第56話 ドラゴンの娘と竜王様 Ⅲ
§1 白銀竜騎士団総長室
「……で、シエル。今日は何の用なのかしら?」
手をカップに置いたり離したりを繰り返しているシエルの対面に座りながら話し掛ける。
……少し落ち着きが無い気がするわね。
「……シエラが居なくなったのよ。」
……そういう事ね。
私は頷きながら口を開く。
「竜王様を呼んだ方が良いかしら?」
「……あの方なら“外”で見掛けたわよ。」
……えっ。
「それは本当かしら?」
「ええ。ここに来る道すがらお会いしたわ。……逃げられてしまったけど。」
シエルは少し苦々しい顔をしながら、紅茶を口にする。
……本当、“自由”なドラゴンね。あの方は。
頷いているとシエルがカップを置いて私を見る。
「……それで、ミィルに頼みたい事があるわ。」
「何かしら?」
「この街全体を“掌握”してくれないかしら?」
「……高く付くわよ?」
「構わないわ。」
はぁ。
……本当、シエルも母親になったみたいね。
私はため息を吐くと立ち上がる。
「……全てが終わったら呼んで頂戴。それと、私が居なくなった後の事も任せるわよ。」
「ええ。」
シエルが頷いた事を確認した私は梯子を天窓に掛けて屋上に登る。
「……さてと、久し振りに“飛び”ましょう。」
私はその場で踏み込み、一気に“打ち上がる”わ。
街全体が見渡せる高度まで上がると同時にほぼ静止状態になる。
……ここら辺かしらね。
私は自分の鱗を五角形の頂点に飛ばしながら前に体を1回転させる。
……ちゃんと出来たみたいね。
私の足は着地すると同時に“空”を踏み締める。周りを見ると街全体が金色の膜で覆われている。
これでこの街は私の“支配下”になったわ。
……転移陣や遠見の魔鏡と言った外部と繋がる物は一切使えなくなって混乱しているでしょうけど、流石にそこまでは面倒見切れない。
シエルに任せましょう。
「さてと、シエルが迎えに来るまで何で時間を潰したら良いかしらね?」
とりあえず、私は太陽を浴びながら空を散歩してみる事にしたわ。
§2 闇ギルド
「はぁ! いい気味だな。クソガキ。……ほら、お前ら仲間が来たぞ。」
人攫いの男は子供たちの様子を見ても気持ちの悪い笑顔をするだけで、私達を牢屋に入れると何処かに消え去ります。
「……えっ! “お姫様”!」
?
声がする方を見ると腕を組んで、子供たちを見ていた女の子は私とエルちゃんを見て驚いています。
……何処かで会ったのでしょうか?
女の子は子供たちに声を掛けます。
「みんな! やめ!」
「……姐さんでも、……うっ。」
「姐さん言うな!」
女の子は手を止めて何かを言っていた男の子を蹴り飛ばします。
すると、他の子供たちも手を止めて床に蹲っている男の子への暴力は止まりました。
……この子は一体、何なのでしょう?
不思議に思っていると女の子はミアに目を止めます。
「……あれ? もしかして、ミア?」
「うん。」
「よかった! 変態貴族に売られたかと思った!」
「……大丈夫だよ。ローザ。」
ミアは抱き着いてきた女の子の背中をさすりながら声を掛けます。
そんな2人を眺めているとアレクの声が聞こえてきます。
「……おい。この状況は何なんだ?」
見るとアレクは床に蹲っている男の子を眺めています。
「えっ……ああ、こいつ。ここの人攫いと組んで私達を攫う手伝いをしてたんだよね。……私も昨日、こいつに騙されてここに連れて来られた。」
「……お前、昔からいた訳じゃ無いのか?」
「ローザ。」
「?」
「私の名前。で、アンタの名前は?」
「……アレクだ。」
「分かった。アレク。……まぁ、昨日来たばかりなんだけど何故かこんな感じになっちゃったんだよね。」
女の子は苦笑いしながら子供達を眺めます。
すると隣からエルちゃんの声が聞こえてきます。
「お主は昨日、時計台で顔を覗かせていたのう。床に倒れておるのは……シエラの首飾りを盗もうとした子か。……誠に奇遇よのう。」
……えっ!
