第三十七話 フェンリル
「こんにちはー」
セレナ王女が大きく綺麗な声で、京也の家の玄関であいさつする。
「ここがキョウヤの家か。かなり立派ね」
「元は王族の別荘の一つだったんだけど、キョウヤさんにラージ帝国を撃退した報酬として私がプレゼントしたの」
ここに初めてきたカーナに、セレナ王女がそう説明する。
数時間前、冒険者ギルドの受付でカーナが京也の家の場所を聞こうとしたのだが、個人情報は教えられないと断られた。その時、冒険者ギルドに偶然来ていたセレナ王女が、カーナをここまで案内して来たのである。
「んー。やっぱり自由に動けるのはいいわ。いつも外を歩くときは護衛がついて来て、ゆっくり買い物もできないのよ」
セレナ王女は冒険者ギルドからここまでカーナと二人で歩いてきた。その間、買い物や食事などして自由な時間を楽しんでいた。それはSランク冒険者であるカーナが一緒だからできたことだった。彼女の護衛とは冒険者ギルドで分かれていた。
「王女というのも大変ね」
「ほんとそうよ。普通の女の子ができることができなくて、ストレスがたまりまくりよ。はー。カーナとも楽しかったけど、一度はほんとのデートをしてみたい。あなたはそれほどの美貌とスタイルだから、男に困らないでしょ?」
「そ、そんなことないよ。近づいてくる男は私の力が目的の下心見え見えの駄目男ばかりだし」
カーナとセレナ王女がそんな会話をしていると、玄関から京也とニャオウとアンナが出てくる。
「こんにちは。セレナ様。カーナ」
「こんにちは。キョウヤさん」
「久しぶりね」
セレナ王女は丁寧にあいさつし、カーナは普通にあいさつする。
「ほー、美女が二人も訪ねてくるなんてさすがキョウヤ、こっちの方も只者じゃないねー」
「あら、美女だなんてうれししいこと言ってくれる妖精さんね。それとそっちがしゃべる猫ちゃんね」
「ニャオウニャ」
「おー、よしよし」
カーナはニャオウの前でしゃがんで、ニャオウの頭の後ろをなでる。
「ニャア、ゴロゴロ」
ニャオウはカーナの指先のテクニックに骨抜きになっている。
「わ、私もいい?」
「はい。どうぞ」
セレナ王女もニャオウの頭をなでる。
「ニャア、いいニャ、やさしい手なのニャ」
ニャオウはセレナ王女になでられ、幸せそうな顔をしている。
「それでキョウヤ。ハクレイは?」
「ハクレイなら家の中にいるぞ」
「家の中?」
「ああ、あそこがハクレイ用の部屋なんだ」
京也は家の玄関とは違うドアを指さす。彼は家を改造して、一階の一番東の場所にハクレイ用のドアと部屋を作っていた。魔力を流すと自動で開くドアを付けて、二十畳以上ある大きな部屋を改造し、森の中のような木と芝生がある快適な空間の部屋を作っていた。
「キョウヤさん。ハクレイに会わせてもらっていいですか?」
「いいですよ。ではこちらへ」
京也はカーナとセレナ王女をハクレイの部屋の前まで連れて行き、ドアに魔力を流す。すると自動で扉が開き、部屋の中に入ると奥でハクレイが寝ていた。
「ん? 何かありましたか?」
京也達の気配を感じて寝ていたハクレイが起きる。
「この子がエアリアルユニコーン……」
ハクレイを初めて見るセレナ王女は、その美しさに見とれている。
「こっちはセレナ王女様だ。ハクレイのことを見てみたいって言うんでな」
「そうでしたか」
ハクレイはセレナ王女の前まで移動する。
「はじめまして。王女様。私はハクレイといいます」
「私はセレナです」
「ハクレイの毛並みは最高なのよ。前に乗った時のモフモフ感は忘れられないわ」
「あの、私もなでてもよろしいでしょうか?」
「かまいませんよ。いくらでもどうぞ」
セレナ王女はハクレイの背中をやさしくなでる。
「はー。癒されます」
セレナ王女はハクレイの毛並みの良さを堪能している。
「それでカーナ。今日はハクレイに会いに来たのか?」
「違うわよ。キョウヤに私から指名依頼したいと思って」
「私はカーナをキョウヤさんの家に案内するために一緒に来たんです」
「なるほど。で、指名依頼というのは、またどこかで戦争が始まったのか?」
