董卓顔の俺氏。鹿経済学から死荷重を学ぶ
ソフィアと名乗った少女はジビエ料理である鹿肉をおいしそうに頬張っている。
一心不乱という表現が一番しっくりくるだろうか。
それはまるで小動物が木の実を齧るように愛くるしい。
「な、なにこれぇ……。おいしいよぉ」
鹿肉は俺の異世界の知識を生かしてお弁当のように四角い箱に詰めてある。
箱の外側は黒、そして中は赤の贅沢仕様だ。
その名も鹿重。
この鹿重にはギミックが備えられている。
なんと、うな重と同じように少しお米をかき分けると2段目の鹿肉が登場してくるという、隙を生じぬ二段構えなのだ。
こちらの世界の住人ではそんなことをする発想すら沸いて来ないだろう。
本当はうな重でこれをやりたかったができなかった。
この世界でもコメは一般的だが、さすがにウナギの入手は難しかったのだ。
そんな鹿重だが、ソフィアには好評だ。
うまい、うまいと食べるソフィアは本人の談では魔人らしい。
魔人であれば魔界に住むのも当然だろうか。
確か人間を辞めて心臓の横に魔石を蓄えた者というのが魔人の定義だと思ったが。
いや、心の臓そのものだったか?
この年でそんな秘術に目覚めているとは思わないから、そんな魔人の娘さんなのだろう。
「こんなに美味しいご飯、生まれて初めてなのぉ」
しかし、そこまでうまいものだろうか。
狩人料理として食べなれた自分からすると、食べたとしてさほど感動は得られないのだが、ソフィアにとっては違うらしい。
「ずっとぉ、お父さんや僕が魔力で作ったご飯しか食べてこなかったからぁ」
「それは……。美味しいのかね?」
「んー。たしかにぃ美味しいけどぉ。毎日だと飽きかもぉ」
魔術による食事生成――
以前にも部下のリネージュが手作りと称して作ったものを食べたことがあるが、確か膨大な魔力が必要だったはずだ。
まさしく魔人レベルであるからこそできることなのだろう。
「ほんとぉ、レパートリーがねぇ」
「なるほど。いくら魔力で食事が生成できたとしても、見たことも食べたこともない料理は作れないわけか」
「お料理ができる男の人っていいわよねぇ」
「うんうん。俺は料理のできる男だぜ。完全に男料理だけど」
「初めての男は誰でも良いと思ったけどぉ、おじさんなら良いかもしれないねぇ」
鹿重を食べ終えたソフィアは急に俺に目を向け、上から下までじっくりと観察する。
「なんだ? 俺に興味でもあるのか?」
「えぇ、とっても」
「え?」
「え?」
どんな意味だろうか?
どうせ恋愛関連などではあるまいが、こうも見られると俺としてはドキドキせざるを得ない。
「実はぁ、お父さんが人手を欲していてぇ、なんだか男を連れてこいなんて言うんだよねぇ」
「ほぅ……」
「さらに料理作れるなら最高だよねぇ」
「なるほど……」
やはりか。
やはり恋愛関連ではなかった。
魔人の父なのだから、お父さんというのも魔人に違いない。
想像するに男手というか、質の良い奴隷でも欲しいのだろう。
なるほど。
だから料理か。
こんな年端のいかぬ少女にそんな拉致まがいのことをさせるなど、なんと鬼畜な親なのだろう。
いや、少女だからこそ人々を欺けるなどと考えて実行しているのだろうか。
そんな不埒な奴は倒さなばならないだろう。
少女の魔力保有量から考えてその父とすればさらに魔力は強大かもしれない。
だが俺も英雄が一人、異世界の董卓を自負する者なのだ。
不意が突ければ殺れるかもしれない。
そして、そんな父親から少女を開放するのだ。
そしてそして、ソフィアを我が手にするのもやぶさかではない。
「ソフィー、君がこの地に来たのは男漁りが目的なのか?」
「ふえぇ。そうだよぉ」
「ふっ、ならば行こう! (そんなことは止めさせなければ――)」
「あ、ありがとうぉ」
俺がここで断ってもよいかもしれない。
だが、断ったら彼女は他の男を探しに人の世界に飛び出していくだろう。
そんな危険を冒すわけにはいかない。
いまならソフィアも油断しているため、ここでソフィアを倒してもよいのだろうか、可愛い女の子に対してそこまで非情にもなれなかった。
男は立ち上がる。
空には暗雲が広がっていた――
さぁ、そろそろ主人公死ぬよ~