宇宙の巻
「ハァ……ハァ……」
「おっ、お願い……。これ以上は……」
「も、もうらめぇぇぇぇ!」
「くっ……、こっ、殺せぇ!」
足元から聞こえる嘆願の声や叫び声に耳を傾けることなく、ニヤリと笑うと俺は
冷たく言い放つ。
「ふっ、これしきで終わると思ったら大間違いだぞ。おれは何一つ満足していない
んだからな。お楽しみはこれからさ」
俺は、地面に倒れこむ『彼ら』に向けて言い放つ。
「ほらほら、あと50mダッシュを10本!それが終わったら、腕立て、腹筋、ス
クワットを100回3セットだ。出来ない奴は、我が『暴れん棒軍団』内の地位が
下がっていくいからな!」
「……っ!」
軍団内の地位が下がると聞いて、彼らは目の色を変え、疲労困憊の体に鞭打って
トレーニングを再開する。
なぜ彼らが、その一言で必死になるかといえば……。
おれは、軍団を結成するに当たり、役職制度を設けた。もちろんそれ自体は円滑
な組織の運営に必要なものであるが、彼らは基本的に皆が平等であるコミュニティ
で育った者たちだ。
良く言えば欲の無い善人。悪く言えば競争意識の無い、向上心のない者たちであ
る。
いくらモンスターとのハーフで基本スペックが高いといっても、このままでは訓
練された戦士や魔法使い、大型モンスターには歯が立たないだろう。
そこで、皆の意欲を高めるために、役職に対しアメを与えた。
具体的には、役職が高ければ高いほど、女をゲットした際に好きな女を選べる、
抱ける順番が早まるわけである。
目的が目的だけに、これには彼らも目の色を変えた。
おかげで最初は頼りなかった彼らも、1ヶ月もする頃には本来のスペックを発揮
して、見る見る逞しくなっていった。
中学時代の柔道部の練習を思い出し、スパルタで彼らを鍛え上げる。
もちろん、俺も闇雲に彼らをしごいているわけではない。
様々な情報から捉えた結果、やはり自分たちにとって一番脅威となるのは、遠距
離から繰り出される魔法だと判断した。
そのために俺は、さしあたり彼らの瞬発力を鍛え上げることにした。
ゴブリンなどのすばしっこい奴らはもっと早く、前線を撹乱できるように。大型
の者は、ゴブリンの撹乱中に、迅速に参戦できるように。
つまりは、『エルフが魔法を唱える前にダッシュで近付いちまえ』作戦である。
近付いてしまえば、エルフや人間の魔法使いはもとより、犬耳族や猫人族などの
亜人種も敵ではない。
それに人間の戦士でも、ある程度の力量までなら、力で対抗できるだろう。
いずれは大型のモンスターや、人間の熟練者相手の対策も考えなければならない
が、今は女を捉える方向で特化しておけばいいだろう。
俺は、自分の指揮の下で、見る見る強くなっていく彼らを育てることに快感を覚
え、ますます彼らを厳しく鍛え上げた。
そんな俺の王のような振る舞いに対し、少しずつヘイトが溜まっているのも気付
かずに……。
その日、『ゴブりん』、『タウリン』それに、ワーウルフ後の血を引く『ウルフ
ル』の3名は、森の中で木の実や山菜を採集していた。
町からの交流を断たれた彼らにとっては、森は貴重な食料調達の場である。
もちろん、森はモンスターも出現する危険な場所なのだが、彼らの力なら勝つこ
とは無理でも、逃げ切ることくらいはできる。
しかも鍛え抜かれた今では、彼ら自身はあまり自覚していないが、ちょっとした
小物相手なら負けることはありえないだろう。
「なあ、タウリン。あいつの言ってることって、ホントに正しいのか?」
「え?ぼ、僕には良くわからないけど、でも……、僕らの、その、アレで女の人を
喜ばせられるって……」
「それだよ。なんだかんだ言いながら、もう2ヶ月もこんなことやってんだぜ。そ
