第60話 聖女様と日常 Ver.1.00
#1
「ステラ? どうしたの?」
「……えっ! 何でもないよ!」
考え事をしていてぼんやりしていた私はミーシャに声を掛けられると急いでお皿のパンを口に放り込む。
ここは食堂。
周りでも子供達がスープとパンを食べている。
礼拝室を出た後、井戸で水を汲んだりして身支度を整えた私とミーシャは朝食を取りに食堂へやって来ていた。
さて、私はミーシャに話し掛けられるまで、この世界の事について考えていた。
……違う惑星? と言うのは間違いない。でも、月が二つじゃなければヨーロッパの何処かと勘違いしたかも知れない。
周りを見ると金髪の子が多い。瞳の色も薄い子がほとんど。
隣のミーシャは金髪碧眼、等身大の西洋人形でも通る見た目。
……今はにこにこしながらパンをむしゃむしゃと食べているけど。
私自身もミーシャ程じゃないけど栗色の髪に藍色をした瞳で顔立ちも可愛らしいと思う。
……自分で言う事ではないけど今朝、水面に映った私の姿を見てそう思った。
いつもの“私”の顔ではあるけど、大学生時代とはまるで違ってしばらく眺めてしまった。
ただ、他の惑星だと同じ“人”が居るっておかしい気がする。
ベタだけど、宇宙人ならグレイ型とかタコ型とかの方がしっくりくる。
……私自身は良く知った“人”型で良かったけど。
まぁ、地球の人間は実は銀河全体を支配した種族の末裔とかでない限り、他の惑星ではなく“異世界”と言った方が真実に近い気がする。
実際、この“世界”はヨーロッパと類似点が多い。
信じている神様は違うけど“教会”はあるし、街は石造りの城壁を持っている。
ただ、電気はない。
……ヨーロッパの言葉なんて全部知っている訳じゃないから、ヨーロッパの凄まじい田舎くらいには思ったかも。
そんな風に半ば上の空で朝食を詰め込んだ私はミーシャに手を引かれいつの間にか外に連れ出される。
「……ねぇ、ステラ。どうしたの?」
ミーシャは中庭に生えている大きな木の根元までやって来ると私をじっと見てくる。
……あぁ、少しぼんやりしすぎたかも知れない。
私は軽く首を振る。
「……ちょっと気になる事があったんだ。でも、もう平気。どこかで遊ぼう?」
ミーシャを見ると笑顔で大声を出す。
「うん! じゃあ、森に行こ!」
「……えっ! いきなり走らないで! それに昨日みたいに森の深い所は行かないから!!」
……遊ぼうと言った途端にこれなんだから。
私はミーシャの後ろを追いかけた。
#2
孤児院は森の中に教会と一緒に建てられている。
まず、小さな鐘の付いた礼拝堂が在って、回廊でシスター達の生活する建物と繋がっている。私達が普段生活している建物も礼拝堂から少し離れているけど外廊下を辿れば雨に濡れずに済む。
まぁ、修道院みたいなものだと思う。ちなみに、シスターの生活する場所は私達が入ってはいけない“禁域”になっている。
……私とミーシャは度々入ってるけど。
そんな私達の遊び場は当然周りの森になる。シスターや先生は建物で囲まれた中庭で遊んで欲しいみたいだけど、誰も気にしない。
一番人気は南東の森。
浅い森なので大して危険じゃないし、たまに来る行商人のおじさんにお菓子が貰えたりするので子供達の中で激しい領地争いがある。
……まぁ、私とミーシャに勝てる子はいないけど。
ちなみに、少し進むと森が途切れて原っぱになりその先には城壁で囲まれた街が見えてくる。ただ、街と言っても数百人程度しかいない小さな街らしい。詳しくは良く知らない。
前に入ってみようとした時は警備のおじさんに怒鳴られた。
私はおじさんと戦おうとしたけど、ミーシャが怖がっていたから引き下がった。
後で先生に叱られると思ったけど、むしろ謝られた。
この時、街に入らないように言われた。当然、街の名前も知らない。
そして、逆に北西の森は進むとどんどん深くなる森で危険らしい。
昨日先生に怒られた森はこっち。
話によると“魔女の森”まで続いているらしいけど、どういう意味なのかは良くは知らない。
内心ため息を吐いていると私の手を引いてるミーシャが私に振り向く。
「ステラ! 秘密基地までもうそろそろだね!」
「……そうだね。ミーシャ。」
私は少し苦笑いしながら答える。
