董卓顔の俺氏。難手家の末席を温むる
魔界の冒険者ギルドは、普通だった。
木造の三階建築で地下一階だ。
通常の冒険者ギルドは3階が従業員スペースで、2階が会議室やギルドマスターの執務室、1階が受付&酒場で、地下一階が盗賊などの収監所となる。
この冒険者ギルドも同じ作りであった。
木造で漆喰やワックスなどの塗料などは使われておらず、むき出しっぽい色合いだ。
コンクリートなら打ちっぱなしというところだが、木造だとなんというのだろう?
ともかく、自然を生かした木の風味溢れる家である。
そんな家が何もない丘の上にぽつりと建っている。
町などはまったくない。
森の中に突如として存在しているのだ。
冒険者ギルドの近くにあった木々は切り倒されていた。はげ山だ。
魔界の冒険者ギルドの屋敷は、屋敷自体は普通でも周りは何もなかった。
普通の冒険者ギルドは大抵の場合、利便性を考えて街の中にある。
この場所の冒険者ギルドは、まず冒険者ギルドを建て、あとから街を作りたいのであろうか、区画整理の途中のように見える。
だからだろうか。
そんな一軒家の冒険者ギルドに冒険者などいるはずがなかった。
ソフィアがその冒険者ギルドの扉を開けた。
「こんにちはー。あ。ラチケットのエルフのお兄ちゃんだー」
「おぉー。コンプレックス家のお嬢ちゃんじゃないか。今日はどうしたんだい?」
そんな冒険者ギルドの家で俺たちと受け答えをするエルフのお兄ちゃん。
エルフなので歳を食っているのだろうが、年齢はわからない。
そんなエルフのお兄さんがギルドマスターなのだろう。
なんといってもネームプレートに「ギルドマスター」と書かれているのだから間違えようがない。
ギルドマスターっぽいギルドの制服は、俺の地元でも見たことがある。
「ちょっとお金を稼ぎたいと思ってぇー。おじさまを連れてきましたぁ」
「じゃぁまずは冒険者登録からかな。どうだいお嬢ちゃんも?」
「お~。じゃぁ僕もお母さんみたいな冒険者になるぅ!」
「うんうん。えらいぞー」
「えへへぇー」
ソフィアの頭をなでる優しいエルフのお兄ちゃん。
見た目だけなら董卓顔のおれよりもとてもよい。
そんなお兄さんが俺の方を向いた。
体つきは細く、ソフィアにあまあまなエルフだが、目つきだけは暗殺者のように鋭い。
きっとクラスもアサシン系なのだろう。
立ち回りも洗練されている。
いで立ちはグリーン系統の皮鎧で軽量級の盗賊職を思わせる格好だ。
主武器は短剣か、今は手にはしていないがエルフらしく弓だろうか。
「で? 小僧が最近来たソフィアの腰巾着か。話は聞いてる」
どこからそんなに話になったのだろうか。
エルフのお兄さんはソフィアに対するものとはまったく態度が違っていた。
ソフィアについてはデレデレで甘い。
ふっ。俺の方が甘いがな。
「どうも。ソフィアの男です」
一瞬、俺は名前を名乗ろうとしたがそこで思いとどまる。
――名前を言っていいのだろうか。
目の前のエルフは、エルフには違いないだろうが、この魔界で冒険者ギルドのギルドマスターなんぞをやっている存在だ。
もしかしたらダークエルフなのかもしれない。
ちなみに俺とダークエルフとの因縁は深く、何人ものダークエルフをあの都市で討ち滅ぼしている。
火計の策略によってだ。
正直、相手がダークエルフであれば本名を言っては危険だろう。
「ほうほう? 動きに結構な無駄があるな――。どこかで見たような気がするが剣士とかではないのかね?」
幸いにして病み上がりであったため、俺の動きはぎこちない。
そのためにあの都市で防衛戦闘によりダークエルフを倒したことには気づいてないかもしれない。
うむ。きっとそうだ。
だいたい、董卓顔のおっさんから、董卓顔の青年へとランクアップしているのだ。
分かるはずないじゃないか。
「しかし似ているな。難手家に連なるものか何かか?」
不審げに俺を見るエルフのお兄さん。
かなり鋭かった。もろにばれている。
「うん! おじさまわぁ、僕が篭絡したのぉ――」
そこにソフィアがとどめを打った。
言いながら腕を絡めてくるソフィアは実に可愛いのだが、篭絡したとか言ったらまるで俺がネン・ナンデその人だと言っているようなものではないか。
――まぁ、本人なわけだが。
「ほう。篭絡とな。やはり――」
不信感を強めるエルフのお兄さん。
いや、それはソフィアと俺がべたべたしているからかもしれないが。
「あー。あー。俺は難手家は難手家ですが、末席のローといいます。貴方の思っている人ではないかと――」
俺は別人であることを装うため、あえて名前を謀ることにした。
ちょっと似ているのは親類だからということにした。
まったくの別人ということにしてしまうと、ソフィアの篭絡したという言葉と矛盾してしまうからな。
全くの別人ではないが、本人ではない。これでどうだろう。
しかしこれでA級ライセンスであった俺のネン・ナンデとしての冒険者資格者証は使えなくなってしまった。
これで、最初期であるH級ライセンスから再び冒険者を始めることが決まってしまったのだ。