ひっきり無しに届くメールの内容が……。
リーデル自撮り事件から三日。
何事もなく時間は過ぎていった。
返済日まで今日を含めてあと十六日と迫っているが、マナの貯まり具合は予測通り余裕すらあるそうで、その点は心配いらないようだ。
だが、ダンジョン経営というのは予測通りの数字が出ていても、予想通りには進まない。
それを初日から思い知ったオレたちは、追加戦力に関して打ち合わせをしていた。
具体的にはそれを調達するための予算について。
コアに貯めたマナを現金化するのは、コアを魔界に持ち帰り、マナを買い取ってもらわないといけない。つまり、すべてを終えて撤退してからでないと不可能で、手元にはお金がない状態だ。
"ユーガッチュメー"
よって、新規でローンを組もうというのがリーデルの案だった。
このコアに貯まったマナを売ったお金は、まずオーク野郎が提示した金額を返済。
それでも余るであろう金額内のローンであれば、問題ないというリーデルの判断だった。
確かにそれなら借金の自転車操業は避けられる。
オレだって二度も人間界でダンジョンにこもりたくない。
「コレいいなぁ」
そういった事情を師匠にコアメールしておいたので、昨日の夜に師匠からオススメのゴーレム情報一覧が届いていた。
師匠のチョイスだけあって、どれもコスパがいい。
お買い得、セール中、期間限定。そういった情報を、様々な価格帯でいつでも比較ができるのは、常にゴーレムの情報に触れているからだろう。
あの情熱はどこ来るのかというのを一度、師匠にたずねた事があった。
『考えた事もないし、あらためて考えた所でわからないさ。ボクはただゴーレムが好きなだけで、そこに理由なんてないんだから』
と、いつもは見た目に不相応な老齢じみた口調がその時は感じられず、子供のような笑顔で返された。
"ユーガッチュメー"
「師匠にとってゴーレムは人生なんだな」
「坊ちゃん。しみじみ感じ入っている所申し訳ありませんけど、あの方とはあまり健全なお付き合いをされていないように思いますが」
失礼な。
「師匠相手に、アレ以外のおつきあいなんてないぞ。天気の話をしていてもいつの間にかゴーレムの話になるからな」
「坊ちゃんも天気の話、お好きですよね」
オレのは高度な話術だ。
ちなみに師匠に以前、今日はいい天気ですねと言った時、あの人は天候に対応するゴーレムを種類別に複数隊用意して運用するか、全天候に対応できる万能ゴーレムを運用するべきかは永遠のテーマだよね、とか言われた。
いい天気、から、即座に永遠のテーマが出てくるのだ。
多分、いくつも永遠に悩みそうなテーマを抱えていそうだけども。
「別に誰かに迷惑は……ちょっとかけてるかもしれんけど、悪意はない人だから」
「あの方がどうなろうと構いませんが、坊ちゃんがあまり影響されるとお館様もご心配されますよ」
「けど、けっこう甘いよね、ウチの親父って」
「そうですね。私でしたらこんなひきこもりになる前になんとか致しますが。出会った時から、こうでしたものね」
「子供のころは純粋に家で遊ぶのが好きだったんだよ。なんだよ、リーデルだって、おままごとしようってさんざん言ってきただろ」
「そんな昔の話。忘れました」
ふいっと顔をそむけるリーデル。
"ユーガッチュメー"
お互いガキの頃に出会ったからね。リーデルがメイドさんになったのはずいぶんと大きくなってからだ。
リーデルパパは出会った時にはすでに最初から親父の部下? 戦友? 副長? なんかそんなカンジで、親父と一緒に戦場を転々としていた。
親父が英雄として男爵になったあたりで、ちょっと腰を落ち着けるという事となり、執事さんになっていた。
以後は屋敷を整え、親父とオレの二人の面倒を見てくれていた。
それから気が付けばリーデルがメイドさんになっていたのだ。
「そんな事より。ご提示した予算で何か良いものはありましたか?」
「ん? あー、うん。あるにはあるんだけどなぁ」
師匠がリストアップしてくれたゴーレムは、どれも値段を考えればお買い得な性能だ。
