董卓顔の俺氏。冒険者ギルドのお仕事を受けさせる
ソフィアの父親は寝込んでいるらしい。
そりゃぁ、愛する娘がいきなり婚約するとか言い出したりとか、いきなりその娘の男が女を連れ込んでくるとかすれば当然の反応だろう。
ここで「らしい」としたのはその姿を俺が見ていないからだ。
直接見たわけではないので詳しくは分からないが、少なくともソフィアが言うにはそうらしい。
今ここでお義父さんに合ったら今度こそ殺されるだろう。
特に婚約の話とか恐ろしすぎる。
しかし婚約とかになったら本格的に婚約指輪とか欲しいところだ。
いったい幾らかかるだろうか。
ともかく、俺には金が必要だった。
「――というわけで、冒険者ギルドから仕事を受けてみたわけだが」
当然のように冒険者ギルドにはまともな依頼がなかった。
本来なら魔界支部以外の冒険者ギルドに行くべきなのだろうが、ソフィアの転移魔術は行ったことことがあるところしか行くことができず、行ったとしてソフィアが魔人であることが知れたら大変なことが起きるのは必定なので、今の段階では諦めている。
そう、まともな依頼がなかった。
仕方がないので、まともでない依頼を取るしかない。
『女騎士募集!:
俺の野生が蘇る!
なかなか出会えない女騎士さま!
ぜひ一度うちの前で『くっころ』プレイをしていただけないですか。
蔑んだその視線が私たちのご褒美です。
依頼主:南魔界オーク合名会社』
――いま、俺の前には白銀のプレートアーマーに紫水晶の髪を靡かせる美少女お姫さま、アリス・アメジストがそこにいた。
おぉぉ。
まるで姫騎士みたいだ。
夢にまでみた姫騎士がそこにいる。
「アリスちゃん、かっこいいですよぉ」
ソフィアが両手を組んで上目遣いにアリスを見つめている。
アリスは純白のユニコーンにまたがっていた。
そして剣はミスリルの細剣だ。
マントも真っ白なドラゴン皮である。
姫騎士の装備としては完璧であろう。
それらの装備はいずれもソフィアさん家からの借用品である。
――冒険者ギルドの依頼をこなすよりもこの装備類売り払った方がよほど利益になる気がする。
さすがに人の家のものを売り払ったら怒られるのでしないが。
ふ。俺は装備よりもソフィアというもっととんでもないものを盗んでいるわけだがな。
そんな装備を身にまとうアリスはプレートアーマーの中でわなわなと体を震わせていた。
「くっころって……、くっころって……。本当に大丈夫なんでしょうね」
冒険者として活躍するために装備を――とかなんとか適当に騙して装着を促していたときに、なんとも嬉しそうにしていたときとは対象的だ。
依頼内容を知った時のその驚愕の顔ったらないぜ。
俺はニヒルに笑ってあげた。
「大丈夫だ安心しろ。南魔界オーク合名会社は全体で1万体くらいしかない」
「1万体ですって……。むり、むりよ。……」
「何かあったら助けるから問題ない。本当に危険になったら俺かソフィアが助けるだろう。『吊り橋効果で君のハートもゲットだぜ』作戦も並行して行うから大丈夫だ」
「それ全然大丈夫じゃないから――!! それに吊り橋効果ってなによ――」
ちなみに吊り橋効果とは不安を抱いている女の子に対して優しくし、恋愛感情を持たせる効果のことである。
「ふ。弱ったところに付け込むのが良い男の証なのさ」
やはり女性を口説くいは弱っているときに限るだろう。
うむ。意味が知れたら確実にソフィアに刺されるな。
「それ全然証じゃなーぃ。酷い。酷すぎる」
「ふ。褒めるなよ」
「褒めてなーぃ!」
アリスは叫んでいる。
だがそう言いながら、のりのりで馬に乗っている時点で俺はどうかと思う。
「うふふ。僕はおじさまのために巫女としてその身を神様に捧げているから、戦闘力としては落ちているんですけどね――。これでアリスちゃんを排除できたらおじさまは完全に僕モノの。うふふふ……」
