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此岸の巻

 タウリンがゴブりんの住む場所にやって来たのは、その日の夜も更け、ダンボー

ルコミュニティの皆が眠りにつこうかという頃だった。

 コミュニティ内は、基本的に油を使う余裕もないし、遅くまで起きていてもする

ことはないので、皆眠りに付くのは早い。


 道端の焚き火の明かりを頼りに、軒先でゴブりんは昼間に使ったナイフの手入れ

をしていた。


「こんな時間に、いったどうしたんだ?」

「あ、あの……。昼間のことなんですが……」

「……。ちょっと待ちな」


 ゴブりんは、何か言いかけるタウリンを静止し、素早く辺りを見渡した。


「まあ、中に入っても少し暑いし、少し表を歩こうや」


 そうは言うが、風通しがいいどころか、隙間風だらけの住処は別段暑いこともな

い。

 ゴブりんがこの場を離れようとした理由は、廃材と石や土で作られたこのコミュ

ニティでは、周りの話など丸聞こえだからである。

 なにやら深刻なタウリンの表情を見て、とりあえず他の者に話が聞こえないほう

がいいと判断したからだ。


 月明かりの下を、二人は町外れまで歩いていった。




「あ、あの……。軍団長はああ言ってますが、ほ、本当に、その、オ、オ○ンチン

を入れただけで、女の人は喜ぶんでしょうか?」

「そ、それは……。俺だって経験はないからわかんねえけど、あいつが何か不思議

な『すまほ』?ってやつで見せてくれたじゃねえか」

「で、でも、あれは絵画ですよね?宮廷画家とかは、王の都合のいいように絵を改

ざんして描くっていいますし……、あの女の人たちも、よっ、喜んでいるように描

かれただけじゃ……」

「うっ……。それは……」


 いつになく真剣なタウリンの表情に、ゴブりんも気圧されていた。


「そっ、それに、昼間助けた女の子たちです!」

「あの娘たちがどうかしたのか?」

「ゴ、ゴブりんさんも見たでしょ?あの子たち、本気で怯えてたじゃないですか!

とても、オ……、オチン○ンを待ちわびているようになんか見えませんでした!

 そ、それに、あんな小さな子にまで、そんなことをするんですか!?」

「いや……、そんなことは……」

「き、今日あの子たちを助けて思ったんです。ぼ、僕たちの力は、こういうことの

ためにこそ、使うべきなんじゃないかって……」

「…………」


 必死に話をするタウリンに、ゴブりんも思うところはあった。しかし、女という

目標に対し邁進する今の軍団には、危険思想かもしれない。


「お前の言いたいことはわかった。俺も少し思うところはある。ただ、今の話は誰

にもするんじゃえねえぞ。ウルフルにもだ。下手に話が漏れたら、どんなことにな

るかわからねえからな」

「は、はい……」

「とにかく、今日はもう帰って寝るんだ。俺だって迷ってるし、他の奴らの考え方

も、それとなく確認しねえとな……」




 翌日、地獄の特訓を終えた3人は、再び食料調達に向かおうとしていた。


「今日は木の実や果実だけじゃなく、肉が取れるといいですね」

「まあ、そこはタウリンは期待できないし、俺らの素早さしだいだろうな」

「う……、す、すみません」


 軽口を叩きながら、森へ向かおうとした時だった。


「あ、あの……。すみません」

「ん?」


 声のした方を振り返った彼らは、そこに見覚えのある顔を見つけた。


「お前ぇらは……」


 そこには、昨日助けた3人の女の子が立っていた。


「あ、あの。昨日のお礼を言いたくて、その……、これを……」


 妹を連れた女の子は、おずおずと野菜の入った籠を差し出してきた。


「なんだ、そんなことを気にしなくてもいいんだぜ。それに、女の子がこんな所に

来るもんじゃねえ。ここの噂は知ってんだろ?何をされるかわかったもんじゃねえ

ぞ」

 

