るんるん気分のメイドさん……って、え、いや、なにあれ?
昨晩。
期せずしてレアなブラックナイトカラーと、超レアのレインボーカラー(さらに多脚、さらにさらにメス)という二体のアイちゃんが、我がダンジョンの防衛体制に組み込まれたわけだが。
何ができるのか実際に確認しておく必要がある。
マニュアル上のスペックとしては、コアとリンクして視覚の共有。
これがメインのシステムである。
アイちゃんが配置された場所の視界がコアを通して確認できるわけで、外敵に対して素早い対処が可能となる。
ダンジョンであればまず設置されるシステム、それがこの汎用自立型監視システムだ。
「というわけで、テストしてみるか。順番に視界情報を確認」
「はい。アルファアイ、つなぎます」
そんなわけで朝食を終えてすぐ、食後のお茶をしながら確認作業を始めた。
まず、希少種ブラックナイト、アルファアイの視界がコアから投射される。
オレを見ているため、あんまりイケメンでない見慣れた顔がコアから投影された。
「問題ありませんね」
ちなみに投影された画像は白黒だった。
このあたりは個体差があり、だいたいはその個体の色と同色である傾向が強いそうだ。
よってブラックナイトの視界が白黒というのはわかる。納得の色だ。むしろ真っ黒じゃなくて良かった。
じゃあ次、となるよね。
オレの足元で常に七色に変化し続け、十本の触手を大きく広げてオレの足元からこちらを威嚇? しているベータレインボーはどんな視界になっているのやら。
「続けてベータ。つなぎます」
コアから投射されていた映像が切り替わり、オレを下から見上げている。
「おお、オレたちと変わらない視界だな」
「むしろとてもハッキリしていますね。視力もいいのでしょう」
どうやら監視システムとしては、アルファよりも上の視界認識能力を持っているようだ。
「でもなぁ。本体はデカいし派手だし。うまく隠せるかね」
視界は明瞭かもしれないが、本体がなにせピッカピカだ。さすがに発光はしていないが、お日様の下だととてもまばゆい。その神々しさは、怪しさ満点だ。
「そこはうまくやるしかありませんね」
リーデルも少し苦笑しているが、せっかくの高画質性能を使わない手もないですよ、という顔だ。
「ま、そのあたりはまかせるよ。なんとかうまくやっといて?」
「おまかせください。あ、それとカメラテストもしたいので……坊ちゃんはスーツに着替えてくださいますか?」
「は?」
何を言っているのか理解できず、聞き返すオレ。
「カメラテストです。コアを通して写真撮影ができますので、そのテストも兼ねて記念撮影をいたしましょう」
「……スーツで?」
「ええ。せっかくですし。私も着替えますから、先にお願いできますか? 私は外でお待ちしています」
オレがうんという前にオレのスーツを用意して渡してくると、リーデルは外に出て行った。
ダンジョンコアの内部は広いとは言え、一部屋しかないからな。
ベッドに仕切りくらいは用意した方が色々と不便がないと思うし、そのうちやっておこう。
「とりあえず着替えるか。よくわからんけど」
リーデルが言うくらいだから、何か意味があるんだろう。
オレは手早くスーツに着替えると、外で待っていたリーデルに声をかけた。
その後、入れ替わるようにリーデルが部屋に入り、メイド服に着替えると二体のアイちゃんを引き連れて出てきた。
「外で撮るの?」
「はい。この手の記念撮影はダンジョンの入口で、と相場が決まっておりますので」
どんな界隈の相場だよと思いつつ、リーデルが妙にご満悦なので、わざわざご機嫌を損ねる必要はない。
「では坊ちゃん、そちらの木にもたれてくださいますか? 腕は軽く組む感じにしていただいて、流し目で目線をこちらに」
なんか色々と注文が来たぞ? さすがにこれはおかしい。
「いやいや。なんでポージングするの? というか、なんでオレだけ映るの?」
「いいから。いいですから。早く」
いや、ポーズは関係ないじゃん? と思いながらも、リーデルが急かすので言われた通りにやってみる。
「とても良いですね。そのまま、そのままでお願いします」
足元にいたアルファの胴体をわしづかみ、その目ン玉をフツー以上に広げて(いいのかアレ)こっちに向けて撮影をする。
さらにレインボーを同様につかみ上げると、同じようにして撮影を命令している。
現像はコアでしかできないとの事で、コアルームに戻り、アイちゃん達で記憶させた視界を出力してみる。
微量ながらもしっかりとマナを消費して、リーデルの手のひらほどの紙片がコアから舞い落ちた。
そこにはオレの決め決めポーズの姿が映っていた。
「アルファの方はやはりモノトーンですね」
「ふーん。ま、オレにして悪くないな」
モデルがイケメンでない場合、陰影を強調する撮影というのは技法の一つだ。
オレですらサマになるのだからその効果、抜群と評していいだろう。
「ベータレインボーの方も現像してみましょうか」
視界情報確認の時はやけに発色が良かったから、鮮明な画像になるのだろうか。
それはそれでイヤだな、ごまかしがきかないし。
などと思っていたら、とんでもない画像が出てきた。
「これは……」
相変わらずオレの足元で触手を広げて威嚇しているベータを見る。
「うっへ、なんじゃこりゃ。道化でもここまでして笑いはとらんな」
オレは乾いた笑いを浮かべた。
レインボーから出てきた写真のオレは予想通り鮮明な写真であったが、さらに色々と手が加えられていたのだ。
肌が美白になっていた。
写真のオレはつやっつやの肌である。
それだけではない。
背景には花弁が舞い散り、写真全体にもキラキラした星が輝いているのだ。
しかも目も大きくなっているし、唇は逆に細くなってる。
顔の輪郭も心なしかホッソリしている。
かろうじてオレの面影はあるが、なんというか詐欺くさい肖像画みたいになってるぞ。
「いや、コレはないわ。使えるのはアルファだけか」
オレが正確な情報の把握という観点からそう結論を出すものの、リーデルはその爆笑写真を見て固まっていた。
「……いや、いいんだぞ。さすがにそれは笑ってもいい所だ」
ガマンは体によくない。
「あ、ええと。いえ。そんな」
ハッとした顔になったリーデルはその写真を……懐に入れた。
いやいや。
なにやってんの?