怪しい笑みを浮かべるソフィアは、ヤンデレに磨きが掛かっていた。
もう、目の覚めるような笑顔である。
戦闘用に皮鎧、その上にマントのいで立ちだ。
手には杖――。魔法杖だったか。
魔法の威力を底上げするためのマジックアイテムの一つだ。
しかし、そのヤンデレ調の笑顔は怖いからやめなさい。
そう言いながら、ソフィアは呪文詠唱を開始する。
目に見える形で淡い紫色の魔法陣が出現した。
「えーっと、おじさまぁ。それじゃ飛びますよぉ――。お馬さんも一緒に飛ぶとかやったことないんだけどぉ」
「ちょっと! それ本当に大丈夫なの!」
アリスの叫びも空しく。
ソフィアは杖をゆっくりと掲げ、そして地面に振り下ろした。
「《転移》――」
紫色の魔力蝶の群れが俺たちを包み込んで、そして――
・
・
・
魔界を進む一頭の白馬――
正確には純白のユニコーンは、紫水晶の髪を靡かせる一人の姫騎士アリス・アメジストを乗せその道を歩いていた。
それは魔王でも倒そうというのであろうか。
アリスの顔は何か決意めいた表情を浮かべている。
アリスのオッドアイの瞳が揺れる。
その瞳は右が熟れたリンゴよりも赤い濡れた瞳に、山吹を思わせる美しい金色だ。
むろん、白馬だけでなく彼女の装備は最上級のものだ。
白銀のプレートメイルや、その腰にある細剣はミスリルのものであるし、白のマントはなんと白峰のドラゴンを打倒して採取して作られた希少な皮で作られている。
白銀のプレートメイルに刻まれたその紋章は大虎に龍という王家に連なるものだ。
颯爽と駆ける白馬に、紫水晶の長い髪が靡いた。
そんな英雄たる騎士めいた姫の前に現れる異形のモンスターたち。
数にしておよそ1000。
いつの間に、そして一体、どこからそんなに沸いたのだろうか。
だが、姫騎士は怯まない。
まるでその程度の敵はまるで問題にしないということなのだろうか。
「何やつだ――。名を名乗れぇ!」
大きな、そして可憐な声が響く。
すると立ちはだかるモンスターたちに動きが見えた。
前方の道が開かれる。
そしてその道の中心からは、ひと際大きなモンスターが現れる。
はたしてあれは変異種か、それとも特別種なのか。
オークとしては破格にして大きい。
そして身体かはヌメるような汗と魔力が漲っていた。
「くくく……。お前らでは、この姫騎士アリス・アメジストを倒すことはできまい――」
たどたどしいが、そのオークははっきりと人語を喋った。
オークとしては破格の知能をも持っている。
もしかすると、噂に聞くオーク・ジェネラルといわれる種なのかもしれない。
オークの中でも将軍の地位を保持するモンスターである。
ゴブリンやオークは進化する種族だ。
強大な力を持つにつれて、まるで出世魚のように名前が変化する。
例えばゴブリンという種族がある。
かれらはミニゴブリンから始まって、普通のゴブリン、ホブゴブリン、ゴブリンジェネラル、ゴブリンロード、ゴブリンキング、そして――さらなる進化を遂げる。
さらには剣術にたけたゴブリン侍や、魔法を使えるようになったゴブリンシャーマン、可愛らしい観賞用として捕らえられるゴブリナなど、種類はさまざまだ。
そんな中、オークの中で、オーク・ジェネラルというのは相当高ランクの種族に属する。
冒険者レベルで言えばAランク相当だろう。江戸時代で言えば徳川家の地位に匹敵することだろう。
オーク・ロード、オーク・キングに至ってはAランク相当が複数いなければまともに戦うことも難しい。
――そんなものが出てくれば、さすがに余裕という訳でもいかないだろう。
謎めいた姫騎士アリス・アメジストの顔が引きつる。
だが臆さないのか、女騎士アリスはミスリルの抜刀した。
きらめく光があたり、昼の光の中であってさえミスリルは輝く。
アリス・アメジストの紫水晶の長髪が光に反応してゆらゆらと煌めいた。
「ほほう。なかなかやるようだ。だが……」