の間に、女の『お』の字でも縁があったか?」
「そ、それは……」
「それに、最近のあいつの振る舞いだよ。軍団長だか知らないが、ずいぶん偉そう
で、今じゃ俺達を家来か何かと見てんじゃないのか?」
横合いから、ウルフルが口を挟む。
「そうですよねぇ。やっぱ俺達は使い捨ての駒なんじゃないですか?女だって、い
ざ手に入れたら、全部独り占めしちまうんじゃないですか?なんたってオークの精
力は底なしで、一晩で30発は当たり前っていいますしね」
「………………」
「キャァァァァァ!」
重苦しい雰囲気の中で、突然悲鳴が鳴り響いた。
「なっ、何だ!?」
突如として聞こえてきた悲鳴に警戒する3人だったが、次の瞬間、前方の森の中
から3名の女の子が飛び出してきた。
町の娘だろうか。農作業用の質素な服を着た、10代半ばと思われる子が、おそ
らくは妹と思われる7~8歳の子の手を握っている。
もうひとりは友人だろうか。同じくまだ10代半ばと思われ、こちらはやや裕福
な家の子だろうか。白のシャツに、赤い刺繍のふわりとしたスカートを身に着け、
森で取ったのであろう花や木の実が入った手籠を持っている。
「たっ、助けてくだ……、キャァァァァ!」
ゴブりんたちを見た女の子から、再び悲鳴があがる。
無理もないだろう。声をかけようか迷う彼らの前に、女の子を追ってきた者が姿
を現した。
「コボルトか!」
そこには、7体のコボルトがいた。
「グ……、オンナ、ウマソウ……。ヤリタイ……。イレル……」
股間を怒張させたコボルトたちは、ゴブりんやタウリンには目もくれず。女の子
たちに近付いて行く。
「ひ……、ひ……、い、妹だけは……、この子はまだ8歳なんです。どうか、どう
か……」
姉は必死に懇願するが、コボルトにはそんな姉の感情を解する知能も情も無い。
「オレ……、チイサイノ……、スキ。チイサイノ……、オレノ……」
前門のコボルト、後門のハーフモンスター。
「お姉ちゃん……」
妹は姉にしがみつき、全身を震わせている。そして、彼女達が絶望を味わおうと
した瞬間、
「お、お嬢さんたち……、こ、ここは僕たちが……。あ、危ないから下がっていて
ください」
「おうよ!ここは俺たちの出番だぜ!」
「まったく、あの地獄の特訓がこんな所で役に立つとは……」
彼女たちとコボルトの間に、タウリンたちが立ちふさがる。
ゴブりんは食料採取用のナイフを構え、ウルフルは鋭く伸びた爪を掲げる。そし
てタウリンは、丸太のような腕に力を込める。
「え……?」
周り全てが敵だと思っていた彼女たちから、疑問の声があがる。
数分後、その場に倒れ伏し、動かないコボルトが6体、仲間があっという間に倒
れていく様を見て、すかさず逃げ出した者が1体という状態になっていた。
「ふ、ふん!そ、そんな粗末なモノで女の子を満足させようなんて、じ、10年早
いんです」
「ケッ。お前はミノタウロスだからいいよな。俺なんか結局コボルトどもと同じ種
族だから、たいしてデカくもないし……」
「あ、ゴ、ゴブりんさんがどうとか。そ、そんなつもりじゃなくてですね……」
「まあまあ、こちらはだれも怪我もなく、女の子も無事でよかったじゃありません
か。それに、あまり遅いと何か抜け駆けしたんじゃないかって、軍団長に疑われま
すよ」」
「まあ、そうだな。んじゃ、さっさと帰るか。お嬢さんたちも気をつけて帰れよ」
これ以上人間の女の子と接触しても、余計なトラブルになるだけだと知っている
彼らは、早々にその場を引き上げた。
「あ、あの……」
後方から声が聞こえた気がしたが、彼らは振り返ることなく去っていった。