董卓顔の俺氏。おなかのすいたエンジェルに遭遇す
俺がそれなりに建てた家は森の近くにある。
その森は、魔王軍が存在する魔界側の樹海であった。
家は年代を重ね粗末な感じではあるが、少なくとも夜露はしのげるし、いい感じに仕上がっているだろうと感じる。
これも友人であり、かつての部下であったエルフのリネージュたちのおかげだ。建築材などの便宜を図ってくれたからである。
俺が初めてこの場所に家を建てるといったとき、リネージュは「あなた、国から放逐されてもなお国のためにこんな場所に住むなんて律儀なのね。顔はおっさんなのに」などと俺の忠誠心について感心していた。
もっとも大きな理由は俺が異世界転生したてで、冒険者としてまずは安定した居場所が欲しかっただけなのだが。
前世が蘇った当初、婚約破棄された現世の俺はショックで心理の深層から現れることは無かったし、そして異世界転生してきた前世の俺は、現世の俺よりもうまく立ち振る舞える自身が無かった。
知識はあれども無能であることは、現世の俺の行動力を見る限り痛いほど知っている。
そして、いずれ異世界に行ったら旅に出かけよう、などと考えてはいたものの、日々を生きるという生活を過ごしているうちに、俺の人生は終わったのだ。
気が付いたら歳をとっていた。
残酷すぎる結果である。
――しかし最近は森が騒がしい。
平時であれば赤兎や鹿が採れる比較的浅い森の地域に、狼やゴブリンなどがいる。
それは大変に困ったことだ。
狼はともかくゴブリンは使えない。特に肉がまずい。
その点、赤兎や鹿は美味い。野生のジビエは実に旨いのだ。
俺は原因を探るために森の中に入ると、やはりゴブリンやオークといったモンスターがいるのを発見する。
何者かに追われているのだろうか、その数こそ少ないが猛烈な勢いで走ってくるのだ。
そんな奴らを迎撃用の縄の罠で仕留めつつ気配を探ると、俺は遥か遠くに強大な魔力を持った人物がいるのを感じた。
今まで見た中で最強は浅科を名乗る暗殺集団のダークエルフであったが、それをを上回るほどの魔力の存在がその人物からは感じられる。
迎撃すべきか、逃げるべきか――
その人物は手にした短剣を高速で振り抜き、モンスターたちを屠りながらこちらに来ているようだ。
モンスターを倒していることから見て、魔王軍に属するものとは考えられない。
しかし、魔界の森からやってくるような人物が、まともな人間のはずがない。
おそらくは、魔人の類か、何かか。
その目的は何だろう?
ともかく、そんな人物がここを突破するのであれば人類に大きな影響を与えることになるだろう。
そう、人類だ。
そんなレベルの強さを、その人物は持っていた。
迎撃して仕留められれば良い。
だが、迎撃して倒せないのであれば早くに逃げて危険性を周囲に訴える必要があるだろう。
そんな考えをしているうちにすっかり好機を失ってしまった。その人物との距離はだいぶ近くなってしまったのだ。
まったく歳はとるものではない。
最近は大きな戦いもなかったからか、判断力が鈍っている。
だが判断が鈍ったのは、出てきたその人物が想像と違ったことも影響しているだろう。
なにしろ、絶世のロリな美少女なのだから。
軽量のレザーアーマーであまり肌は見せていないものの、濡れたような黒髪ぱっつんの少女は可愛らしくも凛々しい顔立ちに黒瑪瑙のような瞳を有しており、異世界には似合わない大和撫子といった風情を感じさせる装いだ。
胸だけが残念で少年としてもよいくらいであるが、将来は十分期待できる。
しかし容姿に反して相当な腕前なのであろう。
手には血濡れた短剣があるが自身には返り血一つない。
「よぉ、ぼうず。そんなところで何をやっているのだ?」とにかく俺は声を掛けてみた。
「ぼうずじゃないよぉ。僕は女の子なんだからぁ」
俺の問いかけに甘ったるい声で返す少女に毒気を抜かれた俺は緊張を緩めた。
しかし、彼女は何者なのだろうか?
じろじろと観察しているうちに、ぐぅという小さな音がした。
彼女の腹の音らしい。見れば恥ずかしいのか、彼女の顔が真っ赤になっている。
「なんだ? おなかがすいているのか?」
俺の問いかけに顔を真っ赤にしながら少女がうなずく。
「ならば、俺のとっておきを食わしてやろう」
俺はこうして、魔物の死臭に溢れた少女――ソフィアと出会ったのだ。