そのころの教授陣 三人称
「なんだと、それは本当か――」
「くそっ。なんだって今年に限ってこんなバカなことに……」
英雄 《魔弾の討ち手》ソフィー・バイオレッタが身を投じて魔王エディプスを篭絡し、魔界からの侵攻から魔界の南側に面する諸国を守ると宣言してからおよそ10数年。
それからローズ王国 (現カタルニオチタン王国)のメアリ・ラスト侯爵が中心となってその魔王エディプスと交渉し、4年前からはようやく完成した魔道列車を使った定期航路まで締結するまでになった。
カタルニオチタン王国が大きくなった理由としてはローズ王国を接収し、その定期航路から得られる魔石を軍事に大いに利用したからに他ならない。
ローズ王国は現カタルニオチタン王国の女王であるエリスに恐れ多くも婚約破棄をした王子がいる国である。
滅ぼすのに遠慮はいらなかった。
今話題になっているのは、魔王エディプス・コンプレックス ―― この国風にいうのであればコンプレックス辺境伯の夫 ―― の令嬢であるソフィア・コンプレックスのことだ。
そのソフィア・コンプレックスが王立の学園の女子寮に来ているという。
「英雄ソフィー・ヴァイオレッタ辺境伯――今はソフィー・コンプレックス辺境伯のご息女ですか」
「先ほど見てきたが、まるで生き写しのようじゃったぞ。ソフィー様の若いころにそっくりじゃった」
「流れる濡れた髪に白い肌、そして紫のドレスか――」
「やはり『紫式』の使い手なのか? あの近代魔術の――」
「いや、巫女職らしい。治癒系統の魔法を既に納めているらしいぞ」
「それは――、なんというか――」
「そもそも、こんな重大情報、なぜいままで我々に情報が来ていないのだ」
「それが……、王妃のところで止まっていたとのことで……」
「あのエリス王妃め、いつものことだが悪戯が過ぎるぞ」
「こら、めったなことを言う出ない――」
そんな喧噪の中、一人の女性が姿を見せる。
それが、校長であり侯爵でもあるメアリ・ラストだ。
年のころはおよそ40台くらいだろうか。
「聞いてはいると思うが、本年はソフィア嬢がこの学園に入学する。さらに今年はこの国の第一王子や、教会教皇の息子、あげくの果てには騎士団長の息子、隠しキャラの男装の麗人なども同年代として入学することになっている。ものすごく大変なことになるだろうが、不祥事等は起こさない等厳重に注意せよ。以上だ――」
「お、お待ちください。何か、何か対策とかはないのですか?」
「ないな――。エリス王妃が何か企んでいるようだ――」
「一体何を――」
「決まっているだろう! アレだ」
「まさか、今年もやろうというのか、あれを――」
「馬鹿げている――」
「しかし成功すれば多大な利益を及ぼすことは間違いないのだ。そこは理解して欲しい」
「しかし――」
混乱する教師人をメアリは強引に黙らせる。
「これは決定事項だ。あと、変な虫は付かないようにはしておけよ。何事も不幸があっては困るからな――」
・
・
・
メアリ・ラスト侯爵は旧ローズ王国の出身である。
カタルニオチタン王国にとっては敵国の侯爵ではあるものの、エリス王妃と学友で面識があったこと、英雄ソフィー・ヴァイオレッタとも学友でかつ親友であったことなどから、ローズ王国陥落後も貴族であり続けている数少ない女性の一人であった。
そう、ソフィー・ヴァイオレッタの娘であるソフィアにとっては母方の親友ということになる。
人側の数少ない後ろ盾だ。
女子寮に入ってからすぐに、そんなメアリ・ラスト侯爵の家に呼ばれるのは自然なことであった。
ソフィアはそのメアリ家の客間できょろきょろと辺りを見渡している。
俺はその隣でソフィアと一緒にソファーに座っている。
対面には当主のメアリ・ラストがいる。
俺の後ろには護衛のつもりだろうか、立ったままプレートアーマーを着込むアリスの姿がある。
メアリ家にはメアリ・ラスト一人しかいないらしい。
親類縁者がいないということで、家令などはいるようであったが。
そんな一人の家であるためか、メアリ家の屋敷は侯爵家としはかなり質素なものであった。
2階建て木造で地下室があるだけだ。
内装も外装もシックな黒の基調である。
「ずいぶん質素だと思った? 私の家は侯爵家ではあるけれど、それ以上に魔術家だからね。ソフィアのお母さん、ソフィー・ヴァイオレッタとは地下の研究室でいつも遊んだものなのよ」
どこか遠い目をするメアリは、俺には過去のことを思い出しているように見えた。
確かに調度品などはない。客間であるにも関わらずだ。
だが、俺としてはメアリの隣にいる存在の方が気になって仕方がない。
まるで寡婦のように黒いドレスを来た女性がいる。
そして髪は見事なドリルだった。先入観からだが、ツンデレなのだろうか。
顔は黒のレースでおおわれていて判別はできないのだが、まさか――
――どうみてもこの国の王女であるエリス王妃のように見えないのだが。
その女性がソフィアを見ながらため息をついた。
「しかし、ソフィーの子供がすでに婚約しているだなんて驚いたわね」
ソフィアは差し出されたテーブルの上のお菓子の皿に手を伸ばしつつ答える。
「えぇ、僕の隣にいるおじさまがぁ、僕の婚約者なんですよぉ」
「それって、親公認なの?」
「もちろん、親公認ですよぉ」
屈託のないソフィアに対して、その女性は何かを考えこむ仕草をする。
「それ、よく許して貰えたわね。あのエディプスに……」
「一度切り刻まれた」俺は素直に答えた。
「なるほど。そのくらいで済むならまだ良い方かな――」
「良い方なのかよ」
「えぇ、とっても。私がソフィアのお父さんだったらきっともっと凄いことをしちゃうと思うんだ」
俺は一筋の汗が流れる。
それを助けたのはソフィアだった。
「だめよ。いくらエリスおばさまとはいえ、おじさまに手を出したら赦さないんだからねぇ」
ソフィアさん。その言い方だとなんだかエリスさんが俺に言い寄ってくるように聞こえるのだがね。
というか、やはりエリス王妃で確定なのか。
「まぁ、ロー君って愛されているのね」
「いやまぁ……。しかし、なぜエリス王妃がこの場所に?」
「あら? 知らなかったの? ソフィアの母であるソフィーとメアリ、それに私はローズ魔法学園という学校で同級生だったのよ? いまはローズ王国自体が滅んで学園もなくなったけれど――。(滅ぼしたのは私だけれど……)」
なるほど、親友達というやつか。
すると、親友達の子供を見に来たというところだろうか。
「しかし、これじゃぁ――
ソフィアちゃんをメインヒロインにした『婚約破棄計画』とか無理かしらね」
エリス王妃は不穏な言葉を口にする。
「なんだその物騒な計画は――」