「ううん、そうじゃなくて」
「カーナは狙われているらしいんです」
「狙われてる?」
「どこかの国の暗殺組織だと思うんだけど、最近何度も襲撃されてね。まあ、全部返り討ちにしたけど」
「カーナと戦って勝てる者なんていないのにね」
「それでもこうも何度も来ると気が休まらないし色々大変なのよ。だからキョウヤに助けてほしいと思って」
「なるほど、わかった。ここでは何だし、詳しい話は家の中でしよう」
京也、カーナ、セレナ王女、ニャオウ、アンナはハクレイの部屋から出て、玄関からリビングに移動する。
「何か色々変わってるわね。この明かりとか」
前にこの家の中を見たことがあるセレナ王女がそれに気付く。
「これはもしかして」
カーナは壁にあるスイッチを押す。すると天井のライトが点灯した。
「これ、どうしたの?」
「ああ、俺は錬金術のスキルを持っててな。自分で作ったんだ。ほかにも色々な所を改造してるぞ」
「へー、凄いわね」
カーナとセレナ王女は、家の中を色々見ている。
「家の見学は話の後にしましょう。二人はそこのソファーにどうぞ」
京也にそう言われ、カーナとセレナ王女はリビングのソファーに座る。すると二人はそのソファーの座り心地に驚く。
「なにこのふわふわ感!」
「体が包み込まれる感じがします」
「それも俺が錬金術で作ったんだ。最高だろ」
そう言いながら、京也は冷蔵庫から冷たいオレンジジュースを出してコップと共にリビングに持ってきて二人に出す。
「どうぞ、果物もご自由に」
「はい。ありがとうございます」
セレナ王女はオレンジジュースを一口飲む。
「冷たくておいしい! キョウヤさんは氷系の魔法も使えるんですか?」
「いえ、生活魔法の冷却は使えますが、それは冷蔵庫で冷やしたんですよ」
「冷蔵庫!」
カーナが京也の冷蔵庫という言葉に反応する。
「その冷蔵庫も京也が作ったの?」
「まあな」
この世界には冷蔵庫は普及してなかった。氷魔法を使って氷を作り出したり、生活魔法の冷却を使って食料を冷やすことはできたが、食料を長期保続できる冷蔵庫は珍しかった。
京也のメニューシステムのアイテム収納は時間停止機能がついてないので、彼は冷蔵庫を作ったのである。
「う、うらやましい。そうだ、キョウヤにもう一つ指名依頼をするわ。私に冷蔵庫を作って欲しい」
「いいけど、まずは暗殺の件をなんとかした方がいいだろ。その後に作ろう」
「わかった。それでお願いね」
カーナは京也のそう言われて納得する。セレナ王女は冷蔵庫がどういうものなのかわからないのでキョトンとしている。
「それで思ったんだけど、カーナは暗殺者に襲われても一人で撃退できるんだろ」
「まあね。暗殺対策のスキルをいっぱい持ってるからね」
「なら俺の助けは必要ないんじゃないか?」
「駄目ですよ。キョウヤさん。女の子が守って欲しいって言ってるのに、そんなこと言っては」
「は、はぁ」
「セレナ王女、キョウヤが困ってるのでその辺で」
「フフフ。はい」
カーナとセレナ王女は京也の反応を見て微笑んでいる。
「キョウヤに頼みたいのは護衛だけじゃなくて、奴等がどこの国の暗殺組織で依頼者が誰なのか調べて欲しいのよ」
「なるほど、それを調べるのはカーナだけでは大変だな。わかった」
「それと思ったんだけど、この家の防犯対策はどうなってるの?」
「防犯対策? そういえばそれは考えてなかったな。俺もニャオウもハクレイも気配察知を持ってるし、俺は敵意察知もあるから」
「敵意察知ですか。それは珍しいスキルを持ってますね」
京也達の会話を聞いていたアンナが、防犯対策と言われ思いつく。
「それなら番犬を飼うというのはどうかな?」
「なるほど。まあ、今でもニャオウが番犬の代わりになって……ないか」
「ニャア……ゴロゴロ」
ニャオウはソファーに座っているカーナの膝の上で、彼女になでられ骨抜きになっている。
「じゃあ、番犬にフェンリルを飼うなんてどう? キョウヤならフェンリルも手なずけられそう」
次回 白狼神山へ に続く




