董卓顔の俺氏。貂蝉がごとき美少女と出会う
――その姫さまは淡い青色のワンピースに手錠をされて、牢屋の端にさびしそうに座っていた。
金属の赤茶けた鉄格子越しに俺との目があう。
姫様は馬車に乗せられ、街へと運ばれる可哀そうな仔牛のような瞳をしていた。
紫水晶の美しい長髪に、赤と金色のオッドアイという珍しい風貌だ。
病的に白い肌からは牢屋に繋がているせいかいっそう青白く感じるが、頬には赤みがさしており、生きた人形のように可愛らしかった。
年齢はソフィアと同じくらいだろうか。
誰が見ても美人である。
髪は蛍光色なのか、薄暗い牢屋の中でも彼女は輝きに満ちているようにきらきらと輝いている。
俺は漫画であったら背景にバラをしょっていそうな少女というのを初めて見た。
そして、どこか儚げな感じがする。
どうにかして笑顔を取り戻してあげたい感じだ。
もしかすると可愛さだけならばソフィア以上かもしれない。
ソフィアも可愛いが、この姫さまは少女漫画のヒロイン的な可愛さがある。
俺はこの姫さまに目が釘付けになったが、横で腹を抓ってくるソフィアがいたために現実に戻った。
ソフィアに顔を向けると、ぷいとソフィアは顔をそむけた。
どうやら、嫉妬しているらしい。
そんなソフィアがとても可愛らしく思える。
エルフのお兄さんがソフィアに声をかけた。
「で、お嬢ちゃん。彼女――引き取らない? 1000万円でどう?」
「僕がですかぁ?」
ソフィアは乗り気ではないような声をあげる。
しかしこの姫さまは誰だろう?
ん? 紫水晶の髪??
はて。どこかの王国の王族の特徴として、どこかで聞いたような――
「お嬢ちゃんが彼女を買わないと、ちょっと酷いことになるんだよねー」
悲しそうな声でつぶやくエルフのお兄さん。
まったく酷いこととは思っていなさそうだが。
――そうだ。いままで見た冒険者ギルドのボードにあった依頼内容を思い出せ。
俺は見ながらゲラレラ笑っていられたが、もしも。
もしもあれが伏線だとしたら?
そして、もしもこのままだったとしたら?
この姫さまには一体どんなことが待っているのだろうか?
――もしや、このお兄さん、それを初めから狙ってアレを見せた?
俺は確認する。
「なぁギルドマスター。この娘はいったいどうしてこんな場所に連れてこられているんだ? 犯罪奴隷なのか?」
エルフのお兄さんは頷いた。
「あぁ、借金奴隷だねぇー。だから『殺してもよい』とかにはならないから安心したまえ。ちょっと彼女専用の娼館がラチケット家の中央広場前に建つくらいかなぁ。――あぁ、彼女。すっごく美人だよねぇ」
エルフのお兄さんの発言にはどこにも安心できるような要素はなかった。
「いや、だからどうしてここに?」
「端的にいうと、我らラチケット家の人間が拉致って来た。具体的には俺がっ」
「をぃ」
「だって仕方ないだろう。俺たちは各国で『滅びそうになったとき、あなたの国の王女さまとかを救出しますっていう契約』をしている正義のヒーローなんだからさ。正式な名称は違うけど」
正義のヒーローって、ダークエルフが良く言えるな。
「よしんば救出は良いとして、なぜ借金奴隷なんかにするんだよ」
「いや、いくら正義のヒーローだからって、冒険者ギルドに所属している以上、ただじゃ働けないもの。ギルドの手数料だってあるし。もし万が一のためにと1000万円で契約を結んだのは相手国なんだけどさ。救出はしたは良いのだがその国滅んでしまっちゃってねぇ。誰がそのお金を払うのかと――」
確かに国が滅んでしまっては、その国からは文句は言われないだろう。
だからといって、国が滅んでもそこには人がいるわけで。
だから彼女をもとの場所に戻すべきだ。
そんなことを言ってみたが、その紫水晶の髪の少女はふるふると首を振ってそれを拒絶した。なぜだ?
