第53話 ドラゴンの娘と初めての冒険
§1#1
私は地面に飛び降ります。
「……成功です。シュバイン。」
シュバインは髪から顔を覗かせるとすぐに隠れてしまいます。
私も周りを確認します。
……誰も居ない内に進みましょう。
屋敷の表門は……ダメです。流石に見つかってしまいます。
……
悩みながら歩いていると庭の林の先に壁が見えてきました。
私は壁まで駆け寄ると壁に手を触れてみます。
すると、少しぴりぴりします。
「……結界?」
……どうしましょう。
途方に暮れていると首の辺りがもぞもぞします。
「……シュバイン?」
すると突然シュバインが飛び出します!
「! シュバイン!」
地面に飛び降りたシュバインは壁に沿って走り始めます。
このままだとシュバインを見失ってしまいます!
私は急いで追いかけます。
……!
シュバインが立ち止まったので急いで捕まえます。
「……シュバイン。ダメ!」
シュバインは叱られているのに暴れます。
……どうしたんでしょう。
シュバインが逃げようとしている方向を見てみます。
あっ! 扉があります!!
驚いて手を緩めるとシュバインは私の肩まで戻って来ます。
「シュバイン。ありがとう!」
シュバインにお礼を言うとそっと取っ手に手を掛けます。
…………大丈夫そうです。
私はさっと扉を開いて外に出ます。
……?
何となく見覚えがある風景です。
木の間を通り抜けると何かの建物が見えてきます。
……あっ! 昨日の魔術塔です! エルちゃんが突然ドラゴンになって驚きました。
でも、広場には人が居るみたいです。近付かない様にします。
……道に出るのも危険です。
私はそのまま林の中を歩く事にします。
?
薄暗かった林の中が一気に明るくなります。
……太陽が登ったのですね!
地面を見ると小さな丸い光がぽつぽつと並んでいます。
……ちょっと、踏んでみます。
「ふふ、ちょっと楽しいです。……シュバインもどうですか?」
シュバインは少しだけ顔を出すとすぐに引っ込めてしまいます。
シュバインは穴を掘る動物ですから、陽の光は苦手なのかもしれません……。
私は一人で木漏れ日だけを踏む遊びをしながら、林の中を進んで行きました。
……
だいぶ魔術塔から離れました。少し先にはお城に続く大通りがあります。
……少し振り返ってみます。
ここからだとお城の壁がよく見えます。……でも、さっきよりお城から離れている気がします。
もう一度、お城の中に入る方法を考えてみます。
多分、衛兵に言えばお城に入る事“だけ”は出来ます。でも確実に屋敷にも伝えられてしまいます。
どこかの待合室に留め置かれて、リフィアが迎えに来てしまいます。
……運が良ければ先にお父様と会えるとは思います。
お父様がお城で何をしているのかを聞いてから談話室を出て行くべきでした。
魔の森で何があったのでしょう?
レイおじ様はエルちゃんの為に呼ばれたらしいのですが、ギルドがあんな感じだったので結局呼び出されていたと思います。
……エルちゃんは小さかったですけど、すごい“怖かった”のです。アーちゃんは何故平気なのでしょうか?
……っと。
ちゃんとお城に入る方法を考えないといけませんね。このままでは屋敷に送り返されてしまいます。
……
はぁ。考え付きません。
……昨日の暗い通路が使えたら良かったです。
!
ルシィおば様!
ルシィおば様なら何とかしてくれます!
「シュバイン! 大聖堂に行きます!」
シュバインは一瞬だけもぞもぞして動かなくなります。
……別にいいです。
私ははやる気持ちを抑えて歩き始めました。
#2
迷子になりました。
大通りを横切って、魔術塔があるお城に近い場所を進んでいた時は良かったのです。
お城の城壁をくるっと回って次の大通りに出た時、薬師ギルドがある通りに出たと気付いたのでそのまま下る事にしたのですが……。
人目があるからと大通りから伸びる路地に入ったのが間違いでした。
周りを見ると壁や垣根で区切られた道が所々から伸びています。
ここが何処だか分かりません。
……ただ、“小さく”て可愛らしいお家が並んでいて見ていて楽しくはありますね。それに、ほとんど人を見掛けません。
ちょうどいいです。
「シュバイン。もう少し歩きましょう。」
「……だれ?」
……見つかってしまったみたいです。
私は踏み出そうとした足を戻して振り返ります。
?
