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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

恵まれない花に愛の手を 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 う〜ん、今年もぼちぼち猛威を振るい出すかなあ、スギ花粉。

 アレルギー反応の一種とはいえ、毎年、私たちが苦しんでいるのを、スギたちだって学んでいるでしょうに。たいした加虐趣味をお持ちのようで。

 こうして花粉を飛ばすの、必死さの証にも思えて、花粉症じゃなきゃもう少し寛大になってあげたいところなんだけどね……。


 けどさあ、こんなに頑張っても、お相手に恵まれず、散っちゃうものだって、往々にしてあるわけじゃん。

 人間とかだったら、相手をえり好みしすぎてとか、身の程をわきまえなさ過ぎてとか、自由意志の弊害が原因ってこともあり得る。

 その点、植物に関しては、受精できる「和合性」さえ高ければ、相手を選ぶ贅沢はない。

 出会いにかける意欲もなかなかで、自力で飛ばす以外にも風に乗せたり、ハチたちの身体にくっつけたりと、手を打っている。

 その姿勢、およそ「草食」の草の字とは思えない積極的なものよ。

 

 人間と植物の違い。そのひとつは「生き方が人工よりか自然よりか」だと、私は感じている。その境界がおかしくなった時、何が起こってしまうのか。

 そのうちのひとつ。私が出会った事件について、聞いてみる気はないかしら?

 

 おしべとめしべについて、学んだばかりの頃。

 さっそくクラスの男子たちが、お下品な話題で盛り上がり出したのを、私たち女子のほとんどは、うんざり半分、気持ち悪い半分の、複雑な視線で眺めていたわ。

 当時の私たちは、まだつぼみの中の親指姫。外の汚れを、あらかた大人たちが壁となってくれて、取っ払ってもらっている立場。

 おかげで、きれいなものこそそばに置き、接したいと思う一方で、その美意識に反するものには手厳しい。ゴミでも見るような気持ちで、蔑んでいたわね。

 

 私はそれにくわえて、先に話した考えに目覚めたきっかけでもあったの。

 相手を必死に探しても出会うことなく、散っていってしまう花たち――そんなのが存在するなんて、おかしいじゃないかってね。

 だったら、私が手を貸す。花々をめぐるハチたちのように、私が花を持って直接お見合い、結び付けちゃうぞ、という具合に。

 それは私主導による「大授粉作戦」の始まりだった。


 作戦といっても、私のプランはいたってシンプル。

 下校の際に、開いた花を見つけると揺らしてみて、花粉が出る雄花であることを確認。

 それを他の花々の柱頭――ぱっと見て分からなければ、その役割を果たすと思われる花弁の中――へ、次々と花粉を振りかけたり、直におしべをこすりつけたりと、セールスマンも真っ青の、押しかけ女房。いや押し付け旦那販売だったわ。しかも、タダ。

 これで私は、自分を恋のキューピッドと思っていたのだから、始末に負えない。

「いいことをした」と得意になって、その日の晩ご飯に自信満々で母親に報告する私。父親は帰りが遅いこともあって、めったに一緒に食卓を囲まない。

 もくろみも含めて、大々的に語ったところ、笑われたわ。そして、私の思惑通りにことが運ぶとは限らない、ということも。


 ここで初めて私は、先にも触れた「和合性」の話を聞いたわ。

 私のように、でたらめに授粉をさせたところで、それが必ずしも子孫を作ることには、結び付かない。種子そのものが作られない時もあれば、ある程度育つことができても、実をつけるに至らないケースも存在する、と。


「周りをごらんなさい。クラスのみんなのご両親も、ヒトばかりでしょう? ヒトとヒト同士が結びついて、ヒトを成す。仮にヒトと他の動物だと、そもそも子供ができないのよ」


 その理由を種や染色体、属の違いなどを交えて、説明し出す母親。現役時代には生物学を専攻していたということで、専門知識の大バーゲン。私にはちっとも分からない。だけど、納得いかない部分がある。

 ヒトと他の動物だと、子供ができないといっていたけど、私は花同士の話をしているんだ。話題をすげ替えられている。

 実際、トラとライオンや、ライオンとヒョウの間にも子供が生まれているじゃないか、ってね。

 思い込んだら、一直線な私。母親の話を、適当に右から左へ流しつつ、決意したわ。


 ――絶対に誰も見つけていない、おしべとめしべの組み合わせがあるはず。それも、種とかもしっかり残せるものを見つけられたら、作り出せたら、すごいじゃん?


 自分の名前をつけることになっちゃたり〜、と妄想して、ニヤニヤする私。

 それを見て、やめる気がないことが伝わったのか。母親はひとしきり話した後に、ため息をつく。


「せめて軍手なり、手袋なりをしていきなさい。手折る時なんかに、トゲがあったらケガするわよ」


 ナイスアイデア。

 確かに、今日は手でじかにもいだけど、花粉まみれになっちゃった。きれいを保つためにも、大事なこと。

 夕飯後、私はさっそくランドセルの中に、いつぞやの田植えで使ったきり、放置していた軍手を放り込んだ。


 その時から、私の押し付けキューピッドの趣味は続いた。

 ひとりの時も、友達と一緒の時も、見慣れない花が目に留まったら、すぐさま確保。ティッシュにくるんで、丁寧にカバンの中へ。

 それを見たせいか、「花、好きなんだ〜」と、何人か花好きを自称する子が、向こうから近づいてきたわねえ。それに対して私はというと、相手の気分を害さない程度に話を聞いて、相づちをうつのがせいぜい。