だがやはり金額相応よりちょっと良い、程度になってしまう。
あと一声。あとちょっと足せば。というゴーレムメイカーの沼がここにはある。
「シャーリーンほどの性能はもともと期待してない。あくまで威嚇と警戒と考えればこのあたりでもいいかなぁ」
"ユーガッチュメー"
「そのお声からして、あまり納得はできていないというところですか?」
「上を見ればキリがない。今ある予算で決めるならコレかなっていうか……あのさ?」
"ユーガッチュメー"
「うるっさいよ、さっきから! なんでそんな"ユーガッチュメー""ユーガッチュメー"ってメールがこんなに頻繁に来てるんだよ!」
オレが師匠からのお得情報を映し出しているコアから、着信のお知らせが鳴り止まない。
「ああ、そちら、私あてのメールかと」
「いや、それにしたってちょっと多くない? というか、コアを持ってるような相手に知り合いがいたの?」
確かにダンジョンコア独自の機能であるが、その利便性からかコア機能そのものを目的として、住居をダンジョン化するお金持ちもそれなりの数がいる。
基本的に魔界でのダンジョン稼働は禁止されている為、その許可を得るにはお金だけ持っていればいいわけではない。厳しい管理基準や色々と面倒な手続きも多いと聞く。
身近なところでは師匠もその一人でもある。
あの人はお金もあるし、伝手とかコネとか多方面に顔が広い。
ちなみにウチ程度の成り上がりでは、屋敷をダンジョン化する許可はおりない。
なので、そういった人とリーデルが知り合いというのは意外だった。
しかも異常なほどにメールが来ているし。いや、コレやっぱりおかしくない?
そんな胡乱な目を向けるオレを無視して、話を続けるリーデル。
「そちらはお気になさらず。それで、あといかほど予算があれば、坊ちゃんが納得できるゴーレムが手に入りますか?」
「え、んーと、そうだなぁ」
色々なシーンに対処できる汎用性のあるゴーレムだとすると、用意できると言われた予算の五割増しくらいは欲しいとこだが。
「……あと三割増しくらい?」
話の流れからして、リーデルがなんとか捻出しようと事だろう? そんな無理ばっかさせるのはよろしくない。
オレはウソと見抜かれないよう、自然なそぶりで答える。
「坊ちゃん、本当は?」
「五割増しくらい」
即答でウソがバレたで、あきらめて本当の事を言った。
「五割増しですか」
ふむ、と考え込むリーデル。さすがに予想より高い金額だったか。
「そちら、失礼してよろしいですか?」
「ん、ああ?」
オレの横からコアを覗き込んできたのでイスを譲る。
リーデルがそこに座り、さきほどのメールの内容を確認しているようだった。
後ろから眺めていると、何かの注文書のようなのだが。
「ああ、いけますね。五割くらいでしたら。倍額とまでおっしゃられると難しかったですけれど」
「うっそ」
「本当です。坊ちゃんのメイドはゴハンを作るだけしか能がない女ではありませんでしたね」
そんな事はカケラも思ってないし、そもそもリーデルの料理ってめっちゃ美味いんだよね。
料理人に向かって、料理しか能がないヤツめって言わんでしょ?
リーデルの場合、料理人並みの料理が作れる上に、さらに色々なスキルがあるんだからさ。
「いやいや、メシだけって、それはさすがに謙遜が過ぎるわ。リーデルみたいな何で出来るメイドさんなんて、そうはおらんでしょ」
「そ、そうですか? お世辞でもうれしいですよ」
お世辞じゃないんだが、それをくどくど説明するというのもこっばずかしい。
「で? なんで五割も追加で出るの? そのメールはなんなん?」
「ふふ、これはですね」
お、なんかリーデルが見た事のないような顔になってる。俗にいうドヤ顔じゃないか。
「何日か前に折込チラシを作って、大魔王城付近の新聞屋さんに配達してもらったんですよ。あのあたりは金満家の方が多いですからね」
「チラシ? 何日か前に作った?」
「ええ。私が作った文章とデザインを広告屋さんに送って、チラシを作ってもらいました。それがこちらです」