床に倒れている男の子の顔を覗いてみます。
…………確かにそうです。
「……あの。この子の所為でここに連れて来られた方は“全員”まだ無事なのでしょうか?」
エルちゃんを見ながらびっくりしている女の子に目を向けます。
「へぇ?……ちょっと待ってね。エド!」
「はぁ!」
女の子が呼びかけると1人の男の子が出てきます。
「アンタ。この中じゃ一番の古参よね? どうなの?」
「はぁ!このクズに騙された者は私の知る限りまだ売られておりません!」
「アンタが最初にここに捕まったのよね?」
「はぁ! 私の知る限りその通りであります!」
「結構よ。下がりなさい。」
「はぁ!」
エドと言われた男の子は元いた場所に戻ります。
……本当、この女の子は何なのでしょうか。
「ミア。ローザってどんな子なの?」
「……えっと、こんな子?」
隣を見ると唖然としているミーシャにミアは苦笑いしています。
「……って事なんだけど。お姫様。」
……あっ。
私は女の子に目を戻します。
「……ありがとうございます。あの、ここに居る騙された子たちの“心”を私に預けて下さい。」
「……どう言う意味?」
女の子が私に詰め寄ろうとするとアレクが私の前に出てきます。
「……ローザ。下がれ。」
「何? アレク。私はお姫様と話してるんだけど。」
「お前は“シエラ様”の顔を勝手に覗いたそうだな。場合によっては死罪だ。その床に倒れて居る者がした罪も同等。……ローザ。お前が“こいつ”と一緒に居たと言う事は“そう言う”事なんだろ?」
アレクの言葉を聞いた女の子は目を泳がせています。
……どう言う意味なのでしょう?
首を傾げていると声が聞こえてきます。
「……お兄様がまた格好を付けてる。」
ミーシャの声を聞いたアレクは顔を赤くして咳払いをします。
「……で、どうなんだ? ローザ?」
「はぁ。分かった。私の負け。……みんな良い?」
女の子に目を向けられた子たちはみんな頷きます。
……では、男の子と話しましょう。
私は男の子の元に行くと腰を落とします。
「……話を聞きたいのですが。」
「…………何だ。」
男の子は首を少しだけ動かします。
「何故、この様な事を?」
「……お前みたいなのには絶対分からない。」
「お前!」
「アレク。ダメです。」
私は前に出て来ようとしたアレクを止めます。
……でも、どうしましょう。
私は考えながらお話しします。
「……それは話してみてから決めたら良いです。このままでは、何も変わらないです。」
「……。」
男の子は顔を下げて暫く無言になります。
「……妹がいる。でも、ここの連中に捕まった。親は皆死んじまった俺たちに“仕事”をやるって言われてな。でも、妹とはいつまで経っても会わせてくれねぇ。……もう売られちまったと思うんだ。お前は妹を助けてくれるのか?」
「はい。私、シエラの名において。」
私はゆっくりと頷くと後ろを向きます。
「私はこの者に“許し”を与えようと思います。よろしいですか?」
皆、ぽつぽつと頷いてくれます。でも、何人かは頷きません。
「……事情があるのは分かったけど、こいつがやった事はどうするんだよ? 俺らこのままじゃ、どっかに売られちゃうよ。」
……あっ。そうでした。
私はアレクとミーシャ、ミアに目を合わせます。
「……あぁ、それならシエラ様には首輪を外す事が出来る。それに俺もこの鉄格子くらいなら魔術で吹き飛ばせる。」
「そうそう。だから、お兄様と一緒にここに来たんだよ!」
「ミアの首輪もシエラ様が外してくれたの。だから、売られずに済んだんだ!」
すると皆、笑顔になって顔を見合わせます。
「……まぁ、俺らが助かるなら別に良いよ。」
頷かなかった子たちも皆、頷いてくれます。
私は男の子に目を戻します。
「……では、貴方を許します。ですが、もう二度は無いです。次に罪を犯せばどんな些細な事でも首を括ってもらいます。良いですね?」
「……ああ、妹さえ救ってくれれば俺の命なんぞお前にくれてやるよ。」
男の子をそう言うとまた顔を伏せます。
……さて、どの様に逃げ出しましょう。
考えていると私達の事を黙って見ていたエルちゃんが私に近付いて来ます。
「……終わったようじゃな。シエラ。お主の使い魔を放て。近くにシエルがおる、迎えに来てくれるはずじゃ。」
……お母様。
私はこくりと頷くとシュバインに呼び掛けます。
「……シュバイン。出て来てください。」
シュバインは私の手のひらに乗るとぴっと背筋を伸ばして私を見てきます。
「シュバイン。お母様をここに呼んできて。」
シュバインはさっと手のひらから飛び降りると鉄格子の間を抜けて外に出ていきます。
「……シエラ様には使い魔が居たのか。」
「えっ! さっきの子何? すごい可愛かった!」
「ハムスターって言うらしいよ?」
「使い魔かぁー。でも、お姫様には地味じゃない?」
……ふぅ。
私は少し騒がしくなった周りを見渡します。
「では、首輪を外します。」
一気に皆、口を閉じます。
私は構わず近くの者から首輪を外し始めました。