「さすがにそれは酷いだろう。今は滅んだ国には新しい国ができている。彼女にとっては敵国だ。そんなところに彼女を放り出したら、それこそどんな目に合うか分からないぞ。もっとも、俺的にはその新らしい国に対して我らラチケット家の力を示して新しい契約を取ることができるだろうから良いだろうし、報酬だってそりゃあ期待がぁぁ――」
「やめろ!」
楽しそうに愉悦に浸るエルフのお兄ちゃんを俺は黙らせた。
さすがに失言だったと俺も悟る。
「んー。じゃぁうちのメイドさんとかどうかなぁ。250万で」
そこにソフィアが割って入る。
どうやらエルフのお兄さんと交渉を仕掛ける方針のようだ。
あの男を連れてきただけでぶち殺そうとするような親ばかな父親ならば、ソフィアのためであれば幾らでも出すだろうが、ソフィアは値切りに入った。
「それ、経費分もでてませんですやん。300万で」
「僕、別に本当に欲しい訳じゃないんだけどなぁ。お父さんにも話をしないといけないし……。200万でどう?」
そんなやり取りの応酬で、価格はどんどん下がっていった。
下がるのかよ。
ソフィアの値切りの交渉術がうまいわけではないだろう。
エルフのお兄さんからは拉致ってきたものの、単純にこの姫さまをどうにか片づけたいという思惑があったようだ。
拉致してきたけど魔王の娘に奪われました。
といった理由であればラチケット家の同胞からも文句は出ないのだろうしな。
だが、本当にそれだけなのだろうか?
他にも裏があるような気がしてならない。
「あのぉ……」
そして、値段が1万円を切ったあたりで、おずおずと声を掛けてくる存在があった。
その姫さまだ。
「人身売買とか良くないと思うのですけど……」
姫さまの声はたいそう可愛らしかった。
そして正論だった。
が、この場合どうすればよいのだろうか。
「ならば王国からの救出費用はどうするのかね?」
エルフのお兄さんは半ば呆れた口調だ。
「地元に戻れば味方してくれる人もいると思うので、幾らかはお支払いできると思うのですが」
「我々がそのいるか、いないかも分からない連中と合流するまで待てと? そこまで行くには相当に大変だが、そこまで安全に行き来するのであれば、護衛費用とかも徴収するぞ? それに我々が助けた時点では君らが体制派であったから良かったが、今では君らは反体制派だ。行くだけで危ない橋はちょっと渡れないな」
「そんな……」
いや、その前に拉致してくること自体が危ない橋じゃないのかね?
俺は気になってきたことを確認する。
「で? いまの情勢は? ここで彼女を買うとしてその反体制派が復権したとき、そんな反体制派の旗印になるであろう姫さまが奴隷に落ちていたとかなんて言うことが知れたら、それこそ恨みを買いまくりになるじゃないか」
「く……。痛いところを指摘してきやがったな小僧。あぁ、そういうこともあるだろうな」
「何時くらいに復活する?」
「分からん」
「おい」
「拉致専門部隊でそれを生活の生きがいにしているラチケット家だぞ。拉致は趣味だ。それ以外の情報収集はさすがに冒険者ギルド経由だからどうにも……」
「では冒険者ギルドの見解は?」
「あぁもう、これだからクソガキは――。この女の国であるアメジスト王国の政治は安定していたんだが、今の下克上で切り倒されたというところだな。王家はアリス――彼女一人を除いて皆殺し。今の新しい国王フラメンコは完全な独裁気味で圧制を敷いているから、3・4年もすれば崩壊するだろうというのがもっぱらの通説だ。他国からの介入もあるだろうしな。なにより王家同士と親戚であるあの隣国が黙っているはずがない。だが……、フラメンコ国王にはエルフのサンデーモーニング家が後ろについているから完全にどうなるかは……」
「あのフラメンコ将軍が……」
姫さまがつぶやく。思うところがあるらしい。
海の幸豊かな南国であるアメジスト王国といえば、南の端にある王国で魔界と接しておらず、戦争とはあまり無縁であった国のはずだ。
魔界との争いがなければヒトvsヒトの争いというか内紛でごたごたするというのは一種のお約束かもしれないが。
北部でもそうだった。南部でもそうでないとは言い切れない。
そこでふと思い出す。紫水晶の髪といえばそのパーダエス王国の王族を象徴する特徴だったはずだ。
なるほど。本物の王女か――
「ならば、少なくともその間、私が冒険者ギルドに所属して活動しながら救出費用をお返しするというのは――」
そう提案する姫さまであったが、そこで俺は違和感を感じた。
いままで蝶よ花よと愛でられた王女がいきなり冒険者ギルドで働くとか、およそお姫さまの発想ではない気が――