董卓顔の俺氏。女子寮を覗く
貴族の令嬢等が通う国内有数の育成機関である国立カタルニオチタン学園は、16~18歳の男女共学の学校だ。
受験勉強などの試験はない。学校への入学資格は家柄や資産によって決まる。
そして卒業後はそのまま国の官僚として組み込まれたり、領地に戻っての経営、商家であればいきなり支店長を任されたりする。または――結婚して家庭に入るか。
そんな学園になぜソフィアが入学できるかといえば、家柄枠である。
魔王エディプスはコンプレックス辺境伯としてカタルニオチタン王国の一部にひそかに組み込まれていた。
正確を期していうのであれば、英雄 《魔弾の討ち手》ソフィー・ヴァイオレッタ――いまは結婚してソフィー・コンプレックス辺境伯の夫として組み込まれていた。
カタルニオチタン王国ではひた隠しにしているが、カタルニオチタン王国でここ最近、魔族からの侵略がほぼない状態であったのはこのような理由があったためである。
カタルニオチタン王国は魔界とは面していない国であったが、隣接していたローズ王国を接収したことにより隣接し、侵略を止めるために敵対する魔王に対し嫁をあてがうことで懐柔したらしい。
だから魔界に冒険者ギルドなど普通は存在しないものがあったのだろう。
魔界の冒険者ギルドのそばにはソフィアたちは気づかなかったが駅があり、そこから魔道列車によってこの国の首都までは1日も掛からない近さとなっていた。
その魔道列車はゴブリン1匹程度の魔石で首都と魔界とを結ぶという。
ちなみに首都の名前をウェイノー駅。魔界の終着駅をトリデー駅というらしい。
きっと、おそらくだが――線路の名前は常磐線というに違いない。
電車とか異世界の知識全開の所業である。
これらの知識は、エリス王妃が発案したらしい。
まちがいなく彼女は異世界転生者であるといえる。エリス王女は鉄の人なのだろうか。
鋼鉄の王女エリス――。何か意味が違う気がする。
異世界転生者であるエリス王女は伝え聞くところによると、ローズ王国の貴族の令嬢であったのだが婚約破棄され、されどその知識にほれ込んだカタル王国の王子が王妃にと迎え、そして婚約破棄した国をその知識で接収したという流れからしても間違いない。
いわゆる婚約破棄におけるスタンダードな『ざまぁ』展開である。
ということは、エリス王妃はかつて悪徳令嬢であったということか。……おそろしい娘。
大体にして国の名前からして異世界転生者が付けた名前だと分かる。
カタルニオチタン王国ってなんやねんといいたい。
こちらの世界の住民にとっては、カタルー地方の 人々の国ということでカタルニオチタンだが、異世界転生者としては違和感しかない。
間違いなく国外の異世界転生者にそれと分かるように付けた名前なのだろう。
そして国外からの人材を取り込もうという魂胆なのだ。
こちらに来て初めて知ったが、カタルニオチタンでは異世界転生者は優遇します。要職に付けます。などという法律もあるらしいから完全にオープン路線なのだろう。
しかしそれに名乗りを上げる気は、俺にもアリスにもなかった。
もしも自分が異世界転生人です、などと言ったらエリス王妃のことだ。
この国の発展度合いを見るに間違いなく馬車馬のように働かされそうで怖い。
魔道列車だって、どれだけ頑張ればこんなものができるというのだろう。
ここの技術レベルから考えて何世紀も先の技術にしか思えない。
「さて……」
ウェイノーの駅から降りた俺と、ソフィア、それにアリスの一行は、まずソフィアの女子寮に行くことになる。
この中で貴族の学園に通うことができるのはソフィア一人だけだ。
ソフィア・コンプレックス辺境伯の第一令嬢というのがこの国での彼女の身分だ。
俺と白銀のプレートメイルを身に着けた姫騎士アリスがおつきの人という設定である。
「ソフィアお嬢様。ここが女子寮のようです」
俺の格好は執事のような黒服だ。
執事のようにうやうやしく礼をする。
手にはアタッシュケースを持ち、執事の『ように』ではなく、役割的には本当に執事だ。
名前をセバスとかセバスチャンとかに変えた方が良いのだろうか。
やはり執事にはセバスチャンという名が良く似合う。あれって何が元ネタだっけか?
