魔物
「何だ!?」
断続的に響く謎の轟音の原因を探すべく勇士は比較的小さい傷しか付いていない木を選び、駆け登る。登れるところまで登り、枝葉の間から周囲を観察する。すると、月明かりでも隣の山から土煙が立っているのがしっかりと見えた。
『ふふふ、主殿は相も変わらず厄介ごとに好かれているようじゃの』
「……ああ、本当にな。呪われているんじゃないかと思うぐらいには……な」
常夜が勇士をからかった直後に土煙を貫いて現れた眩い光の線が正面の山に当り、その斜面を削っていった。その光景に勇士は厄介ごとの度合いが上がったと苦笑するしかない。
『……う、うむ、そうじゃの。……さて、どうするのじゃ?』
「何をだ?」
『あの厄介ごとに首を突っ込むのかの?』
自分がからかった直後に厄介ごとがさらに厄介なことになったのは気まずかったのだろう。常夜は露骨に話を逸らした。しかし、常夜が言っていることも最もだ。首を突っ込むにしても、突っ込まないにしても早めに行動しなければならないだろう。
「突っ込まないに決まって………。いや、少し考える。その間に向こうを視ておいてくれ」
『了解じゃ』
勇士は月明りを反射する刀身に映る自分の顔を見て、言いかけた言葉を否定する。刀身に映る勇士の顔は前世と瓜二つで黒髪黒目だった。しかも、英雄だった頃の自分と似ているのだ。
その頃の自分が本当にそれが正しい選択なのかと、勇士に問いかけてくるような錯覚すら覚えた。
『……決まったかの?』
「ちっ……!あそこに行くぞ……首を突っ込む。そっちはどうだった?」
『ふむ、おそらく主殿にとって悪い情報じゃな。Sランク級の魔物と人間が一人戦っておったわ。人間が劣勢じゃの』
「へぇ、Sランクと戦える奴なんて俺の知り合いにしかいないと思ってたんだがな。この世界の住人を少し過小評価してたみたいだな」
勇士はSランク級の魔物と人間が戦っていると聞いて、驚きつつも感心した表情をする。
魔物は簡単に言ってしまえば人類の敵であり、今となっては唯一の人類の天敵といっていい。その魔物は強さによって脅威度が以下の通りに分類されている。
SSSランク(神級)・・・神話に語られる時代に存在した邪神など。現在では確認されていない。
SSランク(神獣級)・・・神話に語られる時代に存在した神獣など。現在では確認されていない。
Sランク(英雄級)・・・神話において英雄と戦った怪物など。稀に人のいない山岳部で龍が確認されるのみ。
Aランク(準英雄級)・・・大国が国を挙げて討伐しなければならない脅威。数十年に一度出現する。
Bランク(軍級)・・・国が大規模な討伐軍を出さなければならない脅威。十数年に一度出現する。
Cランク(超人級)・・・人間が単独討伐できる限界。毎年一度は出現する。
Dランク(達人級)・・・約兵士10人に匹敵する。頻繁に出現する。
Eランク(兵士級)・・・約兵士一人に匹敵する。一般人でも頑張れば倒せないことはない。常に存在している。
「いざとなったら封印を一段階解く。面倒だが、町に来られた方がやっかいだからな」
『主殿、気を付けるのじゃぞ』
「俺を誰だと思ってるんだ?」
勇士は常夜の言葉に不敵に笑い、木から飛び降りる。着地と同時に隣の山を目指して走り出した。
山の木々の間をすり抜けるように移動していく。今回は緊急事態として普段とは違い、進むうえで邪魔な枝などは全て切断して排除していた。
「・・・・・ん?」
『ほう、どうやら客人のようじゃの』
木の陰から飛び出してきたものを勇士は反射的に切り捨て足を止める。暫く動かないでいると月明りが届きにくい暗い森に勇士を囲むように無数の赤い光が現れる。
「魔物か。あまり強そうじゃないが、数が多いな」
『Eランクのシャドウドールじゃの。確かにちと数が多いのぅ』
「……自衛隊がEランクぐらいなら間引いてるじゃなかったか?それにしては多いな。今回の件に何か関係がありそうだが………取り敢えず、邪魔だな」
黒い靄を無理やり人の形にしたような魔物の群れに囲まれた勇士は取り乱なかった。それどころか、シャドウドールを完全に無視して物思いに沈んでいた。
実際、勇士が言っているように自衛隊によって魔物の間引きは行われている。そのため、最弱の部類であるシャドウドールであっても、これほどの規模の群れがいるのは少々異常な光景といえた。
正面から襲いかかってきた数体のシャドウドールをまとめて切り払ってから、勇士は腰を落とし居合の構えをとる。
「シッ!」
正面から襲いかかった仲間がやられたからか、今度は正面の5体と背後3体が同時に勇士に襲いかかる。正面の5体が勇士の居合の間合いに入った瞬間に胴体を切断され、黒い靄に変わった。続いて、背後の3体は振り返りつつ抜刀した勇士に2体が切り裂かれ、1体はその時に足を切られて転倒したところを頭部を踏み抜かれ、黒い靄となって消えた。
「“光弾”」
勇士と少し離れた場所に複数の光球が現れ、シャドウドールの群れに向かって高速で放たれる。放たれた光球はそれぞれ進路上にいた数体のシャドウドールを黒い靄に変えて消える。
「こんなんじゃ訓練にもならない」
勇士はそう言いつつ、シャドウドールの群れの中に飛び込み、四方八方から襲いかかってるシャドウドールを魔法と刀を使って薙ぎ倒していく。
「……こいつで最後だな」
『……まだ本番が残っておるが、お疲れ様じゃ』
最後のシャドウドールを切り伏せ、周囲を見渡す。魔物の気配はなく、代わりに地面には親指の爪ほどの大きさの青紫色の水晶、魔石が大量に落ちていた。
優に百体を超えるのシャドウドールを倒した勇士に常夜はねぎらいの言葉をかける。
「予想以上に時間がかかったな。急ぐか」
『向こうもいつまでもつかわからんしの』
勇士は次から次へと湧いて出てくるシャドウドールを全て倒すのに十数分ほどの時間をかけていた。その遅れを取り戻すために勇士は全力で地面を蹴った。
未だに轟音や魔法によるものと思われる光が発生しているので戦闘は終わっていないようだ。だが、常夜が見た限りでは人間が押されていたので、早く行かなければ最悪戦っている人間は死ぬだろう。
「あれは………何だ?」
『む?おお、戦っていた人間とはあやつじゃよ』
「はあ?」
勇士な方に向かって木々の枝をへし折りながら飛んでくる金色の鎧………ではなく、金色の鎧をきた人。
「ぐっ!」
『主殿、ナイスキャッチじゃ!』
勇士は慌てて急停止し、飛んできた人を受け止める。足が後ろに滑ってしまったが、なんとか受け止めきった勇士に常夜が称賛の声を上げる。
「おい、こいつ……」
勇士は金色の鎧を着ている人物を確認しようと頭の方を見て、驚愕した。