第68話 王女様と不穏な街 Ⅲ Ver.1.00
お久しぶりです。
更新を再開します。
「……さてと、そろそろ移動しましょうか?」
お姉さんは私達の様子を見ながら、そう口にする。
……ふぅ。
私はエルに目を向ける。
エルもスープを飲み干していて、足を軽くぱたぱたとさせて目をきょろきょろと動かしている。
私は目を戻すとお姉さんに軽く頷く。
すると、お姉さんは小屋の奥に軽く目を向けて、私達に声を掛ける。
「……裏口があるわ。そちらから出ましょう。」
お姉さんは、そう言って席から立ち上がる。
……
私は、エルに顔を向ける。
「私達も移動しよう?」
「うむ。そうじゃな。」
私とエルは席から離れるとお姉さんの後に付いて台所に入る。
……へー。何となく、家の台所に似てる気がする。
手前の壁には食材が積まれて、奥まった所にある棚からはほんのりと魔力が漂って来ている。
そして、鍋が置かれている竈の奥の壁にはナイフが並んでいて、奥の扉には幾つか剣が立てかけてある。
…………あっ!! お姉さんがさっき着ていた甲冑もある!
所狭しと物が置かれていて、でも、不思議とごちゃごちゃとした感じがしない。
ただ、所々、武器が見え隠れしていたりはしなかった。
そのまま物の間を潜って扉まで来ると、お姉さんが後ろに居る私達に振り向く。
「……外に出る前に顔を隠した方が良いわ。」
私は頷くと自分のフードを下して、エルのフードも一緒に下げる。
私達がフードを下げた事を確認したお姉さんは、立て掛けてあった剣を手に取って腰に括りつけると、扉をぎーと開け放つ。
……大分、暗くなっているね。
外はほぼ、真っ暗になっている。
目に例の魔法を掛けていると、お姉さんは小屋の方に振り返る。
「カイン隊長! ちょっと、街の方まで子供達を連れて行ってくるわ!!」
「了解した!! そんなに急がなくても良いからなー!」
すると、小屋の向こうから男の人の声が返ってくる。
……あー。小屋に入った時にお姉さんの代わりに出て行った人だっけ。
ふむふむと、頷いているとお姉さんの声が聞こえてくる。
「分かったわ!」
お姉さんは小屋の向こうにそう返して、私達に向き直る。
「……ふぅ。さて、行きましょうか。」
私はこくりと頷くと、エルに顔を向けて手を差し出す。
「……ふむ。」
「行こっか?」
「じゃな。」
私とエルは手を繋いで、街道沿いをお姉さんの後を追って歩き始める。
……
殆ど、光の見えない街道沿いを横目に騎士のお姉さんは手元に光の球を出しながら、私達の前を歩いている。
……
ふと、気になった事を聞いてみる。
「お姉さん。」
「……なにかしら?」
「あそこの関所ってお姉さんとさっきの男の人だけ?」
すると、お姉さんは軽く首を横に振る。
「いいえ。まだ、何人か居るわ。……とは言っても最近はここを通る馬車なんてないから、今は他の所に行って貰ってるわ。ただ、向かいの小屋にも二人程、詰めていたのよ? 今は仮眠中で外には出て来ては居なかったけれども。」
……あー。それは気付いてたよ。
もう一方の小屋にも人の気配がするって。
私はあいまいに頷くともう一つ、気になった事を聞いてみる。
「そう言えば、関所なのに“門”が無かったのはどうして?」
“門”と言っても、空を飛んでる時に見たのは結界の一種だったけど。
すると、お姉さんは苦笑いをしながらこちらに振り向く。
「……なんと、言えば良いかしらね。一応、国の関所ではあるのよ? ただ、今はもう、基本的には一つ手前の関所で手続きが済んでいれば、素通り出来るようになっているのよ。」
「あぁ。だから、あの水晶玉が埋もれてたんだ。」
なるほどと思って何度か頷くと、お姉さんも軽く頷いて顔を前に向ける。
「その通りよ。…………さてと、人が多い所に出る前に 幾つか注意したい事があるわ。」
お姉さんは少し真剣な声を出す。
……ふぅ。街の事、少しは分かるかな?