リーデルが原本らしい紙をオレに見せてくる。
そこには『人間界直送! 希少な果実をご自宅で!』というデカいタイトルがあった。
「つまりココで採れる果物を通販する、と」
「はい。お金は先払いにしていただいて。品物は私たちの撤収時に持ち帰り、その後お屋敷からお届けしようかと」
「そんな。たかが果物を先払いとか。しかも届けるのはずいぶん先なんだろ? それでどうやったらあんなポンポンと注文メールが来るんだ?」
「事後承諾で申し訳ありませんが、お家のお名前を使わせていただきました」
「ん?」
チラシを見ると確かにウチの名前が入ってる。
戦爵貴族の使用人が直接良いものを目で確認して、その手で採取したものをお届けします、と書いてあった。使用人ってのはリーデルの事か。
「確かに成り上がりとはいえ貴族だし、信用はあるかもだけど……」
リーデルが自作したというチラシをもう一度見る。
字はとても綺麗。
文章も丁寧で好印象を与えるものだ。
だが下地がピンクはないだろう。しかも字は白抜きとさらに見にくい。
もはや嫌がらせを越えて、可読性の限界に挑戦しているかのような視覚的難読度だ。
「こんなチラシで購入意欲が沸くとは思えん。ゴーレム購入の予算を五割り増しできるほどの売り上げなんて無理だろ?」
人間界の果物がどれほどの価格で売れるかは知らないが、どんだけ美味くてもたかたが果物だ。
「このあたりの果実は魔界ではなかなかお目にかかれないものが多いので。お値段に関しては少々高く設定しておりますから」
「いくらくらい?」
「具体的な金額は裏面にございます。それぞれの果実の写真と価格表がございますよ」
「あ、両面印刷か」
そうして何気なく、チラシをめくった。
一瞬、言葉が出なかった。
「……おまっ、おまえな!」
「どうかしましたか?」
チラシをめくったそこには、果物を持ったリーデルの写真が載せられていた。
白黒である事から、アルファアイで撮ったものだと思うが……しかし、ただの写真ではない。
そこに載っていた写真は、リーデルが流し目で頬ずりしている果実がいくら、はだけたメイド服の胸元を隠すようにしている果実がいくら、舌先に乗せている小さな果実がいくら、棒形状の果物をくわえ……とにかく!
「お前、お前な! 美人がエロで人気とりしてるだけじゃねーか!」
「!」
この前、採取した果実を持ってゴーレムで自撮り記念撮影していたのを目撃した時は、こいつ頭ハッピーかよと思っていたが。
カメラテストを兼ねたポージングの練習だったらしい。
本番では仕事着であるメイド服で気合を入れて撮ったと。
いや、けどなんかいつも違うな。なんだろか?
「なんかこのメイド服、丈が短くない? あと胸元のボタン、はずれてんじゃん」
「そうですか? いつもと同じものですが……ああ、けれど確かに撮影中に汗を少しかいてしまって。スカートを少し上げて、ボタンをはずしたかもしれません。よく見てらっしゃいますね?」
「見てない見てない! いや、見てるけど見えてないぞ」
「何をそんな慌てているのかは知りませんが。御覧の通り、私にはこうした商才もあったようですね。それに演技にも才能があるかもしれません」
「演技?」
「こんなにおいしそうに果物を持っているんですから。たくさん売れてもおかしくないでしょう?」
「……」
わざとか?
あざとい系か?
いや、でも、なんか目がマジっぽくない?
「待てよ? 男爵家の使用人が自ら採集してお届けしますって……なぁ、これってリーデルがお客さんトコに届けるの?」
「ええ。さすがに配達で人を使うと料金もかさみますし。ああ、大丈夫ですよ? 先着順でお届けするので、お時間がかかりますとはあらかじめ書いてありますし、日持ちのしないものに関してはドライフルーツで提供する旨も記載しておりますので」
ぬかりありませんよ?
みたいな顔でコッチを見てるんですけどね。
ぬかりすぎてないか?
リーデル、自分のやってる事を理解してなくない?
