プロローグ②(主人公側):いきなり! 異世界転生!
俺はいきなり異世界転生した。
何を言っているか分からないだろうか事実である。
それも、厚切りのステーキを提供する有名チェーン店で食事をしていたらいきなりである。300gからが基本だ。
通常、いきなり! 異世界転生などしたら混乱するものだろう。
ここが本当に異世界なのかどうかと数ページに渡りいろいろ書いて考える必要があるはずだ。
だが、俺にそんな混乱はなかった。
異世界転生先のおっさんには、そのおっさんが有していた記憶があったからだ。
つまり、いわゆる前世の記憶が蘇った系の異世界転生だった。
前世の記憶が蘇った。
それはつまり、それなりの苦境がこのおっさんにはあったのだ。
普通なら雷が自身に落ちて、などだろう。
だが、よりにもよってこのおっさん、婚約破棄によるショックで前世の記憶が蘇っていた。
お相手は可愛らしい金髪の王女だ。ゆるふわ系である。
三国志で言えば董卓みたいな顔のおっさんの俺とはまったく似合わない。
顔だけ見れば身分不相応といえる。
だがそこはやはり異世界なのだろう。
董卓みたいな顔のおっさんは身分にものを言わせて年の差とか考慮に入れていなかったらしい。
権力だけ見れば身分相応といえる。
董卓みたいな顔のおっさんらしく権謀術中の末に勝ち取った権力なのだが。
だがそんな運命にも逆らえず弱弱しいと思っていた王女からの突然の婚約破棄である。
確かにショックだ。
婚約破棄される前に食っておけばよかったのに。
だが、それもそれも仕方がないことだったのだろう。
この王国の状況では。
東方の樹海に面する人側三か国のうちの1つであるこの王国は、樹海に住む7柱の魔王による侵攻を受けており、目下連敗中だ。
7柱の魔王はそれぞれ、<色欲>、<暴食>、<嫉妬>、<強欲>、<怠惰>、<激情>、<傲慢>をそれぞれ司り魔界を統治している。
彼ら/彼女らの力関係は不明だが、北から順に怠惰之魔王たる魔王ベルフェ、強欲之魔王たるゴブリナ、暴食之魔王たる魔王ベルの3魔王の領地が人の国と面していることもあって人の世界への侵攻が激しい。
主に北にある王国が対峙しているのは怠惰之王たる魔王ベルフェである。
彼女は本人自身は怠惰ではあるのだが、再三に渡り魔界の軍勢を王国に放っていた。
その構成はゴブリン、オークなどの下級種が中心ではあるが、中にはオーガ、サイクロプス、ダークエルフ、そして最強を誇る魔獣の王モフデラデピなどおあり侮れない。
王国の政権を掌握し、将軍となった異世界転生前の俺でもその勢いを防ぎきることはできず、ついには一都市を放棄せざるを得ない状況となってしまった。
しかしただでは転ばない。
都市を丸ごとを使った火計計略によって、俺は魔の軍勢を焼き払ったのだ。
なんてことをやっているのだろうこの男は。
1万の都市に対して敵側は10万の兵力であり、都市1個という犠牲を払ったにことに対して戦術的には圧勝といわざるを得ないだろう。
だが、結果として圧倒的な勝利を収めたにも関わらず。
無理やり都市から別の場所に逃がそうとした俺に、ほんの一部だが強烈に反対してくる野党勢力がいた。
都市に愛着のあるプロ市民というものはどこにでもいるものだ。
だが彼らに詳細は話せない。
火計で敵を屠ることは魔王軍に属するダークエルフの連中が潜んでいる可能性があるのだ。
したがって火計の件は極秘とした。
そして極秘のまま、反対されることにムカついた俺は彼らプロ市民を人柱とすることにした。
ダークエルフ達に計略でないことのカモフラージュとして犠牲となってもらうのだ。
結果として、俺はすべてを巻き込み粉砕した。
――そのことに憤慨した国内の市民どもが王女にあること無いこと吹いたことが直接の婚約破棄の原因だった。
さすがに火計の問題だけで婚約破棄に至るとは思わなかったし、甘言に従った王女に対して男としてはショックだったのだろう。そのショックが元で異世界転生が起きたわけだ。
しかし、婚約破棄で前世の記憶が蘇るのは、召喚魔法で勇者が召喚されることと同じように小説界隈では普通のことだが、まさか自分の身に起きるとは思わなかった。
婚約破棄系であればこういうものは可愛い娘とか悪役令嬢とか、そういうポジションの人間がなるべきものなのではないだろうか。
俺はだからといって少女に異世界転生とかしたいわけではない。
そんなことになればめくるめく腐った耽美の世界に突入しそうで俺的にはNGだから、おっさんはまだましなのだろうか。
そんなBLモノじゃあるまいし、男の身でありながら女の喜びとか知りたくもない。
だが、どうせ異世界転生するのであれば、顔はイケメンにして欲しかった。
なぜにこんな三国志で言えば董卓みたいな顔のおっさんに転生しなければならないのだろうか。
いい歳したおっさんがゆるふわ系王女に婚約破棄されたからって、前世を思い出すほどにショックで取り乱すなよといいたい。
いや、確かに可愛かったけど!
