董卓顔の俺氏。修羅場に突入し物語が完結す
トンネルを抜けるとそこは雪国だった――
そんな小説を書いた文豪は誰だったろうか。
そんなことを思い浮かべることができるほど、その移動は瞬間的であった。
距離にして家を出ておよそ数歩だった。
移動が終っていた。
戸惑う俺にソフィアが急に寄り掛かってくる。
董卓顔のおっさんである俺は、急にそんな行為をするソフィアに疑問を覚えるが、それ以上にどきどきしてしまう。
え? なに? 俺に好意でも持っているの?
ソフィアがそのまま上目遣いに俺を見上げてくる。
「それじゃ、飛ぶからね――」
「飛ぶ?」
飛ぶ? 何を言っているのか分からない?
まさか、空でも飛ぼうというのか。
まさかまさか、伝説の転移魔術でも使うのだろうか。
「お願いだからぁ。1分くらいこのままでいさせて」
「お、おぅ……」
俺は魔術についてはあまり詳しくない。
肉体言語である古式魔術や、近代魔術、その他攻撃魔法の対策についてはこの何十年かによってある程度知識はあるのだが。
この手の系統のものはさっぱりである。
しばらく後にソフィアの足元には魔法陣が出現していた。
転移魔術であることを裏付けるように。
その色は淡い紫である。
おそらくは闇系統の魔術であろう。
であるならば近代魔術系である《紫式》の系統から来たものだろうか。
近代魔術とは多くが昨今流行りだした大規模広域殲滅魔術のことをさす。
そして、近代魔術はイメージによって発動する。
内容が異なるその体系は攻撃だけでなく多岐に渡るのだ。
その近代魔術初代の使い手の名は南部戦線の英雄、《魔弾の討ち手》ソフィー・ヴァイオレッタ。
そういえば名前が似ているな。
まさか――
ソフィアは《魔弾の討ち手》ソフィー・ヴァイオレッタと魔人のハイブリッドなのだろうか。
つまり、英雄と魔人――
一瞬、俺は「敗北ヒロイン」とかいった現代知識を妄想してしまうのだが、さすがにソフィアに聞くことはできないだろう。
確かに最近、英雄ソフィー・ヴァイオレッタの名は聞かなくなって久しい。
その弟子であるメアリ・ラストの方が名前としては聞くくらいだ。
だがまぁ、英雄とは一瞬の煌めきの後に消え去るのが世の習いである。別段不思議なことではない。
そんな妄想はさておき。
しばらくするとソフィアが描いた淡い紫色の魔法陣から、紫色の魔の気配が揺らめいて立ち上ってくる。
その形はまるで無数の蝶のようであり、幻想的だった。
「おじさま。それじゃぁいくよーぉ。《転移》!」
淡い光がソフィアと、ソフィアが抱き着いている俺の体を包み込む。
そして――
・
・
・
俺は気が付けばどこかの別荘のような邸宅の一室にいた。
「は?」
間抜けな声がでてしまうのも無理がないことだろう。
俺はさっきまで俺の家のすぐ外にいたのだから。
まさに、トンネルを抜けると――状態だ。
あの文豪であるならば、そこが雪国であろうことは最初から知っていただろうが、俺は移動先がすぐに人の家の中だなんてことは予想ができていない。
つまり覚悟ができていない。
目の前に、一人の魔人がいたのだが、とっさに対応などできるはずがないだろう。
俺の主武器であるヒモをとりだす時間すらない。
その魔人は優男で部屋なのにマントをつけている。
歳のころは30台くらいだろうか。見た目どうりであるならば。
そしてイケメンである。
そこから発せられる自然な魔力だけでも圧倒的な力の差を感じる。
なんという実力者だろう。
「な、ななな……。なんと……」
そのイケメンが予想に反してわなわなと震えている。
その視線の先には俺と、俺に抱き着いているソフィアの姿がある。
「お父さぁん! 僕ぅ、男を連れてきましたよぉ」
イケメンのこめかみがピクリと動いた。
「あぁ、確かにお父さんは男でも連れてこいとはいったよ」
