかなるかもしれんが、リーデルにまで危ない目に合わせたくない。
「騎士団、戦闘行動に入りました!」
「くそ、早いな! だが剣や弓矢なんぞ、いくらでも……」
シャーリーンのボディはなかなかの硬度を持っているし、特に魔法攻撃に対しては高い耐魔性能のある特殊鉱石だ。
伊達に金をかけてはいない。ちょっとやそっとの攻撃なんぞでは……。
「剣ではなく、木づちを持っています! あと、弓矢でなくスリングを構えています!」
「なんでそんなモン持ってやがんだよ!」
ゴーレムは物理的に高い防御力を持っているが、それを破壊しうるのもまた物理攻撃だ。
剣や弓矢などといった斬撃や貫通攻撃にはめっぽう強いが、面で来る衝撃だけはどうしても効いてくる。
普通の騎士はそんなものを持っていないので安心していたのに、木づちやら投石はマズい。これらの攻撃はゴーレムにそこそこ効く。
「ゴーレム、すでに外装に軽微の破損が発生しています!」
「おわわわ、仕方ない、シャーリーン! 森の中へ逃げ込め! あとで迎えに行って、必ずきれいに治してやるからな!」
モノクロ映像の先にあるシャリーンに念じて命令すれば、それを受信したとばかりに"オォォォオオオン"と雄たけびを上げていた。
シャーリーンは近くの騎士達に腕を振るいながら、森から出てきた道を引き返して移動を始める。
『逃がすな、ここで仕留めるぞ!』
姫騎士が即座に追撃を命令する。くっそ、容赦ねぇな!
シャーリーンは騎士達に囲まれながら、森の奥へ奥へと消えていった。
***
夕暮れに森が赤く染まるころ。
オレは両ひざを地につけて悲しみに暮れていた。
「ああ……シャーリーン……」
オレはシャーリーンと騎士団が消えた先に向かい、かなりの距離を歩いた先にシャーリーンを見つけた。
「坊ちゃん……」
リーデルが後ろからオレの肩にそっと触れる。
「両手足は破壊されて……ボディもフレームからして曲がってる……」
この外装はもうダメだろう。
だが。
「けどコアは無事だ。これなら治してやれる……」
ボティの中心内部に据えられた、ボディの素材よりさらに堅い球体防核に損傷は見受けられない。
なら、この中に収めてあるゴーレムコアは無傷のはずだ。
「よくやった、シャーリーン。立派だぞ。お前はオレとリーデルを守ってくれた」
オレは悲しみつつも、シャーリーンを褒めてやる。そして手足を失って軽くなったボディを担ぐ。
「坊ちゃん、大丈夫ですか?」
リーデルが今までに見た事ないぐらい、切なそうな顔をしてオレを見てくる。
なんか、ものすっごい気を使われてる。
だが、見損なってくれるなよ?
ゴーレムってのは兵器だ。
撫でて愛でて金庫にしまっておくような宝石じゃない。
であるなら、今シャーリーンは立派にその存在意義を果たした。
それはゴーレムマスターとして誇るべきだ。
「そんなに心配しなくてもいいって。確かにシャーリーンが壊れたのはツライけど、おかげでダンジョンはバレてないんだからな」
「でも……でも、坊ちゃんが大事にしているゴーレム……」
なんか言葉まで舌足らずになってきたな。
メイドさんになる前のリーデルみたいになってるぞ? お前の方が大丈夫か?
「いいからいいから。これくらい……とは言わんけど、直る範疇だ。きっと師匠ならすぐになんとかしてくれるはずだ」
ちなみにシャーリーンは魔改造がすぎてメーカー修理対象外だ。
ま、メーカーもとっくの昔になくなっているから意味ないが。
となると、頼みの綱は師匠のみである。
普段、女性に話しかけられた時などには、盾になってお守りするかわいい弟子の頼みだ。
師匠の渾身の作品でもあるシャーリーンをここまで破壊されてしまったので、怒られるかもしれないが、きっとなんとかしてくれるだろう。
……そういえば師匠が怒った所って見た事ないな。
普段怒らない人が怒るとおっかないっていうし、少々覚悟を決めておかないとダメかもしれない。
***
ダンジョンに戻ってすぐに師匠に連絡を入れる。
『素晴らしい!』
師匠はコア越しにボディだけとなったシャーリーンを見てそう言った。
「素晴らしい? え、えっと。オレがもっとうまく運用できていれば避けられたかもしれません。師匠の会心の作品をこんな……」
『いやいや、何を言うんだい? 最高の運用じゃないか! 聞いた状況の中では、考えうる最高のパフォーマンスを発揮している。さすがボクの会心作だ!』
「そ、そうですか?」
シャーリーンが壊れた事に関しては何もお咎めがない。
むしろ最高と連呼しているのはどういう意図だろうか。
『キミはゴーレムを壊してしまった、あるいはそういう状況に置かれてしまった事を悔いているようだけどね』
「は、はい」
『そういう時の為の備えとして投入しているのだから、そういう状況に置かれた時、守るべきものを守る事ができたというのなら満点じゃないか? それも王族が率いる騎士団相手にだって? しかもダンジョンの入り口からかなりの距離を稼いだのだろう? 素晴らしい働きだ。もはやただの満点じゃない、花丸つきだよ! 責める点など皆無、褒める所しかないじゃないか!』