 私が本腰入れているのは、花のコレクションじゃない。花同士のカップリングなのだから。変な目で見られたくないから、授粉作業はひとりの時にだけやったけどね。


 そうして、およそ一年が経った。

 かけられる時間の関係上、授粉を体験する常連は、家の近くに分布することになったわ。

 その中でも、私が特に目をかけていたのが、家から徒歩三分くらいのところにある用水路。その土手のところに新しく生えた、ユリらしき花のつぼみ。

「らしき」というのは、去年、花開いていたもの――花好きな子のひとりが「テッポウユリ」だということを教えてくれた――に、あちらこちらから集めた、雑多な花粉たちを片っ端からくっつけた後、枯れたそれを押しのけて、現れたものだったから。

 色も、先代のテッポウユリは白色が目立つ花弁だったけど、今回は赤とピンクの中間くらいの色のつぼみ。ところどころ茶色がかった斑点も浮かんでいて、南国やジャングルの中で見かけそうな、どぎついもの。

 

 ――本当に、あのユリの子供なのかなあ。

 

 そんな一抹の不安を覚えたけど、すぐに頭を振って打ち消す。

 私が手塩にかけて育てた、自主交配の結果なんだ。他と同じような結果になったら、意味ないじゃないかってね。

 むしろ歓迎するべき事態だ。これまで誰も見たことない花の成長、それを知る最初の人になるんだと、興奮していたわね。

 私は軍手をつけたままで、ランドセルから小さいメジャーを取り出す。気に入っている花の育ち具合を測るために、いつも持ち歩いていたの。

 つぼみはすでに、私の右手の人差し指から薬指を縦に並べた時と、ほぼ同じ幅のふくらみを持っている。それでも念のために測ってみると、昨日よりも1ミリほど大きくなっていた。

「これは花開くのも近いぞ〜」と私はその日も、陽が傾くまでユリをずっと眺めていたの。


 数日後。学校が五時間目で終わったことで、私は早めにあのユリのもとへ向かったの。

 つぼみはますます縦の長さを増し、今にも弾けそうな印象。


 ――じれったいなあ、早く「パアッ」と咲きなさいよ。


 しびれを切らせかけた私が、急かすように、つぼみの先端へ手を差し伸べた時。


 ぱっと、花弁が開いたの。ほぼ同時に、そこから飛び出して私の手の甲に、乗っかったものがあったの。

 ひと目見て、マリオネット。操り人形だと思ったわ。

 つぼみの中からへその緒みたいな、一本の管が伸びていてね。その先が、私の手の上に乗っかったものとつながっているの。

 ぱっと見たところ、ごくごく小さな人間だった。四肢がある。

 身体中をつぼみと同じ、赤とピンクの中間に染めていたのを見たわ。そして、その右手には三日月を思わせる、武器らしきものを持っている。

 一瞬、私があっけに取られている間に、その人間は武器を振りかぶって、私の親指の付け根に切り付けてきた。

 痛い。指から血が飛んだ。彫刻刀で間違って指を傷つけてしまった時に近い。

 武器を受けた部分の軍手は、完全に破けている。その下から溢れ出る血液が、みるみるうちに生地を赤く染まっていく。しかも、あの人間は、もう一度武器を振りかぶったの。

 

 ためらっていられなかった。私は左手も使って、一気に軍手を引き抜いたの。

 乱暴に投げ捨てたのに、あの極小の人間はいささかも体制を崩さない。ユリから出るへその緒も、軍手の落下に伴ってどんどん長くなる。まるでバンジージャンプの縄のよう。

 二回目の斬撃。軍手の親指が完全に断ち切られた。

 人間がその親指を抱え込むと、ユリから伸びた管は、今度は掃除機のコードを巻き戻すように、勢いよく戻っていく。

 ほんの一秒足らずで人間を引き込んだ花弁は、その口をしっかりとつぐんで、つぼみに戻ってしまったの。

 

 夢中で家に逃げ帰った私。玄関を開けると、珍しく父が帰って来ていて、革靴を脱いでいるところだった。

 

「また花の面倒を見てきたのかい?」


 さすがに一年も経つと、私の習慣は父にも筒抜けになっている。

 私は不安の湧き出すままに、その場で先ほどあったことを、全部、父にぶちまけた。

 手を止めて聞いていた父は、やがて「親指姫」だな、とつぶやいた。


「ああ、童話の方じゃないぞ。持っていかれた軍手の親指を指してだ。おおかた、その人間の嫁にと、持っていかれたのさ。

 今まで、お前の指と軍手が、熱心に授粉してくれたんだろ? そりゃあ、惚れるさ。生まれ変わったら、ずっとそばに置きたいと思うのも、当然じゃないか?」


 靴から出した父の右手は、親指だけが他の指に比べて、少し白い。

 昔、事故で親指を失ってから、義指を使っていると話していたけれど……ねえ?



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― 新着の感想 ―
[良い点] かなりの面白さでした! 時には、背中を押してあげることも必要ですが、やたらと恋路に首をつっこんではいけませんよね。これは、かなりお節介が過ぎてしまったようですね……。 「つぼみの中の親指姫…
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