姿が見当たりません。
周りを見回していると頭の上から笑い声が聞こえてきます。
見上げると女の子が壁の上で笑っています。
「……えっと。お名前は?」
「私? 私の名前はミーシャだよ。シュバインってだれ?」
女の子は首を傾げます。
……聞かれていたみたいです。
私は肩に掛かった髪の毛を撫でながら声を掛けます。
「……シュバイン。出て来てください。」
するとシュバインは髪の毛を飛び出して私の手のひらに飛び乗ります。
「えっ! ネズミ? もしかして、あなた魔女様の弟子!?」
女の子は目を丸くすると塀の上から飛び降ります。
……魔女様なのはアーちゃんです。
私は首を横に動かします。
「違います。……どうして、その様に思ったのですか?」
不思議に思って女の子に聞いてみます。
女の子は肩を落として残念そうにします。
「そうなんだ。……知らないの? 昨日、大聖堂通りで“魔女様の集団”が歩いてたんだ。私、お兄様と一緒に見たんだ! それに魔女様の弟子の眷属ってネズミだって絵本に載ってたよ?」
……昨日の私達の事です。ミィル様が言っていた様に目立っていた様です。
それに、魔女様の弟子の眷属がネズミと言うのはどうでしょう?
……今度、アーちゃんに聞いてみます。
はぁ! シュバインはネズミではありません!
私は女の子を見返します。
「シュバインはハムスターです。ネズミではありません!」
「もしかして使い魔? いいなぁ〜、私も欲しいけどお父様もお母様も許してくれないんだよね。」
女の子はキラキラした目で手のひらのシュバインを見つめます。
……そうですね。
私は空いている手でポケットの中からシュバイン用のご飯を取り出します。
「……えっと、シュバインにご飯をあげてみますか?」
「いいの!? ……なんか鳥の餌に似てるね。はい、シュバイン。」
シュバインは差し出された女の子の手に鼻を近付けると器用に手を使ってご飯を頰に詰め込み始めます。
女の子は心配そうな顔をします。
「……頰が膨れてるけど大丈夫かな?」
「大丈夫です。ハムスターは頰にご飯を詰め込む習性があるだけです。」
「そうなんだ。可愛いね?……そう言えば、あなたって見た事ない顔だけど、なんでこんな所にいるの?」
笑顔の女の子はシュバインから目を離して私を見ます。
!
ルシィおば様! 大聖堂!
すっかり忘れていました!
「! 私は大聖堂に行く途中でした!」
「なら、私が案内するよ?」
目の前の女の子と目が合います。
……いいのでしょうか?
あっ! シュバイン!
ご飯を食べ終わったシュバインが腕を伝って髪の中に隠れてしまいます。
女の子は笑い声を上げると手をはたいて、私に手を伸ばします。
「……あなたの名前はなんて言うの?」
……そうですね。
私は女の子の手を取ります。
「シエラ。……私の名前はシエラです。」
「シエラね。行こ! すぐ近くだよ!」
私たちは路地を駆け出しました。
§2 一方その頃、図書館のアルフェは
……はぁ。
シエラちゃん大丈夫かな?
結局シエラちゃんを置いてミィルさんの図書館に来ちゃったけど……。
「ふぅ。」
私は読んでいた本をぱたんと閉じる。
ミィルさんからお昼まで好きにして良いと言われた私とエルは、とりあえず昨日の絵本があった場所で探してみる事にした。
……どれも、ちょっと簡単過ぎたけど。
ちなみにサクラさんはお薬の本を見て回っている。
私は本を本棚に戻して顔を横に向ける。
「エル移動し……あれ?」
隣で本をぱらぱらとめくっていたエルの姿がどこにも見当たらない。
……
私は手摺から身を少し乗り出してきょろきょろする。
……うーん。居ない。
「とりあえず、歩きながらエルの事を探そう。」
私は床に足を下ろすと本棚に目を通しながら通路を歩き始めた。