「あはは。お嬢様って。おじさまってばおもしろーぃ」
屈託のない笑顔がまぶしいソフィアが、楽しそうに身体を一回転する。
可愛らしい。周囲からの視線もときどき感じる。
スカートが小さく揺れた。膝までちょっとだけ見えた。
こういう揺れてちょっとだけ見えるのが良いだろう。
しかし――、執事プレイって、実は楽しいかもしれない。
その周囲からの視線も、ソフィアの方にほとんど向いていて、俺の方にはほとんどないことから気が楽だ。
その一方でアリスの方は緊張していた。
「それでは行きましょうか、アリスさま」
「あ、あぁ……」
ソフィアとアリスは女子寮に入っていく。
だがしかし。だがしかしである。俺は入ることができないのだ。
そこは女の園である女子寮である。
男子禁制なのだ。あぁ、せっかくの女子寮なのに。俺は血の涙を流した。
俺はこの後どうすればよいか、途方にくれるのだった。
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ウェイノーの街はカタルニオチタン王国の首都である城下町である。
南側に城があり、そのため城北地域ともいわれている。
ちなみに、その東側は俺たちが今までいた魔界に面している。
ウェイノーの街は平野部の約1/3を占める広さがあり、この地域だけで国民のおよそ1/4が住んでいるそうだ。
さらに城南、城東、城西といった地域が発展すれば、大陸一の国家と言っても問題がないだろう。
平野であってしかしそこを農地としないのは、モンスター等が徘徊しているからだ。
それを排除するのが、国をまたいだ組織である冒険者ギルドである。
そんな冒険者ギルドに俺は一人でいた。
そして俺は言う。
「ゴブリンだ」
「はぁ」
答えるのはそれなりに美形なOL風の冒険者ギルドの受付嬢である。
ゴブリンといえば最下級のモンスターだ。
1匹いれば10匹いると思った方がいいと言わるほど、どこにでもいる。ごきぶ〇かよ。
魔石も小さく素材もその魔石くらいしかない。肉はまずい。
その魔石すら質が悪い。魔道列車を1回走らせれば尽きるほどである。
安い分だけ需要はあるのだが、狩りに行く冒険者が少ないので困る。
魚で言えば旨くて量も取れるのに単価が上がらないサンマのような立ち位置であった。
サンマ――ときどき食べたくなる。
受付嬢はゴブリンを狩ってくれるのであれば確かにありがたいと思った。
だが、これだけ態度がでかいのにゴブリンごときでふんぞり返る冒険者を受付嬢は初めて見た。
彼はゴブリンを狩る専門家かなにかなのだろうか。
それも渡された冒険者ギルドカードを見て納得する。
Hランクだ。
見間違うことなき最下級のランクである。
見ない顔ではあるのも、最近登録したからに違いない。
よく見なくてもギルドカードが真新しいことから間違いない。
あるいは、地方のガキ大将なのか。
地方のガキであればゴブリン1匹か2匹だけでも倒すだけでも興奮するのだろう。そのランクならば。
ゴブリンはGランクの弱い魔物だ。
近くのゴブリンのいる場所でも教えればいいだろう、どこの田舎の出身だと思いギルドカードに書かれているある個所に目が留まった。
それは出身支部の示された箇所――
心臓が止まるほどに驚いた。
慌てて受付嬢は名前を確認する。
名前欄には、ロー・ナンデと書かれていた。
改めてこのゴブリンと叫んだ青年を見る。
ろくな防具はない。
剣すら所持していない。腰に付けたのは――ヒモ?
無防備にもほどがある。
だが、想像どおりの人物であるならば――
魔界にあるギルドで初めて登録し、無謀にも無手で戦い無敗を誇る難手の使い手であるとするのであれば――
「おいおぃ。兄ちゃん。威勢がいいなぁ!」
そんなゴブリンで大声を出すような若手に対しては当然のように数人の冒険者ギルドメンバーが絡みに行っている。
それは、いつもの光景だ。
それは、想像が正しければ自殺行為である。
青年がにやりと笑う。
まるでエモノを見つけた悪ガキのようだった。
受付嬢はその不敵な笑みが、怖い。
受付嬢は思わず立ち上がった。
「や、やめなさい! ギルドメンバー間の争いごとはご法度のはずよ。ギルド憲法21条第2項――」
「なんだ、なんだ? ギルドメンバー間の揉め事にはギルドは関与しないのが不文律じゃないのか?」
「なぁ、俺たちそもそも争ってなんかないよなぁ。お兄ちゃん。ランクはいくつだい?」
「Hランクですが?」
「けっ。なんだ。やっぱ最低ランクじゃねぇか。驚かすんじゃねーよ」
言うなり、青年の腹を叩いている。
普通ならそこで悶絶するくらいするだろうが、青年は平然と立っていた。
そして不敵に殴ったギルドメンバーに目を向ける。
不敵な様子にギルドメンバーはたじろいだ。
「な、なんだよ。驚かすなよ――」
ギルドメンバーがたじろいだ所に受付嬢がすかさず声を掛けた。
「魔界ギルド支部出身のロー・ナンデ様ですね。ゴブリンであればこのウェイノーから北西に約7km先にあるトーシマと呼ばれる地域にたくさんいます。これは地図です」
受付嬢の言葉に辺りは静まり返る。
「ナンデだと……。まさか……」
「魔界の支部で登録したって……」
「おいおい、トーシマってHランクで行ったら普通に死ぬことになるぞ――」
そんな声が聞こえる中、地図とギルドカードを受け取った青年は絡んで来たギルドメンバーの手を振りほどき颯爽と去っていた。
「俺ら、死ぬところだったのかな?」
絡んだギルドメンバーが独り言ちする。
「さぁ? ギルドメンバー間の争いは冒険者ギルドでは関与しませんから」
受付嬢の言葉に絡んだギルドメンバーは顔を青ざめさせた――