あの黄色を基調したドレスを着こなす王女は可愛かったけれども! 実に惜しい。
そして王女から婚約破棄などされたということは、そのまま政権を追われるということに繋がっていた。婚姻や、それに類するものが切れれば一族やその配下たるものが離反するものと相場は決まっている。
つまり、エルフで参謀の《陰険なる躍動》リネージュや《編纂の石碑》サイヨウといった仲間も同時にだ。
そんなことになれば王国はどうなってしまうのか、王女を唆した連中は分からなかったのだろうか?
だが、得てして君主は愚者がなるものだ。
将軍たる俺としても愚かでなかったかと言われれば否定はできない。なにしろ都市を一つ滅ぼしているのだから。
こうして俺は王国の中心である将軍から、一転して冒険者へと身を落とすことになる。
冒険者といっても都市を焼き討ちした間抜けな将軍ということで周囲から疎まれた。
一度権力から身を放せばこうなることは自明か。
そもそも、追手が来ないとか、処刑されないというだけましというものだろう。
だからか。
せっかく異世界なんだから可愛い女の子と一緒に旅にでる、などということもしたかったのだが、どうにも無理だった。
――自らが葬った都市のことが頭から離れない。
沈む夕日、大地につづくでこぼこの盛り上がり、その盛り上がりに刺さる十字架の杭――。それは墓石の代わりだ。
ならばでこぼこの盛り上がりは何でできているのだろう?
瞬時にして見ただけでそこが都市ごとの墓場だとわかる。
あの都市は今や多数のアンデットが蔓延る魔都だ。
それがちょうど良く魔王軍との防波堤になったのは皮肉なことだろう。
俺は冒険者となっても魔都の近くに住み、異世界転生で得たチートな力も使って魔都を境にマジノ線を構築した。
絶対に破られない防波の堤だ。
守るべき王女は失ったが、都市から落ち延びた人々くらいならば守ってやっても良いだろう。
そしていつしか、俺はどんな困難なことも乗り越える《難手の使い手》として知られるようになる。ネン・ナンデとは俺が冒険者になってからの名前だ。
こうして、魔王軍からの侵略から国を守ったが、国は内部崩壊を重ねた。
3度の政権交代、マジノ線を迂回しての魔王軍の侵攻、さらには2度の国名変更、風の噂だがゆるふわ系の王女は磔にされて死んだそうだ。
もはやどうでもいいのだが。
南のローズ王国が英雄 《魔弾の討ち手》ソフィー・ヴァイオレットの活躍により魔王軍との戦いに決着をつけた後、しかし人同士の内部崩壊でローズ王国が滅んだのと結局は同じだ。
魔王軍との闘いが終われば人同士で戦うだけなのだから笑えない。
そうこうして20年が過ぎたとき、俺は思った。
「あれ? 可愛い女の子と冒険の旅にでる異世界冒険紀淡はどうなったのか」と。
董卓顔のおっさんは歳を重ね、さらにおっさんになっていた。
完!