第三十六話 休暇
「酒は苦手なんですよ」
そう言いながら、京也はオレンジジュースの入ったコップを手に取り一口飲む。
「実は私も」
エリス将軍も持っていたブドウジュースの入ったコップを見せながら京也の隣に座る。
「それで今回の英雄が、なんでこんなすみっこにいるんですか?」
「ああ、さっきギルドマスターやら冒険者仲間が、俺のことをネタにして酒を飲みながら大騒ぎしてたんで、逃げてきたんです」
「なるほど、でも彼等の気持ちもわかります。キョウヤさんは今回大活躍でしたからね」
京也はゼウス共和国軍のオーディン将軍とゼウス騎士団を倒し、魔獣軍団のオーガキングを倒し、さらに敵陣を破壊して敵の戦意を失わせたので、今回の戦いで一番手柄を立てたと言ってよかった。
「キョウヤさんの戦果は国に報告しておくので、かなりの報酬がもらえますよ」
「ありがとうございます。これで一生遊んで暮らせるくらいお金がたまりますよ」
「んっ? えーと、もしかして、もう冒険者をやめるんですか?」
「いえいえ。俺の一番の目的は強くなることなので、冒険者をやめる気はないですね」
「それを聞いて安心しました。今はあちこちで国同士の戦いがあるので、またキョウヤさん達の力を借りることがあると思います」
「その時は指名依頼してくれれば、また一緒に戦いますよ」
京也とエリス将軍がそんな会話をしていると、彼女の部下が走ってくる。
「エリス将軍。ハイン王国の方が今後について話があるそうです」
「わかりました。すぐに行きましょう」
エリス将軍がコップを持ちながら立ちあがる。
「ではキョウヤさん。また」
「はい」
エリス将軍は部下と共に歩いていく。
「キョウヤ~。あの美人の将軍と、なんかいい雰囲気じゃなかった?」
京也とエリス将軍の様子を見ていたアンナが、彼をからかう。
「そんなんじゃないよ。今回の報酬がいっぱいもらえるって話をしてたんだ」
「報酬! 私も戦ったんだから、私にもくれるのよね」
「ああ。欲しいならいくらでもやるぞ。俺はもう使いきれないほど貯金があるからな」
「まじで! キョウヤと一緒に来てよかった!」
「ニャオウも欲しいニャ!」
「ニャオウは金の使い道あるのか?」
「ないニャ! でもアンナがもらうなら、ニャオウも欲しいニャ」
「じゃあ、もめないように、四等分にするか」
「私は人のお金は必要ありませんが」
「ならハクレイの分は貯金しておこう。いつか使う日がくるかもしれないし」
「ちっ、いくらでももらえるはずが、四等分に……」
「ん? どうかしたか?」
「いえ、なんでもないよ。ほほほほ」
アンナはひきつった笑い顔をしている。
「そういえば、オーガキングを倒した時、新しいスキルを手に入れましたか?」
「あっ、確認するの忘れてた! まあ、たぶんパワーブーストだろうけど」
「あのオーガキングがまとっていた赤いオーラのスキルですね」
「ああ、攻撃力を強化するスキルだ」
(レジェンドワールドでもオーガキングが使ってたからな)
そう思いながら京也はスキル画面を開いて確認する。
王の施し
自分のスキルを仲間に複製して与える
一人に一回だけ可能
消費MP 100
「王の施し? パワーブーストじゃなかった」
「それはどんなスキルなの?」
「俺の持つスキルを複製して仲間に習得させることができるみたいだ」
「す、凄い! なんでもいいから私にスキル頂戴!」
「ニャオウも欲しいにゃ!」
「いや、このスキルはひとり一回だけのようだ。慎重に選ばないと損するぞ」
「そうなの、じゃあ簡単には決められないわね」
「キョウヤ、私はもう決まってます!」
ハクレイが輝く目で京也を見ている。
「ああ、加速スキルか。まあハクレイはそうだろうな」
「はい。それでお願いします。すぐお願いします」
「わかった、わかった」
京也はスキル画面の王の施しの文字をタッチする。すると仲間の名前が並んだウィンドウが表示され、その中からハクレイを選ぶ。次に自分が習得しているスキルがウィンドウに表示され、その中から加速を選ぶ。「ハクレイに加速を与えますか? はい/いいえ」と表示されたので、はいを選ぶ。
「これは……」
ハクレイの体が白く発光する。その光が収まるとハクレイは加速のスキルを習得していた。
「ち、ちょっと走ってきます」
ハクレイが空に駆け上がり加速スキルを使う。するとすぐにハクレイの姿が見えなくなった。
「成功したようだな」
「これは私も強くなるために慎重に選ぶ必要があるわね」
「ニャオウは何でもいいニャ」
「じゃあ、家に帰ってゆっくり決めよう」
その後、京也達は一晩デルタ砦に泊まり、次の日、エリス将軍達と共にフルーレ国に帰っていった。
ハイン王国での戦いから三週間後、京也は自宅のリビングでソファーに寝ながらくつろいでいる。そこにはニャオウとアンナもいて、テーブルの上の果物を食べている。
ニャオウとアンナに習得させるスキルはまだ決めていなかった。アンナはもうすぐレベルが99になるので、その時、限界突破を習得できなかったら、京也の限界突破を複製して渡すことになった。ニャオウは今は欲しいスキルがないので、とりあえず保留することにした。
「だいたい作り終わったから、もう作る物ないな」
京也は自宅を改造して日本の住宅のような快適な家を作っていた。ボタン一つでお湯が沸く風呂や、シャワー付きトイレや、冷蔵庫なども作っていた。
「自動掃除機とか自動洗濯機も作ろうと思えば作れるが、魔法の方が早いからな」
生活魔法の「洗濯」や「清潔」を使えば一瞬で洗濯や掃除が終わるので、魔法の方が便利な物は京也は作る気になれなかった。
「キョウヤ、冒険者ギルドには行かないのかニャ?」
「しばらくは休暇にしようと思ってな」
「私達はハイン王国から帰ってきてから、ずっと休暇なんだけど」
京也は錬金術で家の改造をしていたが、ハクレイ、ニャオウ、アンナはやることがないのでずっと暇だった。
「ニャオウは別に休暇がずっと続いてもいいのニャ」
「ずーっとぐーたらしてたら、いつになってもニャオウはルミナスドラゴンに戻れないわよ」
「それは困るニャ。でもどうすればルミナスドラゴンに戻れるか分からないから、今はこのままでいいのニャ」
ニャオウはそう言いながら、フカフカのソファーの上で寝そべっている。
(ニャオウの正体があの伝説のルミナスドラゴンだなんてとても信じられないけど、キョウヤの仲間だからなあ)
アンナは京也が只者でないので、ニャオウも何かあるのではないかと推測する。
「ん? 誰が来たみたいニャ」
「この魔力は……カーナか? それともうひとり……」
お客さんが来たので、京也とニャオウとアンナは玄関に向かう。
場面はその京也の家の玄関の前に変わる。ここにカーナとフルーレ国第二王女セレナの二人が立っていた。
次回 フェンリル に続く