今日もまた“魔女の森”に来てしまった。
……しばらく、歩いていると目の前に大きな木が見えてくる。
そして、その木の上には古ぼけた小さな小屋が乗っかっている。
私は前を歩いているミーシャに声を掛ける。
「……着いたね。」
「うん!」
ミーシャは振り向くと笑顔で頷く。
そう。このツリーハウスが私とミーシャの秘密基地。
少し前に見つけて以来ちょくちょく遊びに来ている。
木までたどり着くとミーシャが縄梯子に足を掛ける。
「……先に登るね。」
「うん。」
私もミーシャが登るのを待って縄梯子に足を掛ける。
少しすると先に登っているミーシャが足を滑らせて心臓が止まりそうになる。
「……ミーシャ。落ちてこないでね。」
「落ちないよ! …………着いた! ステラも早く来て。」
「……ちょっと待って!」
私はミーシャに叫び返すと急いで登っていく。
上まで着くとミーシャがウッドデッキの柵に寄りかかりながら、にこにことしながら待っている。
「今日は何して遊ぶ?」
……私、子供じゃないんだけど。
私はそう思ったのに、口の端を上げてにやりと返してしまった。
#3
「……貴女たち。本当にあの森は危険なのですよ。」
私とミーシャは先生の部屋でお説教を受けている。
……はぁ、本当に“また”だね。
秘密基地で夕方になるまで遊んだ私とミーシャは孤児院に帰る途中でシスターに捕まってしまった。
ちなみに、お昼ご飯はないけどおやつをエサにした軽い点呼はある。今日は行かなかったけど。
やっぱり、ツリーハウスは面白い。自分たち好みに模様替えするだけでも午前中が吹き飛んだ。
……そう言えば、まだ窓を綺麗に吹いてなかった。
ふとそんな事を思い出した私は窓の外に目を向ける。
見ると薄暗い中、例の二つの月が空に昇り始めている。
すると、先生のため息が聞こえてくる。
「……ふぅ。今日はこの辺にしましょう。」
「やった!!」
顔を伏せていたミーシャは部屋を飛び出そうとする。
でも、先生はすぐに呼び止める。
「待ちなさい。まだ話は終わっていません。……こちらにいらっしゃい。」
先生は立ち上がると私とミーシャに目を向ける。
私とミーシャは先生について奥の部屋に入るとソファに座る様に言われる。
しかもお茶とお菓子が私達の前に用意されていた。
……えっ。なにこれ?
私は混乱したけどそのまま席に着く。
「……先生。これ食べていいの?」
「ええ。少しお話が長くなりそうですからね。」
「やった!!」
隣を見るとミーシャはぱくぱくとクッキーを口に放り込んでいる。
唖然としながらその様子を見ていると先生の声が聞こえてくる。
「ステラも食べて良いのですよ?」
「……えっと。お話ってなんですか?」
……先生がこんな“贔屓”するなんてあり得ない。
少し怖くなった私はじっと先生を見る。
すると先生は少し悲しそうな顔をする。
「そんなに警戒しなくて良いでしょう? ……貴女達は“学校”には興味はないですか?」
先生は私とミーシャを交互に見る。
……学校?
「学校って何ですか?」
どう答えようか迷っているとミーシャが先に質問する。
すると、先生は深く頷く。
「そうですね。……ミーシャもステラも聖女様のお話を覚えていますね。」
……今朝の話しだよね。
私はミーシャと目を合わせると先生に軽く頷く。
すると先生は言葉を続ける。
「……聖女様は地上を去る際にこの言葉を残されました。『いずれ、私の後継者となる者が現れるでしょう。』と。それ以来、“私達”は聖女様の再来を待っているのです。」
私の中で今朝感じたもやもやが広がって行く。
つい先生に質問してしまう。
「聖女様の再来と私達が学校に行くことに何か関係があるんですか?」
先生は私を見るとすーと目を細める。
「ええ。関係あります。貴女たちは聖女様の“候補”なのですよ? ステラ、ミーシャ。“魔女の森”で無事に過ごしたあなた達は“選ばれて”しまったのです。」
そして、先生は最後には私とミーシャを見ながら悲しそうな顔をする。
……そう言う事だったんだ。
一気にもやもやが晴れる。
私、ステラは正真正銘の聖女。
……しかも、大学生になって初めて買った乙女ゲームのヒロインだ。
次回でステラ回終了