 普段から、ここに人間が来ることなどまず無い。ましてや若い女が訪れるなど。


 わざと露悪的に喋るゴブりんに対し、彼女は憤慨したように叫んだ。


「そんなことありません!そ、そりゃ町の大人たちはここのことを良くは言わない

けど……。でも、私たちは知ってます。皆さんが本当は優しくていい人たちだって

ことを」

「……っ」


 若さゆえだろうか。あまりに真っ直ぐに自分たちを信じる娘たちに、ゴブりんた

ちは気圧される。


「ふ、ふんっ。俺達は醜い化物だぜ。襲われないうちに、さっさと帰りな」

「そっ、そんなことありません!私の周りの、農作業も手伝わない男の子たちより

も、ずっと頼りになるし、格好いいです!」

「な……」

「そうです。私の周りの着飾ることしか興味のない男の子たちよりも、ずっとずっ

と素敵です」


 ふわりとしたスカートを身に着けた、お嬢様風の女の子も同調する。


「で、でも俺たちは、こんな醜い容姿で……」

「そんなことありません。私の家は農家ですし、牛さんや豚さんは、大事な家族で

す!あ……、ご、ごめんなさい。別に、あなたたちが牛さんや豚さんって訳じゃな

くてですね……」

「そ、そうです。私の家では犬を飼ってますけど、大事な家族です!それに狼さん

は、精悍でとっても格好いいです!」


 あまりに真っ直ぐな言葉に、ゴブりんたちは言葉を失う。タウリンなどは、よほ

ど嬉しかったのか涙ぐんでいる。


 すると、何を思ったのか。妹がテケテケとタウリンに近付いていった。


「どうしたの?泣いたらダメだよ。泣かないようにおまじないしてあげる」


 そう言って、タウリンにしゃがむように言うと、しゃがみこんで低くなった頬に

向かい、


『チュッ』



 突然の出来事に、真っ赤になって狼狽するタウリンに向かい、


「あのね、『エル』がもっとおっきくなったら、牛のお兄ちゃんのお嫁さんになっ

てあげる」

「こ、こら!エル。ご迷惑でしょ。こんな素敵な人たちに彼女がいないわけ……。

あ、ご、ごめんなさい。この子は妹の『エル』、私は『カリン』です」

「わ、私は『イライザ』っていいます。」


 真っ赤になりながら、ゴブりんやウルフルを見つめる彼女たちに、3人は何かを

決意したのだった。




 それから後、少しずつではあるが、彼女たちの口コミもあって、コミュニティの

メンバーと町の若い娘たちの交流が増えていった。


 主には森へ採集へ向かうときのボディーガード役としてだが、やがてその誠実な

人柄が町の大人たちにも伝わり、そのうちに農家の畑仕事や、建築現場の手伝いな

どの声がかかるようになっていた。


 もともとが真面目な彼らは懸命に働き、その働きぶりで徐々に町の人たちからの

信頼も得ていった。


 そして、中には娘たちと淡い恋心を通わせる者も……。


 そのことを知らなかったのは、町の住人の目に付かないようにと、コミュニティ

のある場所よりもさらに町外れ、森に近い場所にひと際丈夫な住処を作らせ、王を

気取りふんぞり返っていた俺だけであった。


 そう、彼らは狡猾にも、俺を欺くためトレーニングにだけは必ず参加していたの

である。




「で、でも、あいつは本物のオークだぜ!?俺たちの力じゃとても……」

「じゃ、じゃあ彼女たちが、あ、あの人にお……、犯されてもいいっていうんです

か!?」

「そんなことは許せません!」

「でも、どうやって勝つんだよ!毒でも盛るのか?オークにはほとんど効果はない

ぜ」


 喧々囂々の話し合いの中、リーダー格であるオッさんが口を開いた。


「まあ待て。まずは話し合いだろう。あいつにだって、情はあるかもしれないんだ

し。それに、俺に一つ考えがあるんだ」

「それはいったい……?」

「あいつが、この世界に転生した時の話を聞いたろ?その時の話を、思い出してみ

ろよ」

「……?……あ!」

「そうだ、まずは皆で手分けして、彼女を探すんだ」


 夜な夜なコミュニティの一角で行われる会議の内容を、俺は知らなかった

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