ゆっくり歩いていたオークジェネラル。
だが、突然走り出すと女騎士の乗る白馬に接敵する。
一瞬だった。
「う……」
それに反応できない女騎士は一瞬で白馬から落とされた。
せっかくのミスリルの細剣も手を放してしまえばなんの意味もない。
そして、女騎士は落馬により腰が抜けたのか立ち上がることはできない――
周囲は、すでにモンスターたちによって囲まれていた。
このままではどうなってしまうのか。
「くっ。殺せ――」
せめてこの身を弄ばれるくらいならば、いっそ殺すがいいと女騎士は叫ぶ。
――その効果は劇的だった。
「ウオオ――」
「ウオオ――。コレガ――」
「コレガ――。コレガ―」
「「「伝説の『くっころ』プレイというやつなのかぁぁぁ!!!」」」
オークジェネラルはもちろんのこと、周囲のモンスターたちは思い思いの言語で感動を表している。
オーク、ゴブリン、コボルド……。
その種類は多岐に渡る。
「「野生が――。俺の野生が蘇るぅぅーー」」
「「ヘブンじゃーー。ヘブン状態じゃぁーー」」
「「うおぉぉー。ゴブリモン進化ぁぁーーー」」
「「うおぉぉー。オークモン進化ぁぁーーー」」
そのオークやゴブリンたちから淡く黄色い集中線の光があふれ出る。
姫騎士は生まれて初めて、モンスターたちの進化というのを目の当たりにした。
「「ゴブリモン進化ぁぁー。ぶちゴブルリン!」」
「「オークモン進化ぁぁー。ホブ・オーク!」」
「「オークモン進化ぁぁー。オーク・キングぅぅぅ!」」
モンスターたちは謎のポージングをし、どや顔を決めながら次々に進化していく。
おそらく、『くっころ』がイベントトリガーになっていて進化するのだろうか?
異世界転生前、ゲームの世界ではデジタルなモンスターが進化することを知っていた。
だが、まさかそれを異世界で現実に見ようとは。
非現実的なシーンに姫巫女は唖然とした。
「はいッ、カットぉぉ!! お疲れ様! アリスちゃんもありがとうございますー」
そんなモンスターと姫騎士アリス・アメジストの間に割って入ったのはギルドマスターであるエルフのお兄さんだった。
それにソフィアと俺ことローが続く。
そんなエルフに進化を果たしたゴブリン・キングが近寄る。
「エルフのだんなぁ! こんな進化の機会を設けて頂いてありがとうごぜえやす!」
そのゴブルン・キングの姿はゴブリン・ジェネラルの1.5倍は精悍な体付きをしていた。
彼らはエルフとアリスにぺこぺことお辞儀をしていた。
「なに、良いってことよ。お前らが伸び悩んでいたのに一生懸命働いていたことを俺は知っているからな!」
エルフのお兄さんは、モンスターの上位種のように君臨していた。
そういえば、このエルフはダークエルフだったな。
と姫騎士役のアリスは思い出す。
モンスターにもこういったヒエラルキーが存在するのだろうか。
「なぁ、踊り子さんに手を出しちゃダメなのかな?」
「食いたい! 食いたい!」
そんなことを言っていたモンスターもいたようだが即座に粛清された。
ソフィアの短剣が一閃したのだ。
あたりが静まり返る。
「だめだぞ。彼女は本物のお姫さまなんだからな――」
エルフのお兄さんが一喝する。モンスターは震えあがった。
モンスターたちは一瞬ぎょっとしたあと、土下座して女騎士に対して拝み倒す。
「おおぉぉー。まさか、まさかとは思うが本物の姫騎士なのか――」
「本物じゃ――。本物の深淵のお姫さまじゃ――」
「ありがたやぁ、ありがたやぁ――」
「女騎士――、くっ殺……、俺の野生がぁぁぁ」
そんな中、エルフのお兄さんがアリスに手を差し伸べる。
「さぁ、あと20セットあるからな。頑張って――」
アリスは立ち上がりながら、このエルフ鬼畜過ぎるとあらためて思った。
がんばれと親指を立てているこの俺のことも大概だと思うことだろう。
日の光が沈むのはまだまだ先のことである――