「いやいや。さすがに……どうしようか、これ」
「何をさきほどからそんな顔をしてらっしゃるんですか? 予算が増えたというのですから、もう少し喜んでくださってもいいと思いますけど?」
ちょっと機嫌の悪い声になるリーデルさん。
ああ、そうだった。
もとはと言えばオレの為、いや、オレだけの為ではないかもだけども。
リーデルががんばって色々と都合をつけてくれたのに、つまらん顔で文句だけ垂れるというのはいかがなものか。
しかし、明らかに果物以外が目当てであろう客先に、リーデル一人でお届けというのは見過ごせない。
いや、リーデルの事だから大丈夫だと思うが、どうにも色々と気づいていないフシがある。
「じゃ、じゃあさ? リーデル一人で配達をまかせるというのもアレだし、帰ったらオレも一緒に届けて回るよ。オレでも荷物持ちくらいはできるだろ。たまにはリーデルの役に立ちたいしさ」
言ってから、しまった、と思う。
どうせ手伝うなら、手分けして配れば早くなる。
そう言われてしまったらどうしようもないぞと、冷や汗を感じたオレだったが、意外にもリーデルは考えこむ素振りをする。
「そ、そうですか? しかし戦爵貴族様のご子息ともあろう方が、そういった事をするというのは外聞的によろしくないかと」
「いいからいいから。少しくらいは手伝わせてくれてもいいだろ?」
「そこまでおっしゃられるなら……では、お言葉に甘えて一緒にお届けにあがりますか?」
「ああ、そうしよう、それがいい、それしかない」
オレは自分でも忘れかけているが、最強の一角と言われるオーガ種である。
このちょいエロサキュバスが配達に向かったとしても、その後ろにこんなゴツいオーガが立っていたら、大人しく荷物を受け取って支払いをするしかない。
チラシには使用人が届けるとは書いてあるが、使用人だけが向かうとは書いていない。
どこの世界にメイドについて回る貴族令息がいるのかと思うが、いるのだから仕方ない。
高い金を出すお客さん達には。現実というものを知ってもらう事にした。
別に詐欺でもなんでもない、はずだ。
「多少、良心の呵責はあるが、ウチも余裕があるわけではないし。むしろ果物が届くまでの間だけでも夢を見られる事に感謝して欲しい」
「坊ちゃん? 何か?」
「いや、お客さんたち、楽しみにしてんだろーねと思ってさ}
「そうですね。私もここまで予約が入るとは思いませんでした。このあたりで一度、注文打ち切って、明日からは果実の採取量を増やさないといけないかもしれません」
「そうだな、そうしよう」
詐欺っぽいが詐欺ではないのだから、明日から胸を張って果実をもぎとろう。
「けど、ダンジョン防衛の為はいえ、この金もなんだかんだでお前が体で稼いだ金だ。ちゃんと返すからな。飛竜便に支払った足代だってそうだぞ。ちゃんとツケといてくれよ?」
そういうとリーデルがイヤそうな顔になる。
「足代はともかく。当家では副業は認められていませんし、そもそも就業時間内での活動ですから、この収益は坊ちゃんが管理すべきです。あとその。体で稼ぐ、とかそういう言い方は誤解を招くのでおやめください」
天使か。
いや、たまに悪魔になるな。でも今は天使だ。
「じゃあ、お言葉に甘えて。マジでいいんだな? マジでゴーレム増やしていいんだな?」
念を押して確認するものの、リーデルはどうぞ、とコアの操作をオレに返してくる。
「お金は自由にしてくださって結構ですが、固体識別名称は私がつけてもよろしいですか?」
ゴーレムの名前を? それならすでに考えてあるぞ。
「ジョセフィーヌにしようと思ってたが」
自信をもって披露したというのに、リーデルがまたもイヤな目をする。
これは最近よく見る、オレの師匠を見る時の目だ。
「ゴーレムに女性名をつけるのは、控えめに言っても気持ち悪いのでやめましょう」
「師匠が言ったんだよ! 相棒には女の名前をつけて大事にしてやれって!」
「そういう事は、本物の女性を大事にできるようになってから言ってください」
「ぐぬぬ……ぐぬぬぬぬぬ」
生まれてこの方、彼女がいないオレに対してこの物言い。ひどくない?
そんなリーデルさんが考えたお名前は『栄光の架け橋号』ですってー。
呼びにくいんすけど。というか名前か? 船じゃねーんだぞ、おい。
まぁ、仕方ない。スポンサーの意向には逆らえない。世の中、甘い事ばかりではないのだ。
「コレ。コイツなら間違いないってゴーレムだと思うけど、一応、師匠にも確認してもらうから」
「……そうですね。ゴーレムの事だけであれば、あの方も間違いないようですし」
辛辣な師匠への評価は聞かないフリをして、師匠にコアメールを打つ。
もともと師匠がオススメしてくれた一覧の中でも高い部類にあったものだから心配はないと思うが、念の為だ。
さっそく購入の意思をメールで報告をしておく。そして三十秒後。
"ユーッガチュメー"
師匠からの返事が来た。はやい。
価格に対してのスペックはかなり良い買いものらしい。
新型が近く出るというのと、シルエット的に人気がないという事で、性能的には問題ないそうだ。オレはその返事をリーデルにも見せて安心させた後、注文をした。
――返済期限まで十六日。




