ジャンヌ・ダルク
うっすらと瞼を開ける。徐々に意識がはっきりとしていき、欠伸をしながら上体をおこす。ソファーで寝たからか、首に痛みが走り、うめき声を上げる羽目になり、首を擦りながら窓の外を見て、時計を確認する。もうすでに窓の外は明るくなっており、時刻は9時をまわっていた。勇士が寝る前に時計を見たときは6時半だったので、あれから2時間半も寝たことになる。
「う、ううん、………ここは?」
少女の瞼がゆっくりと開かれた。
「……………」
勇士と少女は目が合った瞬間、お互いに固まった。少女の方はおそらく、人がいたことに対して驚いているだけだろう。問題は勇士の方だった。
(一旦、状況を整理しよう
まず、山で朝の鍛練の途中で轟音が響いたので、その方向へ様子を見に行った。
↓
見に行った先で少女が飛んできて受け止めた。
↓
その後、巨大な魔物と戦闘。
↓
魔物が逃げた後、少女を背負って下山、人に見つからないように住宅街を移動し、少女を家に運び込み、寝かせた。
…………これ、誘拐って言われてもしょうがない状況だな)
『……主殿が犯罪者に見えてきたの』
巨大な魔物との死闘で少し冷静さを失っていた頭が冷静さを取り戻し、この状況が非常に不味い事態だと言うことにようやく気がついた勇士は、全身から嫌な汗が噴き出してくるのを感じながらこの状況を切り抜けるために高速で脳を回転させる。
極悪人として汚名を着せられようとも勇士は気にも留めないだろうが、少女を誘拐した犯人という汚名は嫌だったのだろう。
勇士がかなり真面目に状況を打破しようと頭を悩ませていた時、少女が口を開いた。
「あ、あの ―― 」
「ッ!!」
(どう切り出してくる!?)
「?どうしたんですか?」
この状況にどんな反応をするんだ、と緊張で体を強張らせた勇士を見て、少女は不思議そうに首を傾げた。彼女の反応から、自分の心境が行動に出てしまっていると気付き、あわてて口を開く。
「い、いや何でもない。君の目が綺麗だったから、見とれてたんだ」
「えっ?」
(何てことを言っているんだ俺は!誤魔化すためとはいえ、恥ずかしすぎるだろうが!!)
『な、何を言っておるんじゃ、主殿は!?』
(自分自身、どれだけ恥ずかしいことを言ってるのか、わかってる!けど、前世でマックがこういう時は容姿のどこかを褒めてこう言えば、誤魔化せるって言ってたんだ!)
『其奴、控えめに言っても最低じゃ…女の敵じゃの』
誤魔化すためにとっさに口から出た言葉に勇士は頭を抱えたい気持ちをこらえ、自分の歯が浮くような台詞を気にしないようにしてポーカーフェイスを装う。勇士の中では羞恥心が暴れ、常夜の憤慨した声が響き、混沌としていた。一方、少女の方は、最初の内は意味がよく分かっていなかったようだが、徐々に意味を理解してきたのか、顔が赤面していき、最終的に耳まで赤くなっていた。おそらく、あのような言葉に馴れていないのだろう。とはいえ、彼女の瞳は髪と同じく、綺麗な金色をしていたため、勇士がいったことは紛れもなく真実である。
「どうしたんだ?顔が赤いが……熱でもあるのか?」
「い、いえ、大丈夫です」
「そうか?」
『主殿はもう一度死んだほうが良いのではないか』
(急にどうした!?)
今度は勇士が首を傾げる番だった。己が言った言葉がどれだけ恥ずかしいのかは分かっても、目の前の少女が赤面している理由は分からないようだった。そんな勇士に常夜が恐ろしいほど平坦な声で罵倒する。
どこからともなく感じる常夜の圧力から逃れるために勇士は少女に質問して話を進める。
「で、君は何者なんだ?普通の人間があのレベルの魔物を相手にまともに戦える筈はないんだが………」
『………自分のことを棚に上げてどの口が言うか』
「ッ!?貴方はあの場にいたんですか!?」
ああ、と勇士が頷くと、少女はさらに驚愕したようだった。
それから勇士が彼女にこれまでの経緯を一部改竄して説明すると、彼女は納得したように頷いた。
「では、私は倒れているところを貴方に保護されたのですね?」
「まあ、そうなるな」
「助けて頂いてありがとうございます。あと、あの場にいたなら、魔物がどこにいったかご存じないですか?」
「ん?ああ、あの魔物なら何処かに消えていったぞ」
『事実ではないが、嘘ではないの』
少女が自分が家まで彼女を運んだことを良い方に解釈してくれたことに安堵し、勇士は自分が戦ったことを伏せて魔物について話した。
「………そうですか。教えて下さってありがとうございます」
「いや、俺に敬語とかいらないぞ。君が敬語を使うほど大層な人間じゃないからな」
「い、いえ、貴方は私の恩人ですから、気にしないで下さい。」
「いや、だから敬語はいらないって……」
「…わかりました」
まだ少女は納得していないようだったが、これ以上断るのは失礼だと思ったのか、了承してくれた。
(しまった。話が脱線し過ぎてる)
「話を戻しても良いか?」
「えっ?あ、すみません。良いですよ」
(敬語はいらないって言ったんだけどな。癖なんだろうな)
「それで、君は何者なんだ?」
「私は……」
話を元に戻し本題に入ると、少女は迷ったように言い淀んだ。やがて真剣な顔付きになり、口を開いた。
「信じて貰えないかもしれませんが、私はある理由で神の力で2度目の生、こう言った方が分かりやすいかもしれません。私は転生した者です」
(神が絡んでるってことは、厄介事に首を突っ込んじまったか………)
『……神が関わっているとしたら厄介じゃの。これはおそらく世界の危機ぐらいの話じゃぞ……藪蛇どころか龍が出て来おったわ』
神に良い思い出のない勇士は出かかったため、頭が痛くなるのを感じた。腰が重い神々が動いているということはそれだけ事態が深刻だということだ。それこそ、世界が滅びてもおかしくないぐらいには深刻なのだろう。
「私の名前は、ジャンヌ、ジャンヌ・ ダルクです」