「リーデル? さすがにその写真はオレでも恥ずかしいぞ? 処分しような?」
オレが手を出す。
「え、あっと? えっと?」
なんかオロオロしだしたんですけど。
いや写真よこせよ?
「さっきの写真」
ほれほれと手を近づけるがリーデルは何かブツブツ言いながら、写真を忍ばせた懐を両手で押さえ、そのまま後ろ歩きで下がっていく。
「いやいや? リーデル? リーデルさんや?」
え、どういう流れ?
結局、リーデルは写真をしまったまま、お昼の用意をしてきますと言って、外に出て行ってしまった。
「……ええー、どういう事?」
オレはあの面白写真で、今後もイジられるのだろうか。
というか記念撮影なら二人で映るもんじゃないのだろうか。
お年頃の娘さんの考えはよくわからん。
ちなみにその晩の夕食は、おかり自由だった。
***
昨晩はシッカリと自分のお役目を果たし、リーデルには気持ちよく眠って頂いた。
あいかわらず、ほっそい腕とか、うっすい肩とか壊しそうになる。
精神的にものすごく疲弊してしまうが、約束だし契約だし恩返しだし、な。
リーデルがもう結構です、というまでは続ける所存だ。
さて。
昨日はお目玉ちゃん達のカメラテストを行ったわけだが、アルファはともかくベータの写真がちょっと、いや、だいぶ、いや、かなりダメだった。
動画認識としてはベータの方が上なのだが、静止画出力になるとあの七色ワガママボディの特性が反映されるらしい。
ちなみにあの爆笑写真はいまだ返却されていない。
オレが何度かリーデルに処分要求したのだが、聞こえないフリと聞かないフリをされて、ラチがあかない。
結局、他人に見せるなよー、と言って好きにさせる事にしたのだが、リーデルは何を考えているのだろうかね。
などと、悩みというほどでもないが、考え事をして眠ったのがいけなかったのか、妙に早く目が覚めた。
部屋を見渡すとリーデルがいない。
互いに部屋の端っこにヘッドを置き、オレからの要望でリーデルの方にはカーテンで仕切りをつけたのだが、そのカーテンが開いていた。
「こんな早くにどこいったんだろ」
いや、オレの朝メシの準備か。フツーにありがたいわ。
だが目玉コンビの姿もない。
という事は、アイちゃん達の設置に向かったのだろうか。
「それなら、なんか手伝いでもね」
どうせ断られるが、こういうのは気持ちだけでも伝えるべきだ。
とも思うが、主の好意を無碍にさせるというは逆に心労を増やすか?
いや、さすがにそれはオレの深読みしすぎか。リーデルなら素の顔で結構ですとバッサリだ。
なら様子見も兼ねて行ってみよう。
ちょっと探して見つからなければ、後でどこに行っていたか聞けばいい。
そうしてオレは眠った姿のジャージのまま、洞窟を出て、ふいと湖の方に目をやる。
「……えぇぇ?」
リーデルはこちらに気付いていない為、すぐに洞窟に戻って身を隠した。
「なに? なになになに? なにやってんの、アレ」
リーデルが朝日にきらめく湖をバックにして、岩場に腰かけたり、木にもたれたりしつつ、手に持った果物を笑顔でアピールしていた。
どこに向かってかって? 目玉達に向かってだ。
「もしかして、自撮りされていらっしゃる……?」
果物をかかげ持ったり、ほおずりしたり、口に近づけたりと様々なポージングをしながら何枚も撮っているようだ。
リーデルがああして、可愛いというか媚びを見せる姿というのは見た事がないのだが、
さすがサキュバスというべきなのか。
ポーズにしろ、モーションにしろ、セクシーなのだ。
いくらピンクのジャージが高級品とはいえ、作業服でもあるからそういった雰囲気が崩れそうなものなのだが、美男美女は何を着てもサマになるという現実を思い知らされた。
オレのジャージ姿は、とてもお貴族様の坊ちゃんではなく、野良仕事にきた農家の三男あたりの雰囲気しか出ていないと思う。
「これが生まれ持った差、か。それでリーデルは誰に見せるために、あんなに一生懸命にセクシー写真を撮ってるのか」
そういったお相手がいる、という話は聞いていないがそこまでのプライベートを報告する必要もない。
「それはともかく、確実にわかっていることは」
もしオレが今、ここにいる事をリーデルに知られたらロクな事にならないという事だ。
「……寝直すか」
それが今オレにできる唯一の選択。
というわけでオレは再びベッドに戻り、今見た事を忘れるべく夢の世界へ出戻った。
――返済期限まであと十九日