ゴーレムがらみだと饒舌な師匠だが、今の師匠は輪をかけて舌がまわっている。
「そう、いうものですか?」
『繰り返すようだけど、キミ達を守る。これ以上のオーダーは存在しない。洞窟が露見すれば、キミ達は一気に危険な立場となっていたよ? そりゃあ、もしかしたらゴーレムを損壊させずに騎士団を追い払う手段や可能性もあったかもしれない。だが、かもしれない、などは無意味な仮定だ。結果を知って後から考える方法が優れているのは当然の事なんだから。むしろ後悔できる時間を得ている現状に喜ぶべきだ。死者は後悔すらできないんだよ?』
師匠はオレを慰めてくれている、というわけではなさそうだ。
本当に本心から自分の考えを語っているのだろう。
含蓄というか、経験からくる助言というか、そういったものが言葉の節々に込められている。幼い外見であるが、やっぱり年上らしく人生の先輩でもあるのだ。
「それで、ですね。厚かましいかとは思うのですが」
『ああ、いいよ。まかせておきたまえ!』
「まだ何も言ってませんよ?」
『ゴーレムの事なら言葉は不要さ。ボクの会心作、そして今はキミの相棒のシャーリーン。ボクが元通りにしてみせよう!』
ニッコニコの笑顔で師匠は請け負ってくれた。
「修理代ですが、少し待って頂いてもいいですか?」
『もちろん。ある時払いの催促なしで構わないよ』
ここでタダと言わず、いつでもいいと言ってくれるのが師匠のいい所だ。オレを同じゴーレムの友として扱ってくれると感じられる。
『ただ、やっぱり時間は相応にかかるよ? 素材の取り寄せからだから、それだけでも時間はかかるだろうね。少なくとも今回、キミ達に与えられている時間内には難しいと思う』
「……ですよねえ」
『ならここで一つ提案だ』
「え?」
『最近、試験的に作ったボディがある。それにシャーリーンのコアを一時的に換装して運用してみるかい?』
「いいんですか?」
代替ボディを貸してもらえば、すぐに二体運用の防衛体制に戻れるし、願ったりかなったりだが。
師匠にも何かしらメリットがないと、オレとしても心苦しい。
『ただ、ちょっとだけ協力をして欲しい。実はそれ、要人のボティガード用に試作していてね。実践データが欲しかったところなんだ。キミ達のプライバシーに関与するデータは採取しないと誓った上で、データ収集に協力してくれないか?』
「それは構いませんけど。具体的にはどんなデータですか?」
『稼働中のデータ全てさ。護衛対象に追随する適正距離を色々と試したり、襲撃が予想される状況でどう動くべきかとか、襲撃された際の動きは想定通り正しくできるか、などなど、あるゆる全てのデータを採っていきたい。キミたちに何か手間や手数をかける事ないよ』
「その程度の事でしたら、お好きなようにしてもらって構いませんけど」
『そうか、ありがとう! 外装はこれから形成するから少し時間をもらうけどね!』
「いえ、こちらこそありがとうございます」
『……それで、えっと……』
「……」
『……』
話はまとまったように見えるが、オレと師匠は同じ場所をチラッと見る。
オレの後ろ。やや距離を置いた場所。
そう、リーデルだ。
オレと師匠が盛り上がっていると必ずなんかしら言ってくるリーデルが、今回は一言も発しない。
あとで色々と文句を言われるのもイヤなので、一応の確認をしておく。
「リーデル。ここまでの話でなんかマズいとこってある?」
「……いえ。坊ちゃんのお師匠様、そのご厚意に感謝申し上げます」
『あ、いえ、そんな……』
深く頭を下げるリーデルに、師匠も反射的にお辞儀を返していた。
師匠が小声で問いかけてくる。
『彼女……大丈夫かい?』
「あー。気にするなって言ったんですけどね。なんかシャーリーンが壊れたのは自分のせい、みたいに思い込んでいて」
『責任感、強そうだからね』
「どうにか元気づける方法ありませんかね?」
『それをボクに聞くかい? 女心をボクに聞くのかい?』
彼女いない歴が年齢の二人がヒソヒソと相談するが、答えが出るはずもない。
『とにかく。まずはゴーレムコアの換装をしないとね。時間が惜しい。すぐにシャーリーンのボディを送ってくれるかな? ああ、いや、ボクが手配する方が早いな。梱包だけ済ませておいてくれるかい?』
「何から何まで。ありがとうございます」
『何てことないさ。ただ、こちらに輸送、換装作業、そちらに再度輸送、となると、やっぱり数日はかかると思うから、それまで現状の戦力でなんとか頑張ってね』
「ええ。師匠もお忙しいでしょうに。ありがとうございます」
『そう何度も礼なんて言わないでくれ。ボクの未来の師匠になるかもしれない弟子の為だ、なんだってしてあげるさ! 試作ボディの加工も全力で仕上げるから、期待して待っていて!』
師匠は照れ隠しにそんな冗談を言いながら、コアトークを終えた。
この人と出会えたことは、人生で最高の幸運だったと思う。
――返済期限まで十四日