「お料理も得意なんだよぉ」
「ほう料理か。だがな、だか――、こんなおっさんとかありえないだろうがぁ――」
「えー。おっさん結構渋くない?」
「違うだろう。どっからどうみても『謎の種付けおじさん』みたいな野郎じゃねぇかぁ!」
なんだ、その『謎の種付けおじさん』って。
せめて異世界の董卓くらいにして欲しかった。
異世界じゃ三国志なんて知らないだろうが。
ぶさいくなのは認める。
せめて趙雲とか劉備くらいのイケメンの方が俺は良かった。
「えー。お父さんひどーぃ。せめてそこは『星くず獣おじさん』くらいにしてよぉ。私の男なんだからぁ」
だからなんだその星くずファンタジーみたいな名前は。
「こんな奴は『深海潜むおじさん』で十分だ!」
だからなんだその深海潜むおじさんって。
なんか海のニートみたいな響きがいやすぎる。
クトゥルフ神話に出てくるおじさんかよといいたい。
それならまだ、謎の種付けおじさんの方がましだというものだ。
とにかくイケメンは怒っていた。
イケメンからゆらゆらと怒りの魔力が放出されている。
さすがは魔人である。
これは狂気の威圧の波動だ。
このまま斬られたら空中に『天』とか文字が描かれてスーパーアーツにされる自信がある。
「ま、まさかソフィアが女にされてしまうとは……」
「ん? 私は初めから女だけど?」
疑問を浮かべるソフィアだが、その発言はまずいのではなかろうか。
ソフィアは女性だが、俺が女にしたわけなじゃない。
このイケメン――俺をもの勢いで睨んでいる。
どうやらこのイケメンが状況証拠的にはソフィアの父親のようだが、俺がまるでソフィアを手籠めにしたんじゃないかと言わんばかりだ。
イケメンの目には血の涙を浮かべていた。
「お前……、お前に分かるか!」
魔人も血は赤いんだな――
俺はそんなことを思った。
「お前に分かるか! こんなおっさんに、うちの可愛いソフィアが出会ってO秒で凸凹Xされるようことをされた親御さんの気持ちが――」
分かるわけないだろー。
俺はそもそもDTだ。
「そして、親御さんであるこの俺の前にのこのこと現れるとは――」
イケメンがいつの間にか取り出した長剣は黒い血に濡れていた。
どこから出した?
異次元にポケットでもあるのか?
普通なら回避すべき場面だが、初めて見る修羅場に俺は焦っていた。
これはまるで、貴方の娘さんをくださいとかいう間男のイベントじゃないか。
――あれ? 間男ってここで使うシチュエーションだったっけ?
とりあえず、俺もてんぱっているようだ。
冷静になる必要があるだろう。
俺はともかくイケメンに声をかけてみることにする。
あれ? そういえばこのイケメンの名前なんだっけ?
とりあえず、ソフィアの父親だから、お父さんだな。
「お父さん。そんなことはやめるんだ! 剣を降ろすんだ!」
「お義父さん! お義父さんだと!! お前にお義父さんなどと言われる筋合いはない!」
イケメンはなぜかさらに怒り出した。
「お前のようなやつをお父さんは許さない! 娘は渡さん!」
年頃の娘さんを持つお父さんが言いたくなるセリフNo1がついにカードとして斬られた。
しかも斬りかかるのは物理攻撃である。
斬りかかるイケメンの長剣を俺は回避しようとしたが、そこは魔人の攻撃だ。
いままで受けたどのような攻撃をも上回るその速度に俺はなすすべもない。
俺は一瞬のうちに17個の肉片に変わった。
俺が最後に見た光景は、血だまりのスケッチと化した床だった。
「お父さん! 私の男になんてことするのよぉ! もうお父さんなんて嫌いぃぃ!」
そういわれ、イケメンのお父さんはきっとおどおどしていることだろう。
どうやらソフィアは親離れして反抗期に移行したようだが、意識が薄れていく今の俺にはどうでもよいことであった。
―― 完 ――