私はエルと目を合わせて頷き合うと前に向き直る。
「……はい。」
そう、こくりと頷く。
お姉さんは私達のその様子を確認すると言葉を続ける。
「……まずは南部全体の様子からかしらね。“他の関所”の様子は知ってるかしら?」
……えっと。
私は軽く首を横に振る。
何となく、空から見た時の事は言わない方が良いと思う。
「そう。」
お姉さんは目線を前に戻す。
「……さっきも言ったけど、この辺の“国”の街道は殆ど封鎖しているわ。公爵領としては、近い内に議会が開かれる事もあって、“自分達で”避難民を処理したいらしいわ。……外の方の関所だと沢山の馬車が立ち往生していて、かなり酷い事になっているそうよ。」
お姉さんは、一旦言葉を止めて周り見回す。
周りには光が灯っている家がちらほらと目に映る。
目に魔法を使っているので少し眩しい。
「……少し前まではここも市の外れで廃れはしてたけど、貴女達が見たような流民は居なかったわ。」
「…………あの光が灯っている様な?」
光が灯っている小さな家に目を向けるとお姉さんは軽く頷く。
「そうね。…………さてと、一応確認するけど“オーベリィ議会”の事は何か聞いているかしら?」
私は静かに首を横に振る。
お姉さんはまた街道に沿って歩き始める。
「“オーベリィ議会”って言うのは、公爵領を中心として、南部の王室領、自由都市、アーヴェン国外にある“ローベルツ王国”等を総括する物よ。議員は元ローベルツ貴族が多く任命されているけど、ここに住んでいる方達が多いわ。今、こちらに向かっているのは、南部の小貴族やギルドの幹部と言った所かしら? 特に王室領の代官任命されている家は“遠い昔に”王家の血が入っていて面倒なのが多いのよ。」
お姉さんははぁーと息を漏らす。
……何だろう。お姉さんは私達に振り返ると、眉間に皺を寄せながらため息を吐く。
「もし、何かあったら私の名前を出して構わないわ。……と言うより、絶対に何かあるわ。そういう時は“国の”関所に駆け込みなさい。この街道沿いにある物は全部そうだから。良いかしら?」
私はお姉さんの迫力に押されてこくこくと頷く。
…………
その後、暫く歩いていると、今までずっと黙っていたエルにぐっと手を引かれる。
「……ふむ。」
エルの視線を辿るとまた、さっきの関所と同じ様な作りをした小屋が二組、目に映る。
……ちょっと、眩しいけど。
目を細めているとお姉さんが振り返って私に微笑み掛ける。
「この先は、明るくなって来るわよ? “それ”は解いていた方が良いわね。」
……お姉さん。気付いてたんだ。
私はこくりと頷くとさっと魔法を解く。
……
すると、光が和らいで小屋の様子が良く分かるようになる。
お姉さんは、私の方に向き直る。
「……そう言えば、宿の予算はどんな感じかしら?」
……あっ。どうしよう。何も考えてなかった。
私はエルの耳元に口を寄せる。
「……エル。どうしよう?」
「ふむ。……わしは飯が美味ければ何でも良いぞ。」
はぁー。エルはそうだよね。
正直、宿の相場なんて、前にミィルさんが言っていた。
「1クラウンで高級宿一週間」
位しか分からない。
……
仕方がないので、少し大きめの金貨を五枚、お姉さんの目の前に差し出す。
アーヴェン正大金貨を五枚。
一枚で一週間なので、丁度一か月。
すると、お姉さんは目を丸くして私の手の平をじっと見る。
「……それって、大金貨よね? ここの最高級ホテルでも一か月は泊まれるわよ?」
目線を上げたお姉さんに私はこくりと頷く。
お姉さんは、眉間に皺を寄せると目線を夜空に向ける。
「となると、何処が良いかしらね……。」
お姉さんは小屋の方に足を向けるとぶつぶつと何かを呟きながら歩き始める。
……大丈夫かな?
じっと、お姉さんを見ているとエルが手をぎゅっと握ってくる。
「わしらも行くぞ。」
「……うん。」
私とエルはお姉さんの後を追って、目の前の小屋の方に小走